特別な彼女

凪司工房

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 秋になり、後期授業が始まってもキャンパスにフランケンの姿はなかった。
 教室でドイツ語の授業を受けながら浩市は既読すら付かなくなった裕太とのLINEを見る。あれからも何度か彼のアパートに寄った。けれど大抵留守か、留守番をしている彼女がいて、彼女から裕太が「誰も中に入れないように」と言付かっている旨を聞かされるだけで、二人の花園にはつま先も入れることが叶わなかった。
 外ではパトカーのサイレンが響いている。今日も、だろうか。最近頻繁に事件が起きていた。春先に見つかった首なし遺体に続いて、人間の手や足だけ、といった遺体が立て続けに見つかっている。被害者にはこの大学の生徒も含まれているらしいが、詳細は発表されておらず、あくまで噂の域を出なかった。

 それは学園祭を控えた十月の第三週の金曜のことだ。
 部室で文庫本を開いていると部長の岩城が顔を青くして現れた。

「どうかしましたか」
「それが」

 ――中野が失踪したらしい。

 その言葉は半年ほど前にフランケンに彼女が出来たという言葉を聞いた時以上の衝撃があり、思考が付いていかなかった。

「さっき刑事が来て、色々とサークル活動中の様子とかを聞かれた。たぶん山川も後で家にでも来るんじゃないか」
「その、本当なんですか」
「ああ。家族から捜索願が出されていて、アパートを尋ねたら居なかったそうだ」

 急に目の前が暗くなり、浩市は寒気を感じた。手にしていた本を置くと、何度も「まじすか」と口に出す。

「お前のとこ、連絡ないよな」
「ええ。最近、あまり会ってなかったですし」
「こういうの、何とも言えないもんだ。まあ、何か分かったら俺でなくてもいいから連絡してやってくれ」
「はい」

 目線を合わせた岩城も渋い表情を浮かべていた。

 その日の夕方、裕太が働いているコンビニを訪れた。中野の件で何か知らないか聞こうと思ったのだけれど、レジに立つ見知らぬ長身の男性を見て、浩市は自分がどのコンビニにやってきたのかと思ってしまった。名札には確かに『屋敷』とある。裕太なのだ。彼はまるでゾンビのように黙々と何も言わず、笑わず、光のない目を動かしながらバーコードに商品を通していく。

「なあ」

 一応声を掛けたが相手が浩市だと分かっていないようで「何でしょうか」と、淡々と客対応用のマニュアルを読み上げるみたいにそう言っただけだ。

「いえ、いいです」

 浩市は店を出て、再度、レジの男性を見た。彼女と付き合い始めてから、何もかもがおかしくなっていた。このままではまずい。そういう予感に、けれど一体自分に何が出来るのだろうかと考え、フランケンシュタイン博士の気持ちになった。化け物をどうにかしなければいけないのに、何もできる気がしない。
 果たして化け物は彼なのか、それとも彼女の方なのだろうか。

 翌日、浩市はグラム二千円もする肉を購入し、他にもすき焼き用の具材を買い込んで、裕太のアパートに向かった。一応LINEではその時間に家にいると返ってきている。ただご馳走を持っていくことは内緒にしていて、まずはしっかり食べさせてやるところから始めようと思ったのだ。
 インターフォンを押すと裕太が応対に出た。中に彼女の姿はなく、今用事で出かけているところだと言われた。

「あのさ、これ」

 袋から竹の皮に包まれた肉を取り出し、裕太に見せる。

「たまにはさ、うまいもの食って精を付けないとな」
「ああ、肉か。ありがとう」

 その声も何だか生気がない。

「彼女もどうせ帰ってくるんだろう? 準備だけして、帰ってきてから鍋に火を入れようか」
「ああ」

 生返事の裕太を置いて、浩市は一旦キッチンに向かう。
 だがそこには以前二つだけ並んでいたはずの冷蔵庫が、四つに増えていた。それも冷蔵庫ではなくどちらも冷凍庫だ。一つは明らかに業務用で、中を開けるとびっしりと肉が詰まっている。

「おいおい。何だよこの大量の肉は。お前肉屋でも始める気か?」

 と、そこから肉塊が一つ、落下する。
 何だろう。豚足だろうか。奇妙な形の肉だ。しかも赤と緑、オレンジや黄色に染めた紐が張り付いている。
 そういえば中野もこんな感じのミサンガをしていたように思うが、あれは切れたのだろうか。

「なあ、裕太」
「彼女さ、肉が好きなんだ」
「え?」
「肉がさ、好きなんだよ」

 振り返るとそこには斧を手にしたフランケンシュタインの姿があった。(了)

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