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翌年は、けれども、わたしに賀茂川紀行の縁がなかった。
ずっと続けていた賀茂川の河川敷の様子のスケッチも白紙のままで、当然あのサックスの男性を見かけることもなかった。というのは中学に入り、部活動を始めたからだ。何故縁も所縁もないソフトテニス部に入ったのかというと友だちに誘われたからに他ならず、炎天下でボール拾いをしながら、どうして自分の夏はあの涼しい賀茂川を臨むベランダではなく、毎日日焼けを気にしながら先輩たちに頭を下げているのだろうかと疑問を覚えつつも、それでも友人たちと帰りにサーティーワンでチョコミントを頼んでは好きだの嫌いだの話し合ったり、そういう別の楽しみに興じていた。
それでも家に戻ってくると、何となくスケッチブックを開き、そこに鉛筆でラインを描いてみたりはしていて、けれど目を閉じて浮かんでくる光景をそこに再現してみても、何だか「これじゃない」感が強くて、わたしは結局その一枚を破り、ゴミ箱に捨ててしまった。
次にわたしが祖母の家を訪れたのは高校に入ってからだった。それも夏ではなく、秋も終わりに近づいた頃だ。
紅葉している山を車窓から眺めながら、わたしは父の運転する車で懐かしの祖母のクリームの色の二階建てに向かっていた。一年ほど前から体調を崩しがちで母だけは何度か見舞いに行っていたのだけれど、この春先に足を痛めてからは電話の度に悪くなっていて、三度目の入院の後は元気な姿で家に戻ってくることはなかった。
久しぶりに見た祖母の家の前にはお決まりの花輪が飾られ、中には既に親戚や近所の人が集まっていた。葬儀そのものは葬儀会社のホールで行うらしいが、それまではこの家で休んでもらいたいのだと母は言っていた。
わたしは黒服を着た湿っぽい集団から離れ、一人、二階に上がる。ベランダの部屋は変わらずにわたしを迎え入れてくれたけれど、いつも訪れていた夏と異なり、吹き込む風が冷たい。
それだけでなく、いつもなら自分の手にスケッチブックを抱えていたのに、今はそれがない。わたしは持ってこなかったことをいくらか後悔しつつ、机と椅子をベランダに出し、それに腰掛けた。肌寒さを我慢しながら賀茂川が流れるのをぼんやりと眺めていたが、季節もあるのだろう。やはりあのサックスの男性はいつまで待ってみても河原に現れない。風景そのものは道が新しくされた訳でもなく、大きな建物が建ったりもせず、変わらないはずなのに、どこか寂しいと感じるのは何故だろう。
結局一時間もその場にいられなくて、わたしは窓を閉め、一階へと下りていった。
翌日、祖母の葬儀を葬儀会社のホールで終えたわたしたちは一旦、祖母の家へと戻ってくる。両親や親戚たちの間で、この家の処分について話し合いがあるそうだ。誰かに売るのだろうか。それとも誰かがしばらくの間ここを管理するのだろうか。どちらにしても京都市内で生活している人間はいないから、何らかの対処を考える必要はあるのだろうけれど、祖母が亡くなったばかりでそういう話をするというのも、何とも言えない。
けれど、それもまた大人なのだろう。
わたしは居た堪れずに家を抜ける。
あの頃そうしていたように、河川敷に下りて賀茂川縁を歩いた。左手に見える山の紅葉は赤と黄のグラデーションになったそれが確かに趣深く、川面にも流れていく落ち葉に赤や茶、黄色と混ざっているのが良い。休日ということもあり、元気に子どもたちが駆け回っていた。ただ夏場のように川に入って遊ぼうという子はいない。
と、御薗橋の下まで歩いていくと対岸で楽器を慣らしている集団を見つけた。その中にはあのサックスの男性も混ざっている。楽器の種類はサックス以外にはギターと大きな弦楽器はウッドベースだろうか。楽しそうに中心で歌っているのは白髪の女性で、ノリの良い明るい曲調のそれを彼は立派にサックスで吹いていた。
わたしは対岸まで橋を渡り、その演奏が終わるまでじっと眺めていた。
演奏は三十分ほどで終わり、わたし以外にも数名、近くに寄って聴いていた人たちから疎らな拍手を受け、彼らは少し照れたように、それでも「ありがとうございます」と頭を下げていた。
ずっと続けていた賀茂川の河川敷の様子のスケッチも白紙のままで、当然あのサックスの男性を見かけることもなかった。というのは中学に入り、部活動を始めたからだ。何故縁も所縁もないソフトテニス部に入ったのかというと友だちに誘われたからに他ならず、炎天下でボール拾いをしながら、どうして自分の夏はあの涼しい賀茂川を臨むベランダではなく、毎日日焼けを気にしながら先輩たちに頭を下げているのだろうかと疑問を覚えつつも、それでも友人たちと帰りにサーティーワンでチョコミントを頼んでは好きだの嫌いだの話し合ったり、そういう別の楽しみに興じていた。
それでも家に戻ってくると、何となくスケッチブックを開き、そこに鉛筆でラインを描いてみたりはしていて、けれど目を閉じて浮かんでくる光景をそこに再現してみても、何だか「これじゃない」感が強くて、わたしは結局その一枚を破り、ゴミ箱に捨ててしまった。
次にわたしが祖母の家を訪れたのは高校に入ってからだった。それも夏ではなく、秋も終わりに近づいた頃だ。
紅葉している山を車窓から眺めながら、わたしは父の運転する車で懐かしの祖母のクリームの色の二階建てに向かっていた。一年ほど前から体調を崩しがちで母だけは何度か見舞いに行っていたのだけれど、この春先に足を痛めてからは電話の度に悪くなっていて、三度目の入院の後は元気な姿で家に戻ってくることはなかった。
久しぶりに見た祖母の家の前にはお決まりの花輪が飾られ、中には既に親戚や近所の人が集まっていた。葬儀そのものは葬儀会社のホールで行うらしいが、それまではこの家で休んでもらいたいのだと母は言っていた。
わたしは黒服を着た湿っぽい集団から離れ、一人、二階に上がる。ベランダの部屋は変わらずにわたしを迎え入れてくれたけれど、いつも訪れていた夏と異なり、吹き込む風が冷たい。
それだけでなく、いつもなら自分の手にスケッチブックを抱えていたのに、今はそれがない。わたしは持ってこなかったことをいくらか後悔しつつ、机と椅子をベランダに出し、それに腰掛けた。肌寒さを我慢しながら賀茂川が流れるのをぼんやりと眺めていたが、季節もあるのだろう。やはりあのサックスの男性はいつまで待ってみても河原に現れない。風景そのものは道が新しくされた訳でもなく、大きな建物が建ったりもせず、変わらないはずなのに、どこか寂しいと感じるのは何故だろう。
結局一時間もその場にいられなくて、わたしは窓を閉め、一階へと下りていった。
翌日、祖母の葬儀を葬儀会社のホールで終えたわたしたちは一旦、祖母の家へと戻ってくる。両親や親戚たちの間で、この家の処分について話し合いがあるそうだ。誰かに売るのだろうか。それとも誰かがしばらくの間ここを管理するのだろうか。どちらにしても京都市内で生活している人間はいないから、何らかの対処を考える必要はあるのだろうけれど、祖母が亡くなったばかりでそういう話をするというのも、何とも言えない。
けれど、それもまた大人なのだろう。
わたしは居た堪れずに家を抜ける。
あの頃そうしていたように、河川敷に下りて賀茂川縁を歩いた。左手に見える山の紅葉は赤と黄のグラデーションになったそれが確かに趣深く、川面にも流れていく落ち葉に赤や茶、黄色と混ざっているのが良い。休日ということもあり、元気に子どもたちが駆け回っていた。ただ夏場のように川に入って遊ぼうという子はいない。
と、御薗橋の下まで歩いていくと対岸で楽器を慣らしている集団を見つけた。その中にはあのサックスの男性も混ざっている。楽器の種類はサックス以外にはギターと大きな弦楽器はウッドベースだろうか。楽しそうに中心で歌っているのは白髪の女性で、ノリの良い明るい曲調のそれを彼は立派にサックスで吹いていた。
わたしは対岸まで橋を渡り、その演奏が終わるまでじっと眺めていた。
演奏は三十分ほどで終わり、わたし以外にも数名、近くに寄って聴いていた人たちから疎らな拍手を受け、彼らは少し照れたように、それでも「ありがとうございます」と頭を下げていた。
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