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第十章 「恋」

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 どん、と再びの電気ショック。
 何度やっても無理だと諦めたような声の吉崎医師。
 高正は「代われ!」と彼を押しのけて、自分の手で沖優里の胸を押し下げる。
 戻ってこい。
 戻ってこいと何度も叫び。
 愛里は泣いている。
 優里のことを、お姉ちゃんと呼びながら泣いている。
 葉子はただ組んだ手を口元に持っていき、ずっと祈りを捧げている。
 看護師たちはどうすればいいのか二人の医師を見て、互いに固まっている。
 原田にできることは、何もないと分かっていた。
 それでも、まだ、優里が生きている内に、伝えなければならない言葉を、絞り出す。

「分かったんだ。僕は君に比べて全然頭もよくないし、とても一人で結城貴司としてはやっていけない。君はそこまで分かった上で、僕に結城貴司をやらせた」
「何を言ってるんだ? 頭がおかしくなったのか?」

 吉崎は原田をにらんで「黙っていてくれ」と言う。

「なあ聞いてくれ。まだ生きている君に、生きている内に、こんな僕でもそこに辿り着けたことを、伝えなきゃならないんだ」
「センセ……?」
「小説恋愛教室は、沖優里。君からの長い長い返事だった。僕の告白に対する、君なりの誠意の沢山込められた、とても長い返事だった。そうだろう?」

 心拍を測っている電子音が乱れる。

「君は冷たい人間じゃない。ただ人との距離の取り方が分からず、恐れ、それを気取られまいと強がって冷静な振りをする。けれど相手がどう考え、どういう風に見て、どんな人間なのかをすぐに見抜いて、相手にあまりよく思われないように振る舞うことを選ぶんだ。そうすれば近づかずに、心を開かずに済むから。君は自分の母親とは違うベクトルで、人間関係に、特に男性に対する関係の作り方に不器用だったんだ。それが自分でもよく分かっていた。でもそんな君のことを、僕は本気で愛した。憧れだよ、と君は笑うかも知れないけれど、それでも真っ直ぐに君のことを愛そうとした。その気持ちを正面から受け止めることは出来なくて、けれど真摯しんしなそれに対して君なりに誠実に答えようとしたその結果が、小説恋愛教室だったんだ」

 誰も原田に対して声を上げなくなっていた。

「恋愛教室第四巻の原稿を、書き終えたよ」

 電子音の波が、ざわつく。

「君の返事を理解した上で、僕はそれを書き換えた。だって僕は、もう一人の結城貴司だから。あれは……あんな終わり方は、君自身をただ傷つけるだけじゃないか。いつか死んでいなくなる。それは人間誰しもそうだよ。だから愛さないで下さい? 忘れて下さい? それが恋愛だなんて格好つけてみたところで、ほんとはただ自分が寂しい人なんだと知られたくないだけじゃないか!」

 戻ってこい。

「君は誰かに告白したことはあるのか? 誰かに振られたことがあるのか? 恋をして、その相手がどんな人間かもよく知らないまま好きだと口にして、その想いを受け入れてもらえなくて、それでもまだ相手が好きで、もう失恋というゴールを迎えているのにまだ次のレースに望む気になれずずっとそこで佇んだまま、また同じスタートラインに戻ろうとしている。そんな恋愛を、くだらない、つまらないと言って切り捨てながら、ほんとはただそれが羨ましくて仕方なくて、寂しいって言えなくて」

 戻ってこい。

「一人でもちゃんと生きていけると演じながら、周りより少しだけ高い位置に立って自分は安全地帯からそれを見やって、こっそり笑って悦に入っている振りを見せながら、それでも本当はこの小説に描いたみたいに、いつもいつも恋愛とは何か、男と女の人間関係とは何なのか、必死に考えていたんだろう!?」

 戻ってこい。沖優里。

「君だって僕と同じじゃないか。同じ人間で、同じくらい不器用な人間で、ただ好きな人に好きと言えない寂しさを他人に見せないようにしている人間で」

 戻ってきて、思い切り叩いてくれ。

「一人になったらあれは言わない方が良かったとか、こう言ってあげたら良かったとか、そんな反省ばかりを繰り返しながら、次はちゃんと出来るかどうか分からずに、やっぱり他人が恐くて、また大丈夫な振りを繰り返す。そんな不器用な生き方しか出来なくて」

 笑って、原田君は何も分かってないと言ってくれ。

「死ぬことでしか自分の人生をどうにかする方法がないだなんて考えてばかりだったとか、そんな寂しい本音、せめて自分の大切な人にくらい伝えてくれよ」

 大嫌いと、思い切り振ってくれ。

「沖優里!」

 そして、僕は。

「君に」

 一番大切な気持ちを、伝えるよ。

「ありがとう」

 と。

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