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第七章 「初恋」

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「愛里?」
「美樹……」

 玄関の鍵を開けようとしたところで、階段を登ってきた桜庭美樹に声を掛けられた。

「何してたのよ。全然連絡返さないし。先生も困ってたよ」
「……うん」

 曖昧にうなずいた愛里を見る美樹の目が、少しだけ姉に似ていると感じた。
 ひとまず部屋に入ってもらう。
 あまり帰っていなかったけれど、それでも六畳間のアパートは割と綺麗に片付けられたままだ。

「美樹は紅茶の方が良い?」
「コーヒーでいいよ。それより」

 ティーバッグを出そうとしたけれど、そう言われたのでインスタントの粉をカップの中に落とす。

「今、結城先生のところに通ってるの」
「え? 美樹が? どうして?」

 正座で座る彼女は珍しく緊張気味に見えた。
 お湯を少しだけ入れて粉を完全に溶いてしまう。それからゆっくり複数回に分けてお湯を注ぎ入れると、粉でもそれなりに香ばしさが湯気と共に立ち上がった。

「通ってるって、どういうこと?」

 美樹にカップを渡しながら、愛里も足を折って座る。
 愛里の方は食事用の丸テーブルにお気に入りのハート柄のカップを置いたけれど、美樹の方は自分の両手で持ったままだ。

「うん。そのままの意味なんだけどね」
「そのままって……だからその意味をいてるんだけど?」
「それより愛里はどうして先生のところからいなくなったの? もしかして、また涌井さん?」

 見た目はおっとりとしているのに、こういうところは鋭い。

「色々とあって。でも前みたいに寄り戻したとかじゃないから。ただ何て言うの? 責任? 元彼氏だし、今無職で困ってるみたいだし」

 美樹の目が細くなる。

「分かってるよ。全部片付いたらちゃんと先生に話す。それに、アタシは今、先生の為にがんばってるんだよ? ホントだよ? だって週刊誌の件、あれって祐介の仕業だったんだから」
「そうなの?」
「でもアタシがちゃんと話つけてあげたから、もう美樹も安心していいよ」

 何だろう。
 愛里はじっと美樹の表情を見ていたけれど、愛里が話せば話すほど、内心でせせら笑われているような気になった。

「それじゃあ、愛里ががんばってる間に、わたしもちょっとだけがんばってみようかな……先生のこと。いいよね?」


 ――え? 何よそれ。


「いいよね。愛里?」

 美樹は目を閉じて微笑すると、お茶をすすように音を立ててコーヒーを飲んだ。

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