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同じようなマンションが立ち並ぶ通りだった。高さは五階程度。通りに入る前にコンビニが一軒あったが、街灯も少なく、人通りも多いとは言えない。そのマンションの一つに、少年と女性は入っていった。キリエはそれを見送りながら、周囲に気を配る。
――まだ、姉は来ていない。
女性の部屋はどうやら四階のようだ。玄関の鍵を開け、二人が中に入ったのを確認すると、キリエはそれ以上、ついていくのをやめた。二人の距離が近く、互いの体温が分かるくらいになっていたのを見て、羨ましいと感じてしまったからだ。
死神になってから人間を羨ましいと思ったのは、美味しそうにパフェやパンケーキを食べている姿を見て以来で、その羨ましさとはまた別の、もっと胸が苦しくなる種類のものだった。死神にも心臓はあるのだろうか。自分で触れてみるけれど、鼓動は感じられない。
死神と人間の差は何だろう。自分だって元人間だったはずなのに、人間らしさというものがまるで分からない。キリエは最近、人間だった頃の自分を知りたい、と考えるようになっていた。ただ姉に聞いたところで、生前は彼女の妹だったということ以外、何も教えてもらえない。そもそも姉はキリエよりも早くに亡くなっているのだから、本当にそれ以上知らない可能性が高い。
だからキリエは不意に思い出される、おそらくは生前の光景を、バラバラのパズルみたいに何とかつなぎ合わせることができないかと思っていた。
そういえばさっきあの少年に感じた妙な気持ちも、そのパズルの小さなピースなのかも知れない。
今、少年はあの女性と、何をしているのだろう。楽しく話しているのだろうか。何か温かい飲み物でも一緒に飲もうと言っていたから、ホットミルクでも飲んでいるのだろうか。
「ホットミルク、あなたも好きだったのよ」
姉だった。いつの間に隣に現れたのだろう。
「姉さん。理由を教えて。どうして彼は殺さなければならない人物なの?」
できる限り冷静に、落ち着いた声で問いかけたつもりだった。姉はキリエを一瞥すると、諦めたようにため息を零す。
「本当は、あなたには言いたくなかったんだけれど、実は彼ね」
その時だ。マンションの玄関から少年一人が出てきた。彼は周囲の様子を伺いつつ、まるで逃げるようにして足早にその場を離れていく。それを目にした姉が舌打ちをした。
「遅かった」
「え? 何?」
「部屋を見てきて。私は後を追う」
姉は浮遊しながら行ってしまう。キリエは意味が理解できなかったが、とりあえず言われた通り、女性の部屋を覗きに向かった。
部屋は1LDKのようで、リビングのテーブルの上にはコーヒーとカフェオレが入ったカップが残っていた。キッチンと続きのダイニングスペースにも人影はない。バスルームも綺麗なままだ。キリエは不自然にドアが開いている寝室に入った。ベッドの上、女性が髪を振り乱して倒れている。その首には人間のものとは思えない強く締め付けた痕があり、既に女性の命が途切れているのが分かった。魂が見えない。それは救急車を呼んでも、もう既に助からないということを示唆していた。
キリエは目元に痛みを感じつつも、姉の後を追う。
頭の中には「何故?」が溢れていた。けれどそれと同時に自分の首が苦しくなる。どくん、どくん、と耳元で脈打つのが聞こえ、目の前が暗くなっていく。
「キリエ!」
姉だった。落下しそうになっていたところ、腕を掴んで引き留めてくれたのだ。
「姉さん。これって」
姉は冷たい目を人混みの中に消えていく少年に向けながら、こう呟いた。
「彼はね、死にたいと言って食いついてきた女性を殺す、殺人鬼なのよ。そして、あなたも、彼に殺されたの」
――まだ、姉は来ていない。
女性の部屋はどうやら四階のようだ。玄関の鍵を開け、二人が中に入ったのを確認すると、キリエはそれ以上、ついていくのをやめた。二人の距離が近く、互いの体温が分かるくらいになっていたのを見て、羨ましいと感じてしまったからだ。
死神になってから人間を羨ましいと思ったのは、美味しそうにパフェやパンケーキを食べている姿を見て以来で、その羨ましさとはまた別の、もっと胸が苦しくなる種類のものだった。死神にも心臓はあるのだろうか。自分で触れてみるけれど、鼓動は感じられない。
死神と人間の差は何だろう。自分だって元人間だったはずなのに、人間らしさというものがまるで分からない。キリエは最近、人間だった頃の自分を知りたい、と考えるようになっていた。ただ姉に聞いたところで、生前は彼女の妹だったということ以外、何も教えてもらえない。そもそも姉はキリエよりも早くに亡くなっているのだから、本当にそれ以上知らない可能性が高い。
だからキリエは不意に思い出される、おそらくは生前の光景を、バラバラのパズルみたいに何とかつなぎ合わせることができないかと思っていた。
そういえばさっきあの少年に感じた妙な気持ちも、そのパズルの小さなピースなのかも知れない。
今、少年はあの女性と、何をしているのだろう。楽しく話しているのだろうか。何か温かい飲み物でも一緒に飲もうと言っていたから、ホットミルクでも飲んでいるのだろうか。
「ホットミルク、あなたも好きだったのよ」
姉だった。いつの間に隣に現れたのだろう。
「姉さん。理由を教えて。どうして彼は殺さなければならない人物なの?」
できる限り冷静に、落ち着いた声で問いかけたつもりだった。姉はキリエを一瞥すると、諦めたようにため息を零す。
「本当は、あなたには言いたくなかったんだけれど、実は彼ね」
その時だ。マンションの玄関から少年一人が出てきた。彼は周囲の様子を伺いつつ、まるで逃げるようにして足早にその場を離れていく。それを目にした姉が舌打ちをした。
「遅かった」
「え? 何?」
「部屋を見てきて。私は後を追う」
姉は浮遊しながら行ってしまう。キリエは意味が理解できなかったが、とりあえず言われた通り、女性の部屋を覗きに向かった。
部屋は1LDKのようで、リビングのテーブルの上にはコーヒーとカフェオレが入ったカップが残っていた。キッチンと続きのダイニングスペースにも人影はない。バスルームも綺麗なままだ。キリエは不自然にドアが開いている寝室に入った。ベッドの上、女性が髪を振り乱して倒れている。その首には人間のものとは思えない強く締め付けた痕があり、既に女性の命が途切れているのが分かった。魂が見えない。それは救急車を呼んでも、もう既に助からないということを示唆していた。
キリエは目元に痛みを感じつつも、姉の後を追う。
頭の中には「何故?」が溢れていた。けれどそれと同時に自分の首が苦しくなる。どくん、どくん、と耳元で脈打つのが聞こえ、目の前が暗くなっていく。
「キリエ!」
姉だった。落下しそうになっていたところ、腕を掴んで引き留めてくれたのだ。
「姉さん。これって」
姉は冷たい目を人混みの中に消えていく少年に向けながら、こう呟いた。
「彼はね、死にたいと言って食いついてきた女性を殺す、殺人鬼なのよ。そして、あなたも、彼に殺されたの」
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