春を売る少年

凪司工房

文字の大きさ
上 下
5 / 5

5

しおりを挟む
 病院から戻ってきた男はイヴァンを部屋に呼びつけた。執務室ではなく、男が寝泊まりしている部屋だ。三階の一番奥にそれはあり、ジェームズだけが行くことを許されていた。
 部屋に入るとジェームズが出ていき、先生と二人きりにされてしまったが、そのことよりもベッドで横になる男が随分と弱々しく、まるで本の中で見た鬼の末路のようにも思えた。だからこんな言葉を思わず口走ってしまった。

「あんた、鬼だったんだ」

 軽く咳き込んだ男は「どういう意味かな」と、それでも丁寧に質問をする。

「今日、図書室で『春を食べる鬼』という本を見つけて読んだんです。そこに出ている鬼は、春を食べていました。先生、あなたはぼくたちの春を食べてしまったんですね」

 何がおかしいのだろう。男は笑いながら噎せ、噎せながら体を震わせた。

「すまない。しかし、よくも見つけたものだな。その本は私の知人が書いたものだ」

 男は「昔話だ」として、語ってくれた。
 それはある男娼をして生計を立てていた少年の話で、ある時、彼に「君の人生を全て買おう。私についてきなさい」と言った金持ちがいたそうだ。その人物は周囲から「鬼」と呼ばれていたが、別に角が生えていた訳ではない。ごく普通の、少し金儲けが上手いだけの人間だった。彼は金儲け以外に男娼をして生きていた少年たちの保護司をやっていた。夜、街に出かけては声を掛けてくる男娼から一人を選び、自分の暮らす屋敷に連れて帰る。そこで服と食事、部屋を与え、更には仕事を与えた。もちろん彼の会社の仕事だ。
 
 やがて男にも寿命がやってきて、その人生を終えることになった。しかしその直前、彼が買った一人の少年を後継者に指名した。今でもその元少年は鬼の意思を継いで、男娼たちの保護司をしているらしい。
 
 それから十日後、先生は息を引き取った。
 
    ※

 中庭の木陰のベンチで、かつてイヴァンと呼ばれた男性は体を横たえて目を閉じていた。随分と懐かしい夢を見たものだ。それは彼にとって「春」と呼ぶべき記憶の欠片だった。

「先生、またここにいたんですか?」

 苦笑を浮かべて現れたのはブラウンという名の少年だ。くりくりとした癖の強い茶色の髪に子どもっぽい無邪気な笑顔が実に愛らしい。

「あの部屋は私には合わないんだ。そうジェフには何度も言っておいたんだが、彼はまた不機嫌かね?」
「ぼくは知りません。そもそもあの召使いさん、恐いです。それより先生、一つ質問があります」
「何かね?」
「ぼくたちから買った春はどうしたんですか?」

 男は肩を小さく揺すって笑うと、体を起こしてこう言った。

「君は良い質問をするね」

(了)
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

処理中です...