落花生は花を落とす

凪司工房

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 一日何もしない。
 そう決めて、朝ご飯を済ませた後は自分の部屋に引きこもった。ごろりと畳の上に大の字になり、目を閉じる。カーテンも閉めて部屋を暗くすると、そのまま眠ることができそうだ。
 すっと夢の世界に落ちていきそうな、そのわずか一秒前、私の耳をつんざく激しいモーター音が響いた。
 慌ててカーテンを開け、窓の外を見る。
 裏の畑の脇の土手を、祖父が棒の先に回転式の刃がついた草刈り機を左右に動かしながら、歩いている。確かに草がよく伸びて、手入れをした方がいいのだろうが、何も今この時間にしなくてもいいのに、と思ったけれど、世界は私の都合を考えて動いている訳じゃない。寧ろ私とは無関係に回っている。祖父だって、祖父の人生があって、やりたいこと、やらなければならないことがあって、今草刈りをしているのだ。

 寝たい私が悪い。
 いつだってそうだ。私が悪いのだ。落第したのも浪人することも、今になって急に涙が滲んできたことも、全部何もかも私が悪い。

「そうやって、あんたはいつも自分のことばかり悪者にする。だからそんな辛気臭い顔してるのよ」

 そんな言葉を娘に放った母親は「あんたの顔はあたし譲りなんだけどね」と笑ってみせた。確かそれから祖父母の家にお土産を持っていって様子を見てくるよう頼まれたのだった。

 私は思い出し、携帯電話で祖父母は特に変わらずに元気にやっている、と書こうとして、本当にそうなのだろうかと考え直した。
 去年だったろうか。母親から祖父母のどちらかがしばらく入院していたという話を聞いたからだ。見舞いに行くほどじゃないとは言っていたけれど、私をお使いに寄越したのも少しは心配していたからだろう。
 私は携帯電話を隅に畳んだ布団の上に放り投げておいて、部屋を出る。まだ外では祖父が草刈りをしている音がうるさく響いていたけれど、少し慣れたのだろうか。あまり気にならなくなっていた。

「あ、お祖母ちゃん」
「ごめんなさいねえ。うるさいでしょう? あの人にちゃんと言っといたんだけどねえ」
「いいんです。私がお邪魔してるだけなんで。それより、体調って大丈夫なの?」
「体調? 別にわたしもあの人も悪くないけど、ああ、ひょっとしてアレ。冬にねあの人、白内障の手術をしたんだよ。両目ともね。他にも糖尿病で悪くなってたから、数日入院してね。でもそれくらいかしらねえ」

 目か。白内障の手術はよく聞くから、それほど大変ではなかったのだろう。全然分からなかった。

「もう二人とも八十の声が聞こえてきてるからねえ。どこかは悪くなってるよ。それでもまだこうして亜沙美ちゃんの可愛い顔が見れて、話せて、一緒にご飯も食べられる。それで充分じゃないかしらねえ」

 祖母はそう言って笑う。笑うと前歯がないところが目立つけれど、祖母はそんなことを気にしない。それは母も同じだ。シャツの袖のボタンをどこかに失くしてしまっても、適当なボタンをつけて色違いでも気にしない。気にならないのではなく、気にしないのだ。
 どうしてそういう芯の強さが私に遺伝しなかったんだろう。

「ああ、そうだ。貰ったお土産、食べるかい?」
「落花生でしょ」
「あれ、美味しいのよ。うちで作った落花生も混ざってるんじゃないかしら」
「え? 落花生、作ってるの?」

 初めて聞いた。

「そうよ。小さい頃、見たことなかった? 何度か畑にも連れていったけど」

 祖父母の家のイメージは海に汚染されていたので、畑を見ていたとしてもその記憶も上書きされてしまっているのだ。
 私は祖母に言われるがまま居間に移動すると、掛け布団がなくなった炬燵こたつの抜け殻に座る。一段低くなっていて、足を曲げたまま椅子のように座るのだけれど、私が小さい頃には確か、足元に熱源を入れて炬燵にしていた。堀り炬燵と呼ぶのだと、母からだったか、聞いた覚えがある。今は危険だから使っていないが、昔は練炭か豆炭を入れて使っていたそうだ。
 炬燵のテーブルの上には木製のボウルに乗った蜜柑が、皺になっていた。冬なら元気に艶があって、美味しく食べられていたのだろう。
 外ではまだ草刈り機の音が響いていたが、それが時折、止まる。調子が悪いのだろうか。だが様子を見に立ち上がろうとしたところで、祖母がお茶を淹れてやってきた。

「ん? どうかしたのかい」
「何でもない」

 私は再び堀り炬燵に足を戻すと、目の前に置かれた湯気を立てる緑色の濃いお茶をすすった。
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