千文字小説百物騙

凪司工房

文字の大きさ
上 下
98 / 100
第十乃段

最後のロボット

しおりを挟む
 壁に貼り付けられた薄いモニタには、世界で初めて実用化された産業用ロボットのユニメートがその巨大なアームで自動車部品を運ぶ様を始め、歴代のロボットたちの記録映像が次々に映し出されていた。
 蒔島博士はソファに掛け、妻が淹れてくれたコーヒーに手を伸ばす。
 ロボットは博士にとって人生の全てと言っても過言ではなかった。最初に感じた不思議と面白さは手足が思うように動かせなくなっても未だに好奇心がそそられる。できることなら永遠にロボット研究をしていたいと思っていた。
 画面が切り替わり、悲痛な表情を浮かべた世界大統領が現れて演説を始めた。
 エネルギィ問題。それはロボット開発で培われた多くの科学技術をもってしても解決できない問題だった。やがては新エネルギィが開発され、それにより化石燃料やそれに類する化学燃料への依存が解消されるものと、多くの人が信じて疑わなかった。
 しかし現実は化石燃料を超えるエネルギィは発見されず、その枯渇を目前にして人類は大きな決断をすることになった。

『本日世界標準時〇時にて、全てのロボットは停止されます。これからロボットのない新しい世界を我々は生きていくことになりますが、皆で協力し、この苦境を何とか乗り切っていこうではないですか』

 そこで蒔島はモニタの電源を切った。
 妻が椅子から立ち上がる。彼女は前足にあごを載せたまま視線だけこちらに向けているアシモフの前に、ペレット状のドッグフードの入った容器を置く。アシモフはそれの臭いを嗅ぐ動作を見せてから、口を付けようとしたが、口を開いたところで動きを止めてしまう。

「あら、電源が切れてしまったのね」
「生き物はいつか終わりがやってくる。それだけのことだよ、メイ」

 妻に言葉を掛けるが、彼女は頷きながらもやはり寂しげだ。一度アシモフの頭を撫で、それから自分の椅子に座る。彼女の為に蒔島が木を組んで作った揺り椅子はゆらゆらと前後に動いた。その肘掛けに置いた手の片方が、だらりと垂れる。

「終わってしまったか」

 彼女もまた、アシモフ同様ロボットだった。そのことを彼女自身は知らない。十年前に亡くなった妻をロボットとしてよみがえらせたことを後悔こそしていないが、二度目の死が訪れるとは、神という存在に人は抗えないと思い知らされる。
 蒔島は立ち上がり、妻の顔を撫でる。

「今日まで、本当にありが……」

 その先は、しかし、博士の口からは出てこなかった。彼もまた、ロボットだったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

処理中です...