千文字小説百物騙

凪司工房

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第八乃段

ただ会いたくて

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 ハウリングを起こしそうな空白だった。
 爆風が駆け抜け大量の粉塵ふんじんが舞い上がる。それを察知した時には既に遅く、男は、いや、かつて男だったモノは伏せる間もなく正面からそれを受け止める。顔をおおった腕の皮膚は瞬時に銀色の鱗《うろこ》となり、その幾枚かが飛び散った。
 戦略兵器HK79――通称「白銀」は局地戦の為に開発された軍用アンドロイドの一種だった。

 ――目標を殲滅せんめつすべし。

 それだけがずっと白銀の頭の中で響いている。目標とは当然命あるもの全てだ。

『大丈夫?』

 それは最近よく聞こえる女の声だった。
 半身がめり込んだコンクリート壁から抜け出し、白銀は自分の状態が稼働可能かどうかを診断する。システムは一時間前と同じく異常なしを伝えていた。
 白銀はその結果に従い、再び銃を構え、半壊した建物に挟まれた路地を進む。かつてはこの国の三割近くの人間が暮らしてた大都市も今ではゴーストシティと化していた。戦争の主力がアンドロイド型兵器に移行し、多くが地下シェルターで暮らすようになったからだ。

『どんな世界でもちゃんとあなたのことを見てくれている人はいるから』

 また女の声だ。笑みを浮かべた白いワンピースの女性の姿が映ったが、それは砂嵐に紛れ、すぐに消えた。
 十八分前に取得したデータではこの一キロ圏内にあと二名、生存者がいる。
 急に砂煙が晴れ、芝生が広がった。一本の大きな木の下で不思議な武器を抱えた男が大きな口を開けている。その男の隣に、彼女はいた。

 ――目標を殲滅。

 命令に従い白銀は銃口を向ける。だが何故か引き金が引けない。
 女は笑いかけ、何かをつぶやくと、すっと木に溶けるようにして消えてしまった。
 男は大声で何か叫んでいる。
 歌、と呼ばれるものだとシステムが教える。

『待ってる。ずっと、待ってるから』

 白銀は銃を捨てる。ベルトに収納されたハンドナイフを取り出すと、ギターと呼ばれる弦楽器をかき鳴らす目標めがけてダッシュする。

『アイ、タイ』

 内側から響く不思議な声だった。

『アイタイ』

 脳内で警報が鳴り響く。

『アイタイ!』

 構わず、白銀は歌い続ける男目掛けナイフを振り下ろす。
 けれど刃は届かない。何度振るっても虚空を切る。

『アイタイ!』

「待ってろ、ユミ!」

 それは白銀自身から出た声だった。

 ――解析不能な命令です。

「会いたい!」

 ――制御不能です。

「俺は、兵器じゃない!」

 ――制御不能です。

 会いたい。
 ただ、会いたい。
 ナイフを捨てた白銀は爆弾の雨の中に走り出していた。
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