千文字小説百物騙

凪司工房

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第八乃段

イーカロスが飛ぶ時

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 また落ちました。
 そう部下から報告を受け、蒔島は落胆を隠せなかった。
 EK64、通称イーカロスは軍事利用目的で開発された人造人間、アンドロイドだった。
 モニタに映し出されたのは彼の病室で、真っ白な壁と天井の一室の中央にベッドが置かれ、包帯を巻いた少年に様々な計器がつながれている。彼は目を見開いたまま何も言わず、最低限の生命活動を示すように数秒に一度、瞬くだけだ。
 そこに、白衣を着た女性が入室してくる。部下の鈴木だ。彼女は彼にとって担当の看護師と認識されていた。

「イーカロス、またやったらしいね。何故?」
「ごめんなさい。でも違うの。ボクは声に従っただけ」
「また? 空へっていう声?」
「うん。でも鈴木さんには聞こえないから、やっぱりボクがおかしいのかな」


 蒔島は研究棟の屋上から飛び出した際の、イーカロスのカメラデータを解析していた。
 イーカロスは検診が終わった後、午前十時二十五分に病室を抜け出ている。この際にきっちりと監視モニタのコードを切り、ドアのアラームもハッキングで鳴らないように細工を施している。敵に拘束された時の脱出プログラムが正常に作動している証拠だ。
 見回りのスタッフをやり過ごし、研究棟の屋上へと階段を使って上がっている。階段に設置した振動探知機によりこの動きは察知していた。
 ドアは溶接により固定されていたが、それも難なくレーザーで切断し、屋上へと出ている。
 空は青かった。雲がほとんどない。それを彼はしばらく見上げていた。時間にして一分ほどだろうか。
 それからおもむろに屋上の手すり目掛けて駆け出し、思い切りジャンプした。中空へと飛び出した。空へと視線が固定されたまま落下し、十三階下の地面に衝突、そこで映像は途切れていた。

 その後も彼の自殺は続いた。その度に回収され、修理が施されると共に原因究明が行われたが、彼自身が聞いた「空へ」という声の出所はよく分からなかった。

 原因が判明したのは彼の廃棄が決定された四十八時間後のことだった。
 EK64を造る際にある少年の脳を利用した。その少年の母親は有名な宇宙飛行士だったがロケットの打ち上げ事故で死亡し、そのショックから少年もまた飛び降り自殺を図った。彼は幸運にも一命を取り留めたが植物状態となった。

    ※

「まただ」

 イーカロスは「空へ」という声を聞く。
 彼は廃棄工場を抜け出し、そこから見える一番高い鉄塔の天辺を目指した。
 また飛ぶのだ。何度でも。
 彼の母に、会うために。
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