千文字小説百物騙

凪司工房

文字の大きさ
上 下
10 / 100
第壱乃段

玩具の人形

しおりを挟む
文乃あやの。今日からお前はうちの娘だ」

 はい、と少女は答えたものの、自分の新しい名前がまだ耳慣れない。

「こちらにいらっしゃい、文乃」

 奥の部屋のドアを開け、新しい母親になる女性が手招きをした。ふくよかな体型の彼女は少女とは似ても似つかない。

「ここにある服はね、全部あなたの為にそろえたものなの。どうかしら」

 何と答えるのが正解なのか分からなかった。それでも彼女が手にしていたフリルとリボンのお化けのようなドレスを受け取ると、言われるがまま着替えた。着替え終えた少女を目にした二人は、どちらからともなくこう言った。

 ――まるで人形のようだ。

 新しい親、新しい小学校、新しいランドセル、新しい教科書と自分の席。凍えずに眠れるベッド、温かい食事、殴らない親、それに綺麗な服と靴。少女にとってそれらを得られたことは突然目の前に降って湧いた神の奇跡だったが、ずっと望んでいた普通の生活からは程遠いものだった。
 毎日異なる衣装で、髪型から小物までの全てを母になった女性が指定した。父を名乗る男性はその姿を写真に収めることを日課とし、気に入らないとなるとすぐにその服はダンボール箱に投げ入れられた。

 ある日の下校中、公園で遊んでいた子供たちが男の前に集まっていた。彼はトランクケースから精巧に造られた人形を取り出す。本物の人間をそのまま三十センチほどに縮めたみたいで、今にも喋りだしそうな存在感があり、実際、少女が最前列まで行くと「こんにちわ」と愛らしい声が響いた。

「しゃべるの?」

 男は首を横に振り「あなたにだけ聞こえたのでしょう」と微笑む。それからその人形を少女に渡し「あなたの家に行きたいようです。しばらく貸してあげましょう」と提案した。

 自宅に持って帰ると、少女はその人形の為にドレスを作った。
 親を名乗る彼らは当初、少女が始めた人形遊びを優しく見守っていた。
 しかし学校もサボりがちになり、部屋に籠もってひたすらに人形に向き合っている姿に、次第に気味悪がり、遂には「その人形を捨ててきなさい」と言われてしまった。
 公園に行き、人形をくれた男性を見つけて事情を話し、彼女は人形を返した。

 翌日、学校に現れた彼女は今までとは異なり、ごく普通の服を着て、ごく普通の生活を始めた。彼女の部屋には男性と女性の人形が、それぞれ一体ずつ、箱に入れて飾られていた。もうそれをとがめる大人たちは、家にはいない。その人形を見て、彼女はようやく普通に微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

春を売る少年

凪司工房
現代文学
少年は男娼をして生計を立てていた。ある時、彼を買った紳士は少年に服と住処を与え、自分の屋敷に住まわせる。 何故そんなことをしたのか? 一体彼が買った「少年の春」とは何なのか? 疑問を抱いたまま日々を過ごし、やがて彼はある回答に至るのだが。 これは少年たちの春を巡る大人のファンタジー作品。

大学寮の偽夫婦~住居のために偽装結婚はじめました~

石田空
現代文学
かつては最年少大賞受賞、コミカライズ、アニメ化まで決めた人気作家「だった」黒林亮太は、デビュー作が終了してからというもの、次の企画が全く通らず、デビュー作の印税だけでカツカツの生活のままどうにか食いつないでいた。 さらに区画整理に巻き込まれて、このままだと職なし住所なしにまで転がっていってしまう危機のさなかで偶然見つけた、大学寮の管理人の仕事。三食住居付きの夢のような仕事だが、条件は「夫婦住み込み」の文字。 困り果てていたところで、面接に行きたい白羽素子もまた、リストラに住居なしの危機に陥って困り果てていた。 利害が一致したふたりは、結婚して大学寮の管理人としてリスタートをはじめるのだった。 しかし初めての男女同棲に、個性的な寮生たちに、舞い込んでくるトラブル。 この状況で亮太は新作を書くことができるのか。そして素子との偽装結婚の行方は。

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

「黒子猫のシナリオ集」

黒子猫
現代文学
シナリオタイプのお話を書くことが増えたので、ここに収録してみることにしました。 短編が主になると思います。

怪奇短篇書架 〜呟怖〜

縁代まと
ホラー
137文字以内の手乗り怪奇小話群。 Twitterで呟いた『呟怖』のまとめです。 ホラーから幻想系、不思議な話など。 貴方の心に引っ掛かる、お気に入りの一篇が見つかると大変嬉しいです。 ※纏めるにあたり一部改行を足している部分があります  呟怖の都合上、文頭の字下げは意図的に省いたり普段は避ける変換をしたり、三点リーダを一個奇数にしていることがあります ※カクヨムにも掲載しています(あちらとは話の順番を組み替えてあります) ※それぞれ独立した話ですが、関西弁の先輩と敬語の後輩の組み合わせの時は同一人物です

処理中です...