千文字小説百物騙

凪司工房

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第壱乃段

迎え火の向こう

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 庭に出る障子戸しょうじどにはちょうど百四十センチの高さに小さな穴が一つ、開いたままになっている。去年来た時に並木が開けたものだ。もうそれを叱っていた祖父はこの家にはいない。続きの和室には親戚の叔父や叔母が集まり、母親と大声で「家が売れて本当によかった」と笑っている。並木はそれを見やり、電池の切れたゲームボーイを所在なげに手にしたまま、その場を離れた。

「司郎、こっち来い」

 と、父親が玄関から声を掛けた。並木の父は縦にも横にも大きな巨体で玄関先に立っていると巨大な影のように見えた。
 サンダルを履いて表に出る。父にあごで差され、視線を足元に落とすとそこには太いロウソクが立てられた茶碗が置いてあった。
 何だろう、という表情を父に向けると、その手には柄の長い着火装置が握られていて、カチリという音をさせて火を出した。普段は見ないような大きな火だ。いつも煙草で点けているライターとは火力が違う。

「おじいちゃんのこと、覚えてるか」

 その炎をロウソクに移しながら、父は祖父のことを話し始めた。

「何かと自分でするのが好きな人でな、この玄関も台風で壊れた時におじいちゃんが作り直したんだ」

 言われてみればツギハギみたいな全然違う種類の木が組み合わさっていてサイズも微妙に違う。戸の上側、右端の方に一センチほどの隙間があった。

「この茶碗もな、俺にいっぱい飯を食わせようと自分で焼いたんだ。子供の頃は体が小さくてな。クラスでも一番前から数えた方が早かった」

 並木の体が小さいのは、その遺伝なのだろうか。

「これはな、迎え火といって、お盆になって里に戻ってくるおじいちゃんたちの霊が道に迷わないように、玄関先に火を灯しておくものなんだ。今住んでるマンションじゃちょっとやれないから、今年が最初で最後かもしれんな」

 それなら来年のお盆は、どこにおじいちゃんの霊は戻ってくるのだろう。
 けれどその疑問には答えてくれず、父は「この火、しばらく見ててな」と言って、居間の方に行ってしまった。
 一人残された並木は茶碗のロウソクの前に屈み込み、じっと火がゆらゆらするのを見つめていた。
 と、炎が渦を巻くような揺れ方をして、一瞬消えそうになる。

「あっ」

 並木は急いで小さな両手で壁を作った。一瞬の突風はどこかに抜け去ったようで、すぐ炎はまた元のゆらゆらに戻ったけれど、あの瞬間「ありがとうね」という声が聴こえた。そんな気がして立ち上がり、周囲を見るが、誰もいなかった。
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