幽霊な姉と妖精な同級生〜ささやき幽霊の怪編

凪司工房

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 図書室の入口の木戸に鍵は掛かっていなかった。大悟はそれを引き、中に入る。蝶番ちょうつがいが古くなっているし、誰も油なんて差さないものだから途中で重くなり、更に耳障りな音が響いたが気にしない。
 明かりも点いていない空間は辛うじて窓からの採光で並んでいる書架などが見えたが、薄い、黄ばんだレースのカーテンが掛かっているのでそれも大した光量ではない。ドア脇のスイッチに触れ、蛍光灯を点ける。スイッチは全部で四つあったが半分だけ点ければいいだろう。
 ぼんやりと明るくなった入口左手のカウンターには本来であれば居るべき司書の姿もない。というか、ここに誰かが座っているのを、大悟は見た覚えがなかった。
 ただ蔵書は多い。歴史の坂本先生によると、地元だけでなく県外の大学や研究機関からもここにしかない本を求めて足を運ぶという。それなら尚更きちんとした図書室に建て替えるべきだと思うのだが、古いものを良いとしてなのか、文化的な価値なのか、それともただ単に予算の問題なのか。現状維持が続いている。
 
 カウンターの上に指を滑らせると埃は付かない。最近誰かの手によって掃除されたのだろうか。それとも大悟が来る時間帯にいないだけで、しっかりと誰かによって管理、清掃されているのだろうか。
 
 ――もしかしたら幽霊が管理していたりしてな。
 
 そんな発想をして、大悟はほくそ笑んだ。
 借りていたのは古典の課題で出された江戸以前の本の現代語訳を読んで当時の文化についてのレポートを書くために、適当に本棚から引き抜いたものばかりだ。どこの学校の図書室にもあるような文庫本サイズの漫画やライトノベル、一般書籍といったものはここには入っていない。そもそも新刊情報という手書きのポップはその前に一冊として新刊が飾られていたことのないほどで、蔵書の数こそ多いが、それが増えているということはないのだろう。
 
 大悟はカウンターで自分のクラスの棚から抜き取っておいた図書カードを探し、それに返却日を書き込む。次いで本の裏側に作られた図書ポケットにカードを入れ、元の本棚に返した。ここではそういう決まりになっている。本来であればカードの管理と手続きを司書が担当するようになっているはずなのだが、そんな人物はいないし、管理についてどうこう言う生徒もいない。カウンターの上に貼り付けられた借りる時の手引きという指示に従ってみんながやっていたことが、そのまま慣例化しただけだ。

「ねえ」

 大悟が書架に本を戻したところで突然耳元で姉の声が囁いた。

「何だよ」
「ちょっと、感じない?」

 何を言っているんだこの女――と心の中で思ったが流石に声には出さないでおく。

「そうじゃないわよ。いつでも発情期な女みたいに思わないで」
「勝手に心を読むな」
「それより、ほら、やっぱり……」

 何だというのだろう。図書室は静寂そのものだ。蛍光灯が一本切れているのを見つけたが、元々薄暗いから気にならない。
 用事も済ませたし、帰ろうとした時だ。足音を聞いた。
 どこだろう。そもそも電気が消えたままで、その人物は何をしていたのだ。大悟はすぐに意識を集中させ、その足音の主を探した。
 蔵書の多さを無理矢理にこのスペースに閉じ込める為か、書架同士の間が狭い。学校の廊下の半分程度だ。それを一つ一つ、自分の足音がしないように注意を払いながら見て回る。大悟の脳裏に浮かんでいたのは泥棒や強盗、あるいはホームレスといった学校外の人間が潜んでいる可能性だ。まさか武器を持った人間はいないだろうが、それでも何が起こるか分からない。今までに「そんな馬鹿な」と思うような小さな可能性を引き当て、大事件に発展した経験もある。だからその程度と甘く見ないということを、肝に命じることにしていた。
 
 ちょうど一番奥、北側の窓のところに、その足音の主はいた。女性だ。スカートを揺らし、その細い手を伸ばして本を取ろうとしている。その姿ですら絵になってしまうのは、彼女が森ノ宮静華だからだ。
 一秒ほど見惚れてしまっただろうか。彼女は余程本選びに集中しているようで大悟の姿には気づかない。別に友人でも、同じ部活の仲間でもない。同級生という属性を除けば赤の他人だ。声を掛けるべき理由は一つとして見つけられなかった。
 
 ――こういう時に一言でも何か口に出来る勇気があれば、違うのだろうな。
 
 そんな諦めで、大悟が背を向けようとしたその時だった。

「あ」

 彼女が声を発するよりも早く、彼の手足は動いていた。
 森ノ宮静華が本を取ろうと伸ばした手の先で、本が滑るように彼女の方へと落ちてくる。それも一冊ではない。雪崩れのように何冊もが頭上へと降り掛かった。
 その上に大悟は覆いかぶさる。
 ドカドカと鈍い衝突音が響き、目の前が暗くなった。
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