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第二章 硝子の靴

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 オルフは来客用の個室のベッドに寝かされた。彼女は医師を呼んでくると言ったがオルフが固辞した為に諦め、彼自身が持ってこさせた木の棒を添え木にし、それと包帯によって右腕を固定した。
 それでも不安そうにじっと見ている彼女は「ほんとに大丈夫ですかぁ?」と何度も尋ねている。

「分からん女だな。儂を恐れたり、かと思えば心配したり。こんなもの、一度に百人の兵士を相手にした時に比べれば何ということもないわ」
「オオカミさん、お強いんですねぇ」
「儂の強さなど知れておる。だが、多くの人間が皆儂より弱すぎるというだけだ。はっはっは」

 痛みに一瞬だけ表情を歪めたが、それでも無理やり大きく口を開け、オルフは笑った。綺麗に並んだ歯はどれも尖っていて、噛まれると流石に痛そうだ。
 チェルはべったりとベッドの傍をくっついて離れない使用人の彼女に、今一度、尋ねた。

「ところで、あなた、ここの家の使用人?」
「いえ。わたしはこの家の者ですぅ……一応」
「でもその格好、どう見てもこの屋敷に暮らしている家族の服装には思えないんだけど」
「それは、そのぉ、ちょっとお事情がありましてぇ」

 と、玄関の方からだった。

「帰ったわよ、シンデレラ! さっさとこの荷物、部屋に運びなさい!」
「ねえお母様、あんなに仕立ての良いドレスを注文して下さって、ほんと、ありがとうございます」
「姉さまは赤がよくお似合いよ。でもわたしの黄色いカクテルドレスだって結構イケてると思うわ」

 かしましい、と思ったのが第一印象だがオルフが「シンデレラ?」と小さく口走ったことにチェルも気づき、目の前の使用人ではない彼女に視線を向けた。

「は、はぁい! ただ今参ります! ……ごめんなさい。お継母様たちが戻ってきてしまったから」

 シンデレラ、と呼ばれた女性はおどおどとしながら頭を下げ、部屋を出て行ってしまう。

「今、確かにシンデレラって言われてたわよね? あれが?」

 オルフは特に違和感もなく「そのようだな」と頷いたが、チェルのイメージしていたシンデレラからは随分とかけ離れた印象の女性で、彼女は思わず自分の右の腕輪に小声で話しかけた。

「ね。今のアレが本当にシンデレラなの?」
「……あ、れ……が、見え……」

 ざりざりとした雑音混じりの声しか聞こえず、チェルは「役立たずが」と短く罵り、頭を振る。諦めて部屋を出ると、廊下の突き当りで大きな袋を幾つも抱えたシンデレラと、その足を蹴飛ばしている娘二人、更には大きな羽つき帽子を被った厚化粧の女性がいるのが確認できた。
 信じたくはないが、どうもあれが継母と義姉二人で、ぱっとしないどころか、器量のきの字も与えられないほどの容姿をしたまるで下女のような彼女こそが、正真正銘、チェルたちが探していたシンデレラらしい。

「これは確かに世界が歪んでるわ」

 自分が物語の赤ずきんとは大きく異なっていることを差し置いて、チェルは苦笑を浮かべる。

「あれをどうやって王子様と結婚させればいいのか。前途は多難ね」

 そう溜息をついたのだけれど、オルフの方は何やら一人で含み笑いをしている。

「腕を折っておかしくなったのかしら」
「小娘には分からんだろうな。儂にはあれがダイヤの原石に見えるのだ。磨いて磨いて、いや、むしろガリガリと削って、それこそ中身がなくなるまで無茶苦茶にしごいて、本物のシンデレラとやらにしてやろうではないか」

 どうやらオルフの嗜虐心をくすぐる何かが、あの娘にはあるらしい。開いた口の端からだらだらと涎が垂れ、彼は何度もそれを左腕で拭っていた。

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