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第九章 「消えた暖炉」

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「今日は夜、お肉にするから」

 いってらっしゃい、と朝、祐二君を見送ると、私は腕まくりをして部屋の掃除を始める。
 約束の一ヶ月になる。もう今日で同棲ごっこは終わりだ。明日からは、またただの主婦に戻る。それでいい。そう二人で話し合って決めたのだ。
 あれからりょうたちからの連絡はなかった。
 祐二君に尋ねても、特に妙な男に付きまとわれたり、金森烈かなもりれつのことで何かかれたりはしていないということで、本当にあの男が私との約束を守ってくれているのだと分かって、その件に関しては安堵あんどしていた。
 ただ保広やすひろや灯里、友理恵ゆりえとは特に連絡を取っていない。
 特に灯里に関しては、あの後一度だけLINEしてみたけれど、返事はなかった。
 掃除を終えると、マフラーの残りを編んでしまう。全体は栗色で、少しだけ水玉のような白い点を入れた。ハートを入れたい、と思った時は自分のあまりにも少女的な思考に苦笑したけれど、今となってはそんな恥ずかしい柄にしなくて良かったと思っている。
 二時頃にはマフラーも完成し、私は夕食の買い出しに出掛けた。いつもより多く財布に入れて、宣言通り牛肉を買うつもりだ。
 実家では昔からご馳走といえばすき焼きだった。バーベキュー好きな保広は焼肉の方が好きだったから、肉料理というと焼肉にしてしまうことが多かったが、祐二君に尋ねると、

「年に一度だけ、豚肉ですき焼きがあったんです」

 恥ずかしげに思い出話を語ってくれた。
 近所のスーパーは毎日のように顔を見せていたからか、中には会釈してくれる店員もいた。

「何かお祝いですか? そのお肉、美味しいんですけどみんな買わなくて」

 一番良い値段のパックを手に取ると、笑みを浮かべて話し掛けてくれた。

「ええ、ちょっと」
「うちの子にもたまにはそれくらい食べさせてやりたいんですけど、いつもこっちです」

 年齢は私とそんなに違わないかも知れない。その彼女が差したのは一番安い豚肉の細切れだった。
 他にもすき焼き用にと豆腐やしらたきを買って、レジに並ぶ。
 前にはカートに赤ん坊を乗せた若い母親がいて、その女の子だろうか、小さな手を二つ、私に向けてにぎにぎと伸ばしていた。

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