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第八章 「壊れた非常灯」

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 娘に事情を簡単に説明した三十分後には、年代を感じる狭い路地脇の喫茶店の席で、苛立いらだつ様子でコーヒーを飲む灯里と一緒に、待っていた。
 やってきたのは短い髪を茶色く染めた大柄なスーツの男性だ。

「室谷さん」

 と娘は紹介した。

「どうも」

 対面に座ると、コーヒーを注文してから胸ポケットに手を突っ込む。取り出した名刺には『栄光ファイナンス』とあった。金融業をしていると説明を受けていたが、投資会社か何かだろうか。

「娘の灯里さんとは、良いお付き合いをさせていただいてます」

 低い声で丁寧な物腰だったが、まさかこのタイミングで彼氏を紹介されるとは思ってもみなくて、私は言葉を失ったまま、

「あ、はい」

 曖昧に頷きを返した。

「それで、もう一度簡単に状況を説明していただけますかね」

 私は娘を見たが、灯里は軽く頷いただけで何も言ってくれない。仕方なく、金森烈の名前を伏せて祐二君が置かれた状況を室谷に話した。彼は特に頷きも相槌あいづちもなく全ての話を聞き終えると、やってきたブレンドコーヒーを受け取ってそれを一口飲んでから、小さな唸り声を漏らす。

「……どうすっかなあ」
「何よ。そういう話があったらいつでも言えって言ってくれてたじゃない」

 顔をしかめた室谷に、娘はきつい口調で叩きつける。

「それとも何? またりょうさんが恐いとか言い出すの? そんな成りしてるのに臆病なんだから。そんなんじゃいつまでもこき使われるだけだよ」
「だってよぉ、灯里」
「だってじゃなくて、結果を見せて」

 これが娘にDVをしている彼氏なのだろうか。勝手に抱いていた印象はその二人のやり取りを見て早くも崩れ去った。

「あの、お母さん」
「は、はい?」

 急におかあさん呼びをされて、私は戸惑う。

「実はその鳥井祐二さんの件なんですが、うちで今問題になっている案件なんですよ。その金を持ち逃げしたオーナーって、金森烈ですよね?」
「……ええ」
「たぶん鳥井さんをボコボコにしたのって、うちの若いもんだと思います。あいつら手加減しらねえから」

 そう言うなり携帯電話を取り出すと、立ち上がって電話を掛け始める。

「あ、すんません。室谷です。今から金森の件で、ちょっと会わせたい人がいるんですが……ええ、はい。そうです。ああ、いや、そっちじゃなくて……はい、その女の方です。分かりました。それじゃあ……そう伝えます」

 電話を切るなり、溜息と一緒に腰を下ろす。
 それから私を見て、一度下唇を噛んでから、こう切り出した。

「明日、梁さんが会うそうです。そこでの話次第で、鳥井さんの件はチャラにしてやるって言ってました」
「え? 本当に?」
「俺にはそういう権限ないんですけどね。梁さんは別なんです。あの人、次の頭候補なんで」

 私は何度も灯里を見る。

「何よ?」
「ううん。あの……ありがとう」

 まさか娘に頼ることになろうとは思わなかったし、それで事態が無事に収まりそうになるなんて考えてもいなかった。

「わたしは何もしてないでしょ。それより……梁って人には気をつけてね」

 灯里がそう口にした意味は分からなかったが、それでも私のことを気遣う言葉を掛けてくれるくらいには、娘が大人に成長したのだと思えて、心の中で涙が滲んだ。

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