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第七章 「点滅するブレーキランプ」

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「珍しいわね、海月の方から呼び出しなんて」

 駅近くの喫茶店は混み合っていて、それでも何とか端の席に座ることができた。

「うん。ちょっとね」

 二人ともコーヒーだけ注文して、コートを脱ぐ。

「もっとゆっくり出来るところ、いくらでもあるのに」
「いいのよ。友理恵も忙しいでしょ?」

 まあね、と答えた彼女は料理教室の開設を今月に控え、その準備で連絡への返信も遅れがちになっていた。

「海月の方、今日はパートは?」
「連休があるからその分で今日はお休み」
「そっか。やっぱりお仕事って自分でやるより誰かに雇ってもらってる方が気楽なもんね」

 そうは言うものの、初回の教室ではアシスタントとして私も参加する約束になっていた。

「実は一昨日の晩なんだけど、急に娘が戻ってきてね」
「灯里ちゃん。何かあったの?」
「うん」

 私は曖昧な返事をしてから、つまんで自分たちが知っている情報を伝えた。

「そっか。DV男って困った生き物よね」
「何その別の生物みたいに言うの」
「結果そうなのよ。暴力振るう奴は普段はどんなに優しくしてくれてても、絶対に暴力を使うの。もうあれはそういう生き物だって割り切るしかないのよ。でもそんな生き物を愛しちゃった場合は、これはもうその愛が醒めるまで待つしかない。悲しい性なのよ、女の」

 やってきたコーヒーは既に少し温くなっていた。

「経験者みたいな口ぶり」
「そりゃ若い頃は色々ありましたけど」

 笑みを浮かべた友理恵だったが、学生時代から「男運がないの」となげいていたように、手癖の悪い男との付き合いが多かった。今の旦那こそ真面目で面白みがないと言うのだけれど、そういう結婚相手に恵まれて、私としては内心ほっとしていた。

「それで、どうしたらいいかなって思ってさ」
「どうしたらって……どうもできないでしょ?」
「でも親としては何かさ」

 温いコーヒーを飲んで顔をしかめながら、友理恵は首を振る。

「じゃあさ海月。灯里ちゃんと一緒に相手の家まで行って、もうこれ以上私の娘を悲しませないで! って殴り込める? できないでしょ、そんなこと。結局さ、親は子供に頼られるまでは心配することしかできないのよ。泣いて、悲しんで、次の恋を見つけようって思うまでは、放っておくしかないんじゃない?」

 彼女は息子しかいないから、そんな風に割り切れるのだろうか。
 私は灯里の物言わぬ寂しそうな目が、自分に助けを求めているそれのようにしか思えなかった。

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