34 / 80
第五章 「蕩けるロウソク」
4
しおりを挟む
「今日は何だか楽しそうだね」
その次の日、アンブレラは平日ということもあって客は少なかった。
マスターの雨守はスプーンを拭きながら手持ち無沙汰な私を見て笑う。
「いつもと変わりませんよ?」
「歩く時の足取りが違うから、何か良いことがあった、あるいはこれから良いことがあるのか。そのどちらかじゃないかな」
それはどちらも当たっていたが、私は何も答えずに水の入ったピッチャーを持って客の疎らな店内を巡回に向かう。外はよく晴れていて、午後の日差しが強烈な道側の席は眩しそうだ。ブラインドを半分程度まで下ろして、陰を作る。
「浅野さん。ちょっと」
「はい」
呼ばれてカウンターの方に向かうと、雨守は奥のキッチンに入るよう手招きをして、私はピッチャーを置いてから入っていく。
「何ですか」
「デザートの盛り付けを、覚えてもらおうかなと思って」
「私が、ですか?」
「というか、本当はそういう口実で、今日は食べさせてあげようかと思ってね」
雨守は目の前のテーブルにデザート皿二枚と、アイスクリームのボックス、それに飾り用のムースやベリーのシロップ漬けを出す。
「これ、ディッシャーって言うんだけど」
それはアイスを掬う銀色の器具で、よく見るものだった。
「うまく半球の形を作って、軽く載せる。なるべく一度に沢山詰め込まないで、何度も掬って層を重ねるのがポイントね」
「はい」
私は雨守のやることをそのまま真似て、同じようにアイスを掬ってみる。冷凍庫で固まったそれは思いのほか固く、彼のように簡単にはできない。力が必要だった。
「まあいい。それから飾り付けは覚えてもらってると思うけど」
確かに何度も目にしていたけれど、いざやってみてと言われると戸惑いしかない。
「同じように載せてくれればいい。最後にムースをアイスの上と、左右に置いて。これだけね」
「……はい」
器用ではない私だけれど、それでも教え方が上手いからか、ただ単に誰でもできる作業なのか、見た目は雨守のそれと遜色ないと思えた。
そこに、ドアベルが鳴る。来客だ。
私は慌てて「いらっしゃいませ」と口にしながらカウンターを出る。
「どうも」
戸口に立っていたのは、鳥井祐二だった。
「え? お店は?」
「なんか急に金森さんが用があるって店閉めちゃって。それで……来ちゃいました」
雨守を振り返ると、何故か彼は笑っていた。
その次の日、アンブレラは平日ということもあって客は少なかった。
マスターの雨守はスプーンを拭きながら手持ち無沙汰な私を見て笑う。
「いつもと変わりませんよ?」
「歩く時の足取りが違うから、何か良いことがあった、あるいはこれから良いことがあるのか。そのどちらかじゃないかな」
それはどちらも当たっていたが、私は何も答えずに水の入ったピッチャーを持って客の疎らな店内を巡回に向かう。外はよく晴れていて、午後の日差しが強烈な道側の席は眩しそうだ。ブラインドを半分程度まで下ろして、陰を作る。
「浅野さん。ちょっと」
「はい」
呼ばれてカウンターの方に向かうと、雨守は奥のキッチンに入るよう手招きをして、私はピッチャーを置いてから入っていく。
「何ですか」
「デザートの盛り付けを、覚えてもらおうかなと思って」
「私が、ですか?」
「というか、本当はそういう口実で、今日は食べさせてあげようかと思ってね」
雨守は目の前のテーブルにデザート皿二枚と、アイスクリームのボックス、それに飾り用のムースやベリーのシロップ漬けを出す。
「これ、ディッシャーって言うんだけど」
それはアイスを掬う銀色の器具で、よく見るものだった。
「うまく半球の形を作って、軽く載せる。なるべく一度に沢山詰め込まないで、何度も掬って層を重ねるのがポイントね」
「はい」
私は雨守のやることをそのまま真似て、同じようにアイスを掬ってみる。冷凍庫で固まったそれは思いのほか固く、彼のように簡単にはできない。力が必要だった。
「まあいい。それから飾り付けは覚えてもらってると思うけど」
確かに何度も目にしていたけれど、いざやってみてと言われると戸惑いしかない。
「同じように載せてくれればいい。最後にムースをアイスの上と、左右に置いて。これだけね」
「……はい」
器用ではない私だけれど、それでも教え方が上手いからか、ただ単に誰でもできる作業なのか、見た目は雨守のそれと遜色ないと思えた。
そこに、ドアベルが鳴る。来客だ。
私は慌てて「いらっしゃいませ」と口にしながらカウンターを出る。
「どうも」
戸口に立っていたのは、鳥井祐二だった。
「え? お店は?」
「なんか急に金森さんが用があるって店閉めちゃって。それで……来ちゃいました」
雨守を振り返ると、何故か彼は笑っていた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる