私たちの残り火〜アラフィフの私に火をつけたのはかつてネットで疑似恋愛をしていた青年でした

凪司工房

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第四章 「ひび割れた白熱球」

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「中学を出てからは、まともな仕事なんて出来なくて。それこそ水商売の男や女にこびへつらって、店の手伝いや掃除、買い物なんかをしながら何とか生活資金を稼いで、それで生きていくしかなかったんですよ」

 そんな過去を生きてきた人だから、あんなにも穏やかに振る舞えるのだろうか。私は鳥井祐二とりいゆうじという男性に対して自分が抱いていたものが、ちっとも太刀打ちできないくらいのバックグラウンドがあるのだと、思い知らされていた。
 上着が捲り上げられていく。
 露出したブラの隙間から毛の多い金森の指が滑り込み、私の汗ばむ乳房を揉んだ。

「それでも高校くらいは出たくて、土下座して金を借りて何とか定時制に通っていたら、今度は自分が働いていた店のオーナーが夜逃げして、その上放火のおまけ付きだ。警察がやってきて、第一発見者だったあいつが一番に疑われましてね」

 まるでマッサージでもしているかのような、ゆったりとしたリズムと強さだった。目の前で燃え続けるアロマキャンドルは鼓動が早くなる私に、落ち着いてリラックスをすればいいよ、と囁《ささや》きかけているみたいに優しい。

「そんな時でした。私が鳥井と出会ったのは。そういうガキどもの世話を頼まれていた頃があったんですよ」

 私は金森の成すがままに腕を上げて上着を脱いでしまう。ブラのホックが外れて、するりとズリ落ちた。あらわになった乳首はつんと背伸びをしていて、部屋の空気を感じてじとりと汗ばむ。パートで動かした体のべたつきが気になって、

「仕事が終わって、そのままなんですよ……」

 そう口にするけれど、彼は気にせず話を続ける。

「あの当時はあいつも荒れててね。今みたいにとても人前に出して仕事させるなんて無理でしたよ。そこらの不良どもと殴り合ってる方が性に合ってる。そんな奴でした」

 彼は私の前に回り込むと、二つの丘の間に頭を滑り込ませる。

「あの、駄目です……」

 抵抗しようと手で彼の肩を押さえるけれど、胸の谷間を埋める頭は動かない。金森はくぐもった声で、

「あいつは、俺が買ったんです」

 そう言って、両手で胸を揉みしだく。
 あ……、と思わず声がれて、私はそのままソファに背を預けてしまった。彼の唇が乳首の上を這う。転がすように舌がうねり、私の声は吐息に変わった。

「男を買う。その意味が、海月みつきさんみたいなずっと日向を歩いてきた人に、理解できますかね」

 頭が働かなかった。
 ぽわんとして、乳首の先端に何かが触れる度に背中までしびれが走る。

「どういう、意味なんですか」

 それでも必死に声を出すと、彼は笑ってから、私の双丘にしゃぶりつく。唾液にまみれて、温かい。

「男が、男を買う。つまりね、己の欲望のぐちにするということですよ」

 その意味を理解しようとした私を、金森の腕が押し倒した。ソファに横になり、スカートがめくれ上がる。私は必死に押さえたけど、彼は脚を掴んでそのまま持ち上げた。ももが露出し、その間にあるショーツが掴まれる。

「嫌……」

 声が、大きくならない。
 想像の中で、金森を前に何も言えないまま服を脱がされている鳥井祐二が、涙を浮かべていた。首を横に振りながらも、彼はその乳首を露出させ、金森にされるがまま、蹂躙じゅうりんされる。どんな声で我慢していたのか、私にはとてもそこまで想像が及ばなかったけれど、息苦しくて、口を開けば、吐息は炎のようだった。

「彼も……こんな風に?」

 涙で、視界が震える。

「祐二はね、いい体をしているんですよ。筋肉質すぎず、それでいて尻の形なんかきゅっと締まっている」
「そんなの……」

 男の人同士。
 信じたくはなかったけれど、金森の話を嘘とは言えない私もいた。

「海月さんだって、ほら、こんなにしっかりと欲しそうになってる。あいつのアレを想像して、自分で慰めているんでしょう?」
「私はそんな!」
「したこと、ありますよね?」

 金森の目から、戸惑いの視線を外した。「正直な人だ」
 そう言って、彼の頭が私の股間に押し入ってくる。
 舌が、敏感な部分をさらう。唾液と私のものが混ざり合い、音を立てて彼はそれをすすった。
 熱い。
 どうしようもなく、火照る。
 私の中に、まだこんな火種があったなんて……。
 涙が顔を、愛液が金森を、濡らした。
 抵抗しようという力は徐々に弱くなっていき、私は、彼を、受け入れた。
 久しぶりの、挿入だった。
 心は何とか意識を保とうとするけれど、それはかすみ掛かったようにぼんやりとして、ただ心地良いことだけが頭を支配した。
 はぁ。
 はぁ。
 吐息が、熱い。
 体が、熱い。
 落ちる涙も、熱かった。


 しょんぼりとしたコンドームが、床に投げ出された。
 私も、金森も、ただ息荒く、裸のまま、互いを見た。
 ソファに腕を預けて体を起こした私は、彼の屹立きつりつしたままのペニスを見て、尋ねる。

「どうして、射さなかったんですか」

 だが金森はその問いに答えず、ただ笑顔を浮かべて浴室に向かった。
 私は落ちている服をまとめて、汗でまとわりつくのも構わずにそれをまとい、さっさと部屋を抜け出した。外は既に真っ暗で、タクシーの明かりを求めて大通りへと急いだ。

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