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第三章 「ホテルのネオンサイン」

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 晩ご飯の片付けを終えてリビングに戻ると、テレビを点けたまま保広やすひろがアルバムを持ち出して眺めていた。自分たちの大学時代のものがほとんどだが、その中に、中学の頃のバレエ発表会に出ている私がいた。

「何よ、こんなもの見て」
「この頃の海月みつきちゃんは何を夢見てたんだろうな、って思ってさ」

 他にも大きめのセーラー服とリボンに戸惑っている姿や、集合写真で一人だけ顔をうつむけているものがあり、少し懐かしい。

「夢なんて特に考えてませんでした。それより、学校生活のこととか、友達との関係とか、高校進学どうしようとか、そういう目の前のことでいっぱいいっぱいだったから」
「ちょっと」

 夫が私を隣に座らせる。それから肩に腕を回して、アルコール臭い顔を近づける。

「何?」
「もう灯里ともりも独り立ちしたみたいなもんだし、あれだったら、復職とか、考えてもいいんだぞ」
「何よそれ」

 私は顔を背け、保広に出したツマミのエビ煎餅を口に入れる。塩味が、久しぶりに強く感じた。

「いやさっきの飯ん時の話じゃないけどさ、時々思うのよ。今自分が仕事をしてなかったら、何ができるんだろうって」
「何なのよ突然。あなたひょっとして」
「違う違う。別にリストラされそうとか、転職考えてるとか、そんな話じゃなくてさ、俺なんかはもう人生の半分程度は仕事してきた訳だ。仕事が生活の一部だ。けど、それを取り上げられた時に、自分に何があんだろうかって考えることがあってさ」

 こういう哲学モードとでも呼べばいいのだろうか。付き合うようになる前から、彼は私に「どうなんだろうな」と答えの出そうにない話題を振るのが癖だった。

「この前事務方で世話になった先輩が早期退職されてさ、実家で葡萄畑を始めたって聞いたんだ。でもそれ別にやりたくて始めた訳じゃなく、親がやってたものを誰かが継がなきゃいけなくて嫌々やることになったんだって。前に蕎麦屋なんかやりつつツーリングするんだって言ってたの、思い出しちゃってな」

 実家の両親は、別に私に農家を継げとは言わない。もちろん保広にもそんな気がないことを告げていた。ただ、あと十年ほどで老後をどうするか、なんて話もしなきゃならないと思うと、こめかりの辺りがチリリとした。

「もし海月が何か仕事してみようって言うなら、二、三聞いてみてやってもいい」

 どう? という目で私を見たが、自分がスーツを着て働いている姿はちょっと想像できなかった。
 私は立ち上がって背中を見せ、

「まだよく分からないわ」

 そう答えてキッチンへと戻って行った。
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