愛しの毒林檎

凪司工房

文字の大きさ
上 下
2 / 5

2

しおりを挟む
 裁判はお城の中でも大人たちの特別に許可された人物だけが入れる、特別な小部屋で行われるのが常だった。エレナは両手首を縛られ、その先を隣で立つ兵士に犬のように握られたまま、判事を務める、実父である王を前にしていた。石壁で四方を囲まれ、そこに開いた覗き窓から文官たちが見下ろしている。

「ワシは王としての責務を果たす為、今ここに座っておる。だが決して自分の娘を裁きたい訳ではない。それはわざわざ口にするまでもなくお前も分かっていると思うが、今一度問おう。何故あのようなことをした?」
「何故というのは理由をお聞きになりたいんですよね?」
「そうだが」

 低くうなり、王は細めた目をエレナに向ける。

「愛していたからです。私は兄様を愛していた。ただそれだけが理由です」

 その発言に場内がざわつくが、木槌を叩いて収めると王は首を横に振り、こう告げた。

「愛していたから殺そうなどと、そんな戯言をどう受け止めれば良いだろうか。やはりお前は魔女にでも取り憑かれておるようだ」

 王の溜息に、一人だけ思い切り声を上げた女性がいた。覗き窓のところで顔をおおっている、白髪が目立つようになり始めた王妃、つまりエレナの母親だった。

「本来なら斬首した後に晒し首にでもするところだが、仮にも我が娘だった女だ。城からの永久追放で収めておこうと思う。良いかな?」

 脇の文官たちに同意を求めると彼らは声もなくただ頷きを見せた。それを確認してから一度、王は木槌を打つと、溜息と共に判決を口にした。

「王子殺害未遂という大きな罪の処罰としては軽いものになってしまったが、エレナは本日より二度とこの城内に足を踏み入れることは許さぬ。王族の地位を剥奪はくだつし、永久にこの地から追放処分とする」


 手首を縛られたまま城の裏口から外に連れ出されたエレナは、目元を覆っていた布を解かれて、今日の空模様がどんよりとしているのを知った。
 自分の両脇にいる二人以外にも、出入り口の番をしている兵士ともう一人、書面を手にした文官がいて、険しい表情をエレナに向けていた。丘から見下ろす風景はバルコニィから見るそれとは趣が異なり、裏手だからか建物の陰で覆われて暗い。ただ表と同じようにこちら側にも森が広がっていて、それがやがて山につながっていた。

「エレナ様……いえ、エレナ。あなたはもうこの場所に立ち入ることはなりません。もしまた戻られた際には今よりももっと酷い処罰が、あなたを待っていることをお忘れなきよう」

 縛り首、斬首、あるいは火炙ひあぶりだろうか。どちらにしても命を奪われるようなことが待ち受けている。十八年の歳月を過ごしたここを出ていくのが結婚をする時ではないというのは、生まれた頃には誰も想像しなかっただろう。

「ふふ、ふふふふ……」
「何がおかしい?」

 兵士たちは突然笑い声を上げた兵士に驚きと警戒の視線を送るが、彼女は構わずに笑い続ける。

「ええい! やめんか!」

 腕を押さえていた兵士の一人は慌てて手首の縄を切ると、彼女の背を思い切り押した。不用意だった彼女の体は自由を支えることができずにそのまま転がってしまう。

「早く出ていけ! この犯罪者!」

 金糸や銀糸が編み込まれたようなドレスではなくゴワゴワとした粗野な麻の上下を着たエレナには、確かにその罵声がお似合いだったかも知れない。
 エレナは何も言い返すことなく背を向け、歩き出す。
 一体どこを目指せばいいのか分からないが、目の前には何もかもを呑み込んでしまいそうな陰鬱いんうつな闇を宿した森がどこまでも広がっていた。

しおりを挟む

処理中です...