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第八章 「歌虫は歌う」

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 ウッドは自分が何をしたのか、全く分からなかった。ただ胴から離れたフロスの頭は、泣きながらウッドに謝っていた。

「すまない。わしは、わしは彼女の歌を、歌を聴いて……けれど、それに耐えられなくなった。分かったからだよ。全て理解したのだ。生きている限り、自分以外の存在を排除しようとしてしまう、生きようとする限り、必ず誰かを殺してしまうと」

 呆然と立ち尽くすウッドは、血が流れるのも気にせず、喋り続けるフロスの頭を掴む。

「ネモはどこだ?」
「歌をやめさせようとした。歌うことを止めようとしたんだ」
「ネモをどこへやった!」

 怒りに任せ、ウッドは手にしたフロスの頭部を思い切り投げつける。フロスの鼻がひしゃげ、口からも血が溢れた。
 憎しみは。

「歌だ」

 フロスが言った。だがウッドの耳には何も聴こえない。幻聴だろうか。
 永遠に終わらない。

「歌っているのか」

 今度はウッドの耳にもそれは聴こえた。
 悠久の時を超えて。

「ネモ……なのか」

 彼女の声だった。とても澄んだ、どこまでも伸びる高い音。

  憎しみは、永遠に終わらない。
  悠久の時を超えて、
  何度でもそれは蘇る。
  悲しみ、
  恐さ、
  悲劇は繰り返され、
  また、落ちる、崩れる。
  世界は何度も破壊され、
  その度に蘇る。
  また必ず、求める。
  その想いを、
  愛も終わらない。

「愛も、終わらない」

 そこに彼女は居た。

「ネモ」
「また、会えた」

 暗い空間の中、彼女だけが光り輝いていた。小さな羽根が羽ばたく度に光の粉が広がるようだ。ふっと笑った優しい表情は、ウッドの胸の中に今まで充満していたどす黒いものを消し去り、何とも穏やかな心地にさせてくれる。

「生きていたのか」
「フロスさんは、何も悪くない」
「どうして? お前を殺そうとしたんだろ?」

 ウッドは転がっているフロスの頭部を見る。既に顎の一部の石化が始まっていた。

「殺す、しない。フロスさんは、誰も殺さない」
「でも奴は」
「彼はずっと死に場所を求めていた」
「死に場所を?」

 ウッドは転がっているフロスの頭部と胴体を見ながら、その言葉の意味を考えた。

「どうして奴が死ななきゃならない」

 分からない。

「生きることは、悲しい」
「どうして悲しいんだ?」

 ネモはその目に涙を浮かべていた。

「どうして泣く? 折角会えたというのに……どうして」
「出会いはほんの一瞬だから」

 心なしかネモの光が弱くなっているように思える。

「知ってる? ペグ族はどうやって歌を歌うか」
「い、いや」
「ペグ族は、自分の命を歌に替えるの。命を燃やして、歌う」

 その寿命が短いことくらいは、ウッドにも知識があった。けれどそれが彼女たちが歌うことで寿命を縮めているからだとは思いも寄らなかった。それにもし、今ネモが言った通りだとしたら、彼女は一体、あとどれくらい生きられるのだろう。
 それに思い当たり、ウッドはネモに近寄ろうとした。

「ペグ族の命、短い。でもその代わりに、ペグ族は何度も生まれ変わる。生まれ変わるの」
「ネモ、やめろ」
「沢山一緒に、居たかった」
「何をする気だ」

 フロスに斬られた左肩から血が流れ過ぎたせいだろうか、ウッドは足元がふらつく。それでも懸命にネモに手を伸ばすが、彼女はその翼をはためかせ、徐々に上昇していくようだった。
 やめろ、ネモ。頼むから、もう、何も……。

「沢山、生きてね。そして、わたしを、探して」
「ネモ!」

 けれど彼女は悲痛な叫びを上げたウッドを見て、ちょっと困ったように笑った。

  季節が変わり、花が枯れ、
  時と共に、石は風化する。
  それでも変わらない、確かな、
  風が嵐を作り、
  雨が洪水を起こし、
  雲が雷を呼んでも、
  揺ぎ無い。
  ただ、ただ、
  求める。
  願う。
  必ず、あなたと、
  あなたと、巡り逢い、
  そして、愛を――。

 彼女はその瞬間、光だった。

「ネモぉおおおお!」

 その光は世界に満ちて、ウッドを包み込む。その一瞬、彼女の声が聴こえたような気がした。

  さよなら。
  でも、
  また、会おうね。


 何もかもが、光になった。
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