上 下
38 / 41
第八章 「歌虫は歌う」

3

しおりを挟む
 斬轟。
 火花が散り、ウッドもフロスもその場から跳躍ちょうやくして離れた。
 まだ手が震えている。恐ろしいほど速い振りだった。

「何を」
「ウッド。君は何故戦う?」

 そう問いかけたフロスは、一瞬でウッドとの距離を詰め、音がしないほどの速さで剣を振り切る。後ろに引いて避けたが、それでも風圧で胸元にすっと細い糸のような切り傷が生まれた。
 血が垂れる。

「あんたが戦うからだろ」

 荒い呼吸を整えながらウッドは剣を構える。皮膚の至るところから嫌な汗が染み出していた。

「それでは答にならないな」

 フロスは息をつく余裕を与えず、次々とウッドに襲い掛かってくる。剣は鞭のようにしなり、それらは同時に何本もの剣を叩きつけてくるかのようだった。
 ウッドは剣を両手で押さえてその攻撃を弾くので精一杯だった。

「君が戦いたくないならば、今すぐその剣を捨てれば済むことだ」

 捨てろと言いながらも、フロスはそんな一瞬の猶予ゆうよも与えてくれはしない。

「死ね、というのか」
「そんなことは言わない。ただ戦いたくない君が、何故戦うのか。それを訊いているのだ」
「もう止めよう、こんな無益なことは」
「無益かどうかは、君が判断することではない」

 フロスの一撃一撃は重く、受ける度に腕が麻痺していくようだった。ウッドはこのままでは埒が明かないと、やってきた一撃を受けた勢いで思い切ってその場から飛び退く。だがフロスはそれを予測していたかのように、ぴったりとウッドについて走る。

「俺はネモを返してくれさえすれば、それでいいんだ」
「なら、やはり君はわしと戦わねばならないな」
「何故だ」

 追い縋るフロスの剣を次第に避けられなくなり、ウッドは立ち止まり、相手の懐に切り込む。だが彼は体重が無いかの如く即座に宙高く跳躍し、ウッドと距離を取った。

「何故戦うのか。それを多くのアルタイ族は考えない。それを本能だとして片付けてしまっている。だが君は違う。ウッド、君は考えたことがあるだろう。何故、戦わなければならないのかを」

 フロスは剣を構えたまま、ウッドに問いかける。
 確かにあの歌を耳にして以来、ウッドはずっと、この百五十年ほどの間休むことなく、その問いを考え続けていた。何故戦うのか。何故戦わなければならないのか。
 アルタイ族の本能がそうさせるのだと、ヤナたちは言っていた。けれど、本能が戦いを望んでいるのだとしたら、既に互いに殺し合ってアルタイ族は絶滅してしまっていたのではないだろうか。少なくともウッドが百年以上を過ごしているメノの里などは、誰も居なくなってしまっていてもおかしくない。
 けれど、みんな余計な戦いをすることなく、平和に暮らし続けていた。戦いなど無くても生きていけるのではないか。ウッドは常日頃そんなことを考えていたのだ。だからこそ異端として扱われたのだが。

「戦う為には敵が必要だ。なら敵とは何だ?」

 言われるまでもなく、今の敵はフロスだった。だが彼はどうもウッドを殺してしまおうという風には見えない。何度も彼の剣を受けている内に、そんな気がしてくる。

「倒すべき相手だ」

 フロスにとってウッドは敵なのだろうか。そんなことを考えながら剣を構え、次の一撃に備える。

「何故その相手を倒さなければならないのだ?」

 それはまるで出口のない迷路のように、ぐるぐると同じところを回っている感覚をウッドに思い起こさせるやり取りだった。

「何故、敵が出来る? 何故戦わなければならない? 何故……何故だ」

 それはもうウッドに問いかけているのではないかのような、フロス自身の内なる叫び声だった。

「もう何千何万回と問い続けた。でもいつも答は堂々巡りだった。何故か。きっと真実に目を向けるのが恐かったからなんだろう。今なら分かるよ」

 随分と穏やかにそう言ったフロスは、剣を構えて駆けてくる。ウッドはそれを受ける形で剣を斜に構え、待った。
 勝負は一瞬で決まる。相手に致命傷を与えればいい。
 足か、腕か。相手を殺す必要は無いのだ。ウッドは精神を集中させた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

トレンダム辺境伯の結婚 妻は俺の妻じゃないようです。

白雪なこ
ファンタジー
両親の怪我により爵位を継ぎ、トレンダム辺境伯となったジークス。辺境地の男は女性に人気がないが、ルマルド侯爵家の次女シルビナは喜んで嫁入りしてくれた。だが、初夜の晩、シルビナは告げる。「生憎と、月のものが来てしまいました」と。環境に慣れ、辺境伯夫人の仕事を覚えるまで、初夜は延期らしい。だが、頑張っているのは別のことだった……。 *外部サイトにも掲載しています。

処理中です...