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第八章 「歌虫は歌う」
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斬轟。
火花が散り、ウッドもフロスもその場から跳躍して離れた。
まだ手が震えている。恐ろしいほど速い振りだった。
「何を」
「ウッド。君は何故戦う?」
そう問いかけたフロスは、一瞬でウッドとの距離を詰め、音がしないほどの速さで剣を振り切る。後ろに引いて避けたが、それでも風圧で胸元にすっと細い糸のような切り傷が生まれた。
血が垂れる。
「あんたが戦うからだろ」
荒い呼吸を整えながらウッドは剣を構える。皮膚の至るところから嫌な汗が染み出していた。
「それでは答にならないな」
フロスは息をつく余裕を与えず、次々とウッドに襲い掛かってくる。剣は鞭のようにしなり、それらは同時に何本もの剣を叩きつけてくるかのようだった。
ウッドは剣を両手で押さえてその攻撃を弾くので精一杯だった。
「君が戦いたくないならば、今すぐその剣を捨てれば済むことだ」
捨てろと言いながらも、フロスはそんな一瞬の猶予も与えてくれはしない。
「死ね、というのか」
「そんなことは言わない。ただ戦いたくない君が、何故戦うのか。それを訊いているのだ」
「もう止めよう、こんな無益なことは」
「無益かどうかは、君が判断することではない」
フロスの一撃一撃は重く、受ける度に腕が麻痺していくようだった。ウッドはこのままでは埒が明かないと、やってきた一撃を受けた勢いで思い切ってその場から飛び退く。だがフロスはそれを予測していたかのように、ぴったりとウッドについて走る。
「俺はネモを返してくれさえすれば、それでいいんだ」
「なら、やはり君はわしと戦わねばならないな」
「何故だ」
追い縋るフロスの剣を次第に避けられなくなり、ウッドは立ち止まり、相手の懐に切り込む。だが彼は体重が無いかの如く即座に宙高く跳躍し、ウッドと距離を取った。
「何故戦うのか。それを多くのアルタイ族は考えない。それを本能だとして片付けてしまっている。だが君は違う。ウッド、君は考えたことがあるだろう。何故、戦わなければならないのかを」
フロスは剣を構えたまま、ウッドに問いかける。
確かにあの歌を耳にして以来、ウッドはずっと、この百五十年ほどの間休むことなく、その問いを考え続けていた。何故戦うのか。何故戦わなければならないのか。
アルタイ族の本能がそうさせるのだと、ヤナたちは言っていた。けれど、本能が戦いを望んでいるのだとしたら、既に互いに殺し合ってアルタイ族は絶滅してしまっていたのではないだろうか。少なくともウッドが百年以上を過ごしているメノの里などは、誰も居なくなってしまっていてもおかしくない。
けれど、みんな余計な戦いをすることなく、平和に暮らし続けていた。戦いなど無くても生きていけるのではないか。ウッドは常日頃そんなことを考えていたのだ。だからこそ異端として扱われたのだが。
「戦う為には敵が必要だ。なら敵とは何だ?」
言われるまでもなく、今の敵はフロスだった。だが彼はどうもウッドを殺してしまおうという風には見えない。何度も彼の剣を受けている内に、そんな気がしてくる。
「倒すべき相手だ」
フロスにとってウッドは敵なのだろうか。そんなことを考えながら剣を構え、次の一撃に備える。
「何故その相手を倒さなければならないのだ?」
それはまるで出口のない迷路のように、ぐるぐると同じところを回っている感覚をウッドに思い起こさせるやり取りだった。
「何故、敵が出来る? 何故戦わなければならない? 何故……何故だ」
それはもうウッドに問いかけているのではないかのような、フロス自身の内なる叫び声だった。
「もう何千何万回と問い続けた。でもいつも答は堂々巡りだった。何故か。きっと真実に目を向けるのが恐かったからなんだろう。今なら分かるよ」
随分と穏やかにそう言ったフロスは、剣を構えて駆けてくる。ウッドはそれを受ける形で剣を斜に構え、待った。
勝負は一瞬で決まる。相手に致命傷を与えればいい。
足か、腕か。相手を殺す必要は無いのだ。ウッドは精神を集中させた。
火花が散り、ウッドもフロスもその場から跳躍して離れた。
まだ手が震えている。恐ろしいほど速い振りだった。
「何を」
「ウッド。君は何故戦う?」
そう問いかけたフロスは、一瞬でウッドとの距離を詰め、音がしないほどの速さで剣を振り切る。後ろに引いて避けたが、それでも風圧で胸元にすっと細い糸のような切り傷が生まれた。
血が垂れる。
「あんたが戦うからだろ」
荒い呼吸を整えながらウッドは剣を構える。皮膚の至るところから嫌な汗が染み出していた。
「それでは答にならないな」
フロスは息をつく余裕を与えず、次々とウッドに襲い掛かってくる。剣は鞭のようにしなり、それらは同時に何本もの剣を叩きつけてくるかのようだった。
ウッドは剣を両手で押さえてその攻撃を弾くので精一杯だった。
「君が戦いたくないならば、今すぐその剣を捨てれば済むことだ」
捨てろと言いながらも、フロスはそんな一瞬の猶予も与えてくれはしない。
「死ね、というのか」
「そんなことは言わない。ただ戦いたくない君が、何故戦うのか。それを訊いているのだ」
「もう止めよう、こんな無益なことは」
「無益かどうかは、君が判断することではない」
フロスの一撃一撃は重く、受ける度に腕が麻痺していくようだった。ウッドはこのままでは埒が明かないと、やってきた一撃を受けた勢いで思い切ってその場から飛び退く。だがフロスはそれを予測していたかのように、ぴったりとウッドについて走る。
「俺はネモを返してくれさえすれば、それでいいんだ」
「なら、やはり君はわしと戦わねばならないな」
「何故だ」
追い縋るフロスの剣を次第に避けられなくなり、ウッドは立ち止まり、相手の懐に切り込む。だが彼は体重が無いかの如く即座に宙高く跳躍し、ウッドと距離を取った。
「何故戦うのか。それを多くのアルタイ族は考えない。それを本能だとして片付けてしまっている。だが君は違う。ウッド、君は考えたことがあるだろう。何故、戦わなければならないのかを」
フロスは剣を構えたまま、ウッドに問いかける。
確かにあの歌を耳にして以来、ウッドはずっと、この百五十年ほどの間休むことなく、その問いを考え続けていた。何故戦うのか。何故戦わなければならないのか。
アルタイ族の本能がそうさせるのだと、ヤナたちは言っていた。けれど、本能が戦いを望んでいるのだとしたら、既に互いに殺し合ってアルタイ族は絶滅してしまっていたのではないだろうか。少なくともウッドが百年以上を過ごしているメノの里などは、誰も居なくなってしまっていてもおかしくない。
けれど、みんな余計な戦いをすることなく、平和に暮らし続けていた。戦いなど無くても生きていけるのではないか。ウッドは常日頃そんなことを考えていたのだ。だからこそ異端として扱われたのだが。
「戦う為には敵が必要だ。なら敵とは何だ?」
言われるまでもなく、今の敵はフロスだった。だが彼はどうもウッドを殺してしまおうという風には見えない。何度も彼の剣を受けている内に、そんな気がしてくる。
「倒すべき相手だ」
フロスにとってウッドは敵なのだろうか。そんなことを考えながら剣を構え、次の一撃に備える。
「何故その相手を倒さなければならないのだ?」
それはまるで出口のない迷路のように、ぐるぐると同じところを回っている感覚をウッドに思い起こさせるやり取りだった。
「何故、敵が出来る? 何故戦わなければならない? 何故……何故だ」
それはもうウッドに問いかけているのではないかのような、フロス自身の内なる叫び声だった。
「もう何千何万回と問い続けた。でもいつも答は堂々巡りだった。何故か。きっと真実に目を向けるのが恐かったからなんだろう。今なら分かるよ」
随分と穏やかにそう言ったフロスは、剣を構えて駆けてくる。ウッドはそれを受ける形で剣を斜に構え、待った。
勝負は一瞬で決まる。相手に致命傷を与えればいい。
足か、腕か。相手を殺す必要は無いのだ。ウッドは精神を集中させた。
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