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第七章 「遥かな大地」

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 知識の塔を出たウッドは足早に城門を潜った。
 まだちらほらと稽古に残っている兵士たちの姿があったが、それでも夕食時なのだろう、随分ずいぶんと数が減っていた。外堀の周りを歩いている警備の者の数も少なく、また門のところで会った彼は交替したのか、もう姿は無く、そこには別の兵士がえらく真面目な顔つきで立っていた。
 城下町には夕闇が迫っていた。空には翼の大きな黒い鳥が舞い、何かを狙っているようだ。
 ウッドはその鳥が旋回しているのをしばらく見上げ、それから溜息をこぼすと、見回りの警備員の気配を感じ、その場から長く伸びる影に溶けるように姿を消した。
 混雑する通りから脇の路地を幾つか辿り、ウッドはネモたちが居る宿を目指す。その間も彼の頭からはラギの言ったことが離れなかった。

 ――人の存在。

 そして、彼等がウッドやネモたち共通の先祖だということ。
 昔のアルタイ族は戦闘民族では無かった、ともラギは言った。
 今までウッドが多くのことを「当たり前」のように思っていた。戦うことが生きることで、戦えないアルタイ族など生きている価値すら無い。墓など無駄なものを作り、ペグ族の歌を良いと思う。そんな自分を卑下し、生きていることに申し訳なさすら感じる日もあった。
 それでも死ぬことは出来ず、戦って死んでいく仲間たちを墓に埋める日々を悶々もんもんとしながら過ごしてきた。
 自分の生き方は間違っていると思い込んで、それでも生き永らえてきた。
 それが本当に間違っていたのは自分ではなく、アルタイ族の全てだとしたら。
 ウッドは頭を振る。
 間違っていたからといって、それが何になるというのだ。事実、ここには多くのアルタイ族が集まり、戦い、殺し合い、今日も生きている。正しいか間違っているかは問題では無く、強いかどうか。それだけが問題になるのだ。

 暗い路地を曲がり、一度自分をつけてくる者が居ないかどうかを見極める。息を殺して待ったが、どうやらそれほど注意深くしなくてもよさそうだった。
 ウッドはほっと胸を撫で下ろし、宿に向かう。明日にはまた旅立たなければならない。
 北へ。ただひたすらに北へ。

「どういうことだ」

 宿に戻ってくると、部屋にはウッドの頭陀袋ずだぶくろだけが残されていた。
 フロスの姿が無い。宿の主は知らないという。

 ――ネモはどこだ?

 ウッドは玄関先のフロアで雑魚寝している奴らを片っ端から叩き起こして訊ねた。

「フロスという年老いた奴が出て行かなかったか?」

 だがそこに居る誰も他者に関心が無いのか、一様に同じ返答を繰り返すだけだ。

「知らない」
「関係ない」
「誰だそれは」

 ウッドは自分の背中が怒りで熱くなっているのを感じた。叫び出したいのを抑え、改めて宿の主を問い詰める。

「だから何度も言ってるだろ。ここには色々な客が泊まりにくる。色々ヤバい奴らもな。だからその日の分を全て前払いで貰い、後は好き勝手に利用させてやる。俺はその客の事情を聞かないし、客も話さない。ただの宿主と泊まり客の関係で、それ以上じゃないんだ」
「もう一度訊く。フロスはどこに行った?」
「あんたもいい加減に」

 ウッドはその髭面を両手でがっしりとつかんで自分の顔の真ん前まで持ち上げ、再度訊ねた。

「フロスはどこに消えた」

 仮にそのまま髭面が黙ったままだったとしたら、ウッドはそのまま相手の息の根を止めてしまっていたかも知れなかった。

「き、北……北へ行くと」
「北。それ以外は」
「ただ北の方とだけ。それ以外は何も聞いちゃいねえ。ほんとだ」
「北だな」
「……ああ」

 椅子に座らせてやると髭面はごほごほと激しく咳き込み、己の命が助かったことにほっとしていた。
 ウッドは礼も言わずに宿を出る。
 玄関の木戸はウッドが手を放すと滑車の細工で自動で閉じる。パタンと乾いた音が響くと、ウッドは自分の胸の中でじわじわとそれが広がるのを感じた。

 ――やられた。

 まただまされた。裏切られた。
 おそらくフロスはどこに向かうべきなのかを知っていたのだ。わざわざここに立ち寄ってウッドをラギに会わせたのは、ただネモを自分のものにする為だった。
 ウッドは去り際にラギがふと口にしたことを思い出した。

『フロス。奴には気を許すな。あいつは歌に触れる前から既に、己を取り戻していた』

 彼はウッドからネモを引き離す為に、わざとああいう風に振る舞っていたのだろうか。
 少しでも気持ちが傾くように、彼のことを幾らか信じるように、ウッドのことを「同志」とまで言って、時に笑いながら、わずか一瞬の隙をずっとうかがっていたのだろうか。
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