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第六章 「悲劇の帝国」

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「あの、ブバオさんに用事が」
「ブバオ?」

 何かを大鍋で煮込んでいる奴に尋ねたが、迷惑そうに首を振るだけだった。

「ブバオという研究者を」
「ブ……何だと?」
「ブバオです」
「ブバ……知らねえよ」

 どうやら紙を作っているようだ。乾燥して綺麗に白くなった薄いぺらぺらが沢山、棒に引っ掛けられて干されていた。その隣では出来上がった紙を巻いてロール状にしている。それらは二階へと運ばれているようだった。
 ウッドは二階に上がる。
 そこでは今度はロール状になったものを細かく裁断し、綺麗に並べ、紐で纏めていた。おそらくその紙の分厚い塊は本というものだと思った。ウッドも現物は目にしたことが無い。紙はとても希少で作れる者も限られている。使用される場所もほぼ帝都の中、それも帝王に近い地位に居る者くらいだ。ウッドも大将にまでなったが、帝王の臣下の者が何度かそれを帝王に献上しているのを見かけた程度だった。
 この階にもブバオという者の姿は無く、ウッドは更に上に登った。
 そこには壁一面に沢山の本が納められていた。本の中には知識が書かれているという。綺麗に並べられた本たちを見ていると、ここには世界の全ての知識が集まっているのではないかと思えた。そこで本の管理をしていた者に尋ねると、事実この塔は『知識の塔』と呼ばれているらしい。

 ウッドはブバオを探して階段をどんどん登っていった。
 フロスは有名だから直ぐ見つけることが出来ると言っていたが、それは彼が居た頃の話なのかも知れなかった。誰も知らないし、ウッドも帝国軍時代にそんな名は聞いたことは無かった。
 気づけばウッドは塔の一番天辺まで登ってきてしまっていた。
 そこには小さな扉があり、中に誰かが居るようだった。ぶつぶつと話し声がれ聞こえてくる。ウッドはドアをノックしてからその小部屋に入った。

「飯の時間か?」

 随分と背中が曲がり、背丈がウッドの半分程度になった老体がそこに居た。
 他には誰も居ない。彼はじっとウッドを見上げ、何も言い出さないのを見ると、直ぐに机に向き直り、本を広げて何やらそこに書き込む。

「あ、あの」
「用事があるならさっさと言え。でなければ、さっさと去れ。わしは忙しい。そして時間は有限だ」

 鋭く針のように尖った目はじっと本に注がれ、彼は書き物を続けながらウッドに言う。言葉も刺々しく、まるでウッドには興味が無いと言わんばかりの態度だった。フロスとは異なるが、どこか気圧される雰囲気を感じさせた。

「ブバオという方を探してここに」
「ブバオ、じゃと」

 その言葉を耳にした彼は羽根ペンの動きを止め、今一度ウッドの顔を見た。まじまじと見た。

「ブレイブリィ・バリュアブル・オールドマン」

 それは言葉なのかどうかも分からなかった。だが彼はそう早口に喋って笑い、今度はゆっくりと発音してから、こう続けた。

「勇敢なる、価値ある、老いぼれ……わしのことをそう呼ぶ者は未だかつて奴以外にはおらなんだな。お前はフロスの何だ?」
「あなたが、ブバオ……」

 この腰曲がりの老いた彼こそ、まさにウッドが探すように言われた者だった。

「ブバオでは無い。わしは知識の塔の管理者にして、アルタイ族の歴史の記述者である。名はラギ。だが誰もその名でわしを呼ぶ者はおらん。多くはわしのことを知識を持つ者という意味の『賢人』と呼ぶ」

 けんじん。それは以前に耳にしたことがあった。この世界のことの成り立ちの全てを知る者がいる。その者の名が確か、そんな名だった。

「賢き人という意味だ。人という生き物を知っておるか?」

 ひと――ウッドは口の中で発音してから、ゆっくりとラギに頷き返す。

「人とは一般的に伝説上の生き物と言われておる。アルタイ族ともペグ族とも異なり、それは知識の生き物であったとな。多くは伝わってはおらん。けれど彼等を研究すれば我々アルタイ族のみならず、ペグ族に関してもその生態を解明出来るかも知れないとされておる」
「ペグ族についても」
「お前はわしに何を訊きにきた。飯を持ってきた訳ではあるまい」

 ラギは俯いているウッドから視線を逸らし、再び書き物に戻った。彼は時々宙を見上げ、しばらく考え深げに静止した後ではっと何かを見つけ、それを逃さないようにと慌てて本に何やら書き込む。それを何度も繰り返しながら、時々紙を繰っていた。
 彼の背中を見つめながらウッドはネモのことを言うべきか迷っていた。
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