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第六章 「悲劇の帝国」
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ディアムド帝国は大陸の中心にあると云われている。だがそれは大陸の地図そのものが帝国を中心として作られているだけで、ある学者によれば決して中心部にある訳ではないらしい。
ともかくいつの時代にか分からないが強い者たちが集まり、そこに都市国家が出来上がった。その猛者たちの中でも最も強い者が帝王となり、それぞれに殺し合うだけだったアルタイ族にそれなりの秩序をもたらした。
勿論それは争いを無くすことには繋がらなかったし、今までのような一対一のような少数の戦闘から、集団対集団というより大きな規模の戦争を生み出した。
その戦争も結局帝国に常に強い者たちが集まってくるので、どのような戦であっても最後には帝国が勝利するということが長く続き、今では帝国に反抗しようとする勢力が現れることは無くなった。
事実上、ディアムド帝国がアルタイ族を治めているという状況が今まで続いている。
絶望の砂漠を出て、そこから東。更に南下すれば大きな平原部に突如として現れる巨大な城壁がある。それはどれだけ遠くからでも視認することが出来、近づくほどに威圧感をもって存在していた。
今、そこに近づこうとする影が二つ、照りつける陽射しを受けてながら歩いていた。
「頭を出すな」
袋の中から触覚のように前髪を伸ばして器用に口を広げようとするネモに、ウッドは囁くように注意する。おそらく今この瞬間もずっと、城壁の中からウッドたちは監視されている筈だ。
帝国に上って軍に入隊した者たちが一番最初に就く任務が、この見張りの役だった。二交代制でほぼ奴隷のような扱いをされる。それが嫌なら月に一度開かれる競技会で結果を出す必要がある。力こそがこの国での唯一の評価だったからだ。
強ければどんどん出世することが出来た。最初の月の競技会の下級クラスで優勝したウッドには小隊が与えられた。その小隊を率いて地方の里を襲っていた賊を討伐すると、更にもう一つ小隊が与えられた。
こうして四年という短い歳月でウッドは帝国の戦力の半分を動かすことの出来る大将の地位を与えられた。それは戦って戦って生き残った者だけに与えられる称号のようなものだ。そんな風に帝王は言った。
いつも顔をベールで覆って見せない彼は、対峙するだけで相手をひれ伏させる、そういう空気を纏っていた。
「あの帝王は、まだ王座に座り続けているのかね」
話によればフロスが軍にいた時代に帝王へと上り詰め、そのまま今まで王として君臨しているらしい。歴代最強と謳われる彼がどれほどのものかウッドは知らない。
ただフロス曰く、
「わしらが一体斬る間に、奴なら一都市を滅ぼしてしまうだろう。次元が違う、というのだろうな、ああいうのを」
それほどに超越しているというのだ、現帝王の実力は。
ウッドには信じられなかった。彼からしてみればフロスですら充分に帝王の資格があるのでは無いかと思えるだけの強さを感じた。そのフロスが全く適わないというのだから、ウッドにはとても帝王の力を量ることなど出来ない。
「しかし、本当に大丈夫なのか」
ウッドは今更ながらに帝国の研究所を訪れるというフロスの案に賛成し兼ねていた。
「海千山千の猛者どもが常に己の力を試す為、欲望を満たす為、この帝都へとやってくる。その中にペグ族を匿っている者がいたとしても、広大な砂漠の中から一粒の宝玉を見つけるようなものだ」
フロスは楽観的に考えているようだが、ウッドは自分の帝国軍時代のことを思い出し、幾らか不安を感じないでもなかった。
強い者が出世する。それは確かに大前提なのだが、もうウッドが帝国軍に入った頃には既に、強さだけが出世の指標では無くなっていた。相手の裏を掻き、騙し、裏切り、蹴落としながら上っていく。純粋な強さを求めた時代は戦争が頻繁にあった頃で終わり、安定した世が訪れると途端に「最終的に生き残った者こそが強者」という風潮が出来上がった。
ぎすぎすとしたあの空気を思い出し、ウッドは表情が歪む。袋の中でネモもその雰囲気を感じ取ったのか、体を硬くして縮こまったように思えた。
いよいよ城壁が目の前にやってくると、フロスも無駄口を叩かなくなり、必然、重苦しい雰囲気が支配した。
フロスもウッドも頭からすっぽりとフードを被り、大振りな皮のマントをしっかりと胸元で結んでいる。旅の者は大概こういった格好をしているから、どちらもそれほど怪しまれることは無いだろうが、それでも城門の前まで来て、門番たちの不審者を見るような目つきには冷や汗が流れた。
「お前等がここに何をしに来たかは訊かない。何故なら目的はみな一つだからだ。だが、一応身体チェックはさせてもらう」
門番の内の目つきの鋭い方がそう言うと、フロスとウッドの体をもう片方の若い門番に調べさせた。マントの外から手で押さえ、危険物を持ち込まないか調べるのだ。部外者は原則武器の持ち込みが禁じられている。それを知っていたウッドたちはここに来る前に背の低い傘のような葉の根元にそれぞれの剣やナイフを埋め隠しておいた。
「大丈夫です」
「そうか。なら入っていい」
フロスもウッドも頭を上げずに軽く会釈し、そのまま開かれた門から中へと入ろうとする。そんな彼らに鋭い視線を飛ばす門番は、ひと声掛けた。
「ようこそ、命知らずの猛者どもよ」
ともかくいつの時代にか分からないが強い者たちが集まり、そこに都市国家が出来上がった。その猛者たちの中でも最も強い者が帝王となり、それぞれに殺し合うだけだったアルタイ族にそれなりの秩序をもたらした。
勿論それは争いを無くすことには繋がらなかったし、今までのような一対一のような少数の戦闘から、集団対集団というより大きな規模の戦争を生み出した。
その戦争も結局帝国に常に強い者たちが集まってくるので、どのような戦であっても最後には帝国が勝利するということが長く続き、今では帝国に反抗しようとする勢力が現れることは無くなった。
事実上、ディアムド帝国がアルタイ族を治めているという状況が今まで続いている。
絶望の砂漠を出て、そこから東。更に南下すれば大きな平原部に突如として現れる巨大な城壁がある。それはどれだけ遠くからでも視認することが出来、近づくほどに威圧感をもって存在していた。
今、そこに近づこうとする影が二つ、照りつける陽射しを受けてながら歩いていた。
「頭を出すな」
袋の中から触覚のように前髪を伸ばして器用に口を広げようとするネモに、ウッドは囁くように注意する。おそらく今この瞬間もずっと、城壁の中からウッドたちは監視されている筈だ。
帝国に上って軍に入隊した者たちが一番最初に就く任務が、この見張りの役だった。二交代制でほぼ奴隷のような扱いをされる。それが嫌なら月に一度開かれる競技会で結果を出す必要がある。力こそがこの国での唯一の評価だったからだ。
強ければどんどん出世することが出来た。最初の月の競技会の下級クラスで優勝したウッドには小隊が与えられた。その小隊を率いて地方の里を襲っていた賊を討伐すると、更にもう一つ小隊が与えられた。
こうして四年という短い歳月でウッドは帝国の戦力の半分を動かすことの出来る大将の地位を与えられた。それは戦って戦って生き残った者だけに与えられる称号のようなものだ。そんな風に帝王は言った。
いつも顔をベールで覆って見せない彼は、対峙するだけで相手をひれ伏させる、そういう空気を纏っていた。
「あの帝王は、まだ王座に座り続けているのかね」
話によればフロスが軍にいた時代に帝王へと上り詰め、そのまま今まで王として君臨しているらしい。歴代最強と謳われる彼がどれほどのものかウッドは知らない。
ただフロス曰く、
「わしらが一体斬る間に、奴なら一都市を滅ぼしてしまうだろう。次元が違う、というのだろうな、ああいうのを」
それほどに超越しているというのだ、現帝王の実力は。
ウッドには信じられなかった。彼からしてみればフロスですら充分に帝王の資格があるのでは無いかと思えるだけの強さを感じた。そのフロスが全く適わないというのだから、ウッドにはとても帝王の力を量ることなど出来ない。
「しかし、本当に大丈夫なのか」
ウッドは今更ながらに帝国の研究所を訪れるというフロスの案に賛成し兼ねていた。
「海千山千の猛者どもが常に己の力を試す為、欲望を満たす為、この帝都へとやってくる。その中にペグ族を匿っている者がいたとしても、広大な砂漠の中から一粒の宝玉を見つけるようなものだ」
フロスは楽観的に考えているようだが、ウッドは自分の帝国軍時代のことを思い出し、幾らか不安を感じないでもなかった。
強い者が出世する。それは確かに大前提なのだが、もうウッドが帝国軍に入った頃には既に、強さだけが出世の指標では無くなっていた。相手の裏を掻き、騙し、裏切り、蹴落としながら上っていく。純粋な強さを求めた時代は戦争が頻繁にあった頃で終わり、安定した世が訪れると途端に「最終的に生き残った者こそが強者」という風潮が出来上がった。
ぎすぎすとしたあの空気を思い出し、ウッドは表情が歪む。袋の中でネモもその雰囲気を感じ取ったのか、体を硬くして縮こまったように思えた。
いよいよ城壁が目の前にやってくると、フロスも無駄口を叩かなくなり、必然、重苦しい雰囲気が支配した。
フロスもウッドも頭からすっぽりとフードを被り、大振りな皮のマントをしっかりと胸元で結んでいる。旅の者は大概こういった格好をしているから、どちらもそれほど怪しまれることは無いだろうが、それでも城門の前まで来て、門番たちの不審者を見るような目つきには冷や汗が流れた。
「お前等がここに何をしに来たかは訊かない。何故なら目的はみな一つだからだ。だが、一応身体チェックはさせてもらう」
門番の内の目つきの鋭い方がそう言うと、フロスとウッドの体をもう片方の若い門番に調べさせた。マントの外から手で押さえ、危険物を持ち込まないか調べるのだ。部外者は原則武器の持ち込みが禁じられている。それを知っていたウッドたちはここに来る前に背の低い傘のような葉の根元にそれぞれの剣やナイフを埋め隠しておいた。
「大丈夫です」
「そうか。なら入っていい」
フロスもウッドも頭を上げずに軽く会釈し、そのまま開かれた門から中へと入ろうとする。そんな彼らに鋭い視線を飛ばす門番は、ひと声掛けた。
「ようこそ、命知らずの猛者どもよ」
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