上 下
22 / 41
第五章 「隠遁する者」

2

しおりを挟む
 フロスが生まれたのは、帝国の傍の小さな里だったらしい。
 アルタイ族は犬や鳥と異なり繁殖という行為なしに生まれてくる。ある者は地中から突然生えるようにして、ある者は大雨の翌日に水の中に浮かんでいたり、ある者は殺されたアルタイ族の死体の下からい出てきた。
 ウッド自身は聞くところによると、メノの里の傍の森の中を歩いていた行商に見つけられたらしい。だからアルタイ族の誕生は神の御業と言われ、その命は大切に扱われる。
 拾われて一年もすれば言葉を解し、軽い狩猟に連れて行くことも出来るくらいにはなる。十歳になれば骨格が出来上がり、体の大きさも成体と大差ないくらいにまで成長する。そしてこの頃までに基礎的なアルタイ族としての「強さ」は決している、といってもいい。

 フロスもそれまでの英雄たちと同じく、突出した戦闘の才を発揮したという。特に相手と対峙した時の勘の鋭さと動体視力が優れていて、フロスによれば「誰もが何故それほどゆっくりと攻撃してくるのか分からなかった」と。戦いに優れたアルタイ族の戦士は、いずれ帝国へと向かうことになる。
 彼もウッドがそうしたように、己を試したくて、もっと“戦っている実感”が欲しくて帝国を目指した。その帝国では彼と同じく若くして強い戦士がいた。遠くの田舎の里から出てきたという、その若者は、それまでその強さの為に孤独だったフロスが初めて“同類”だと感じたアルタイ族だった。それが後のメノの里の長シーナだった。

「今思えば、あの頃が一番楽しかったかも知れない。何も考えず、ただ毎日のように奴と競い合うように戦いを繰り返した。西へ行っては荒くれ者を討伐し、東へ行っては飢饉ききんの里を救った」

 帝国軍として働き始めたフロスたちは、だがやがて互いの生きる道を左右する出来事に遭遇した。それがペグ族との出会いだった。

「わしらは研究所からのある密命を受けて、最果ての地を目指しておった」

 最果ての地とは、絶望の砂漠がこの世界の西端とすれば、北の果てにあると云われる極寒の大地のことだ。

「一緒に出た時はわしら以外に十体いたが、気がつけばわしとシーナだけになってしまっておった」

 最果ての地へ向かう道中は、それこそ誰かの意図が働いているのか、と思うほど険しい道のりだったそうだ。突然の崖崩れに鉄砲水、落雷、山火事、砂嵐……数え上げればきりがない。そんな場所を突破出来る彼からしてみれば、絶望の砂漠などはいい運動になる程度のものだったのかも知れない。

「気がつけば、高い山の頂にほど近かった」

 ――それは突然聴こえてきた。

 フロスはもうウッドに対して話しているのではないようだった。視線はどこか遠くを見、言葉は独白のように己に確認しながら続いていった。

「あれが『歌』というものだと知ったのは、随分ずいぶんと後になってからだ。その当時はペグ族の存在なんて、御伽噺おとぎばなしのようなものだと思っておったからな」

 初めて耳にするそれにフロスもシーナもただただ驚くばかりで、何をすることも出来なかった。

「最初は鳥の声かと思ったよ。だが鳥などいない。風か。いや違う。その音の正体を探すわしの前に、彼女は突然現れたんだ」

 頂でぽんと突き出たその先端に、彼女は座っていた。背中の半透明の翼を思い切り伸ばし、空に向けて歌っていた。本来なら随分と小さなはずのその体が、この時ばかりはとてもまぶしく大きく見えたものだ。フロスの目にはその時の情景が思い出されているようだ。

「あれこそ『歌』だった」

 何度もそうつぶやき、フロスは笑った。ウッドはその表情に何故か嫉妬した。自分もその瞬間に立ち会いたかったと思ったのだ。

「シーナもわしも、動けなかった。手を伸ばした瞬間にそれが消えてしまいそうな、そんな不安に襲われたのだ。夢かも知れない。そうとしか思えなかった」

 夢。そう言えばウッドはここ数日、ずっと見ていなかった。夢を見る余裕すら無かったのかも知れない。

「わしはその時、この命が終わるまで永遠にその夢が続けばいい。心の底からそう思ったよ」

 けれど永遠なんてものはこの世界に存在しない。そう言い切ったフロスはふっと一瞬だけ視線を眠っているネモの方に投げ掛けた。

「それは突然終わりを告げたよ。それも思ってもみなかった形でな」

 フロスはウッドと改めて視線を合わせ、覗き込むように注視してからその視線を逸らした。

「シーナが裏切ったのだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

異世界坊主の成り上がり

峯松めだか(旧かぐつち)
ファンタジー
山歩き中の似非坊主が気が付いたら異世界に居た、放っておいても生き残る程度の生存能力の山男、どうやら坊主扱いで布教せよということらしい、そんなこと言うと坊主は皆死んだら異世界か?名前だけで和尚(おしょう)にされた山男の明日はどっちだ? 矢鱈と生物学的に細かいゴブリンの生態がウリです? 本編の方は無事完結したので、後はひたすら番外で肉付けしています。 タイトル変えてみました、 旧題異世界坊主のハーレム話 旧旧題ようこそ異世界 迷い混んだのは坊主でした 「坊主が死んだら異世界でした 仏の威光は異世界でも通用しますか? それはそうとして、ゴブリンの生態が色々エグいのですが…」 迷子な坊主のサバイバル生活 異世界で念仏は使えますか?「旧題・異世界坊主」 ヒロイン其の2のエリスのイメージが有る程度固まったので画像にしてみました、灯に関しては未だしっくり来ていないので・・未公開 因みに、新作も一応準備済みです、良かったら見てやって下さい。 少女は石と旅に出る https://kakuyomu.jp/works/1177354054893967766 SF風味なファンタジー、一応この異世界坊主とパラレル的にリンクします 少女は其れでも生き足掻く https://kakuyomu.jp/works/1177354054893670055 中世ヨーロッパファンタジー、独立してます

処理中です...