1 / 41
第一章 「悲しみの墓守」
1
しおりを挟む
天には黒衣に宝石を掴んで何度も投げつけたような、多くの煌めきがあった。それらの瞬きが音となって降り注ぎそうなほどの静寂の空気に、一度、二度と、土を掘り返す音が割り込む。
星のローブの真下には広大な森が広がっているが、それらは人間がよく知るそれとは幾らか異なっていた。
風に押されて揺れる葉は巨大で、一枚で小柄な獅子など隠せてしまいそうだ。その大きな葉が枝から伸びているのではなく、樹木のように逞しく育った太い茎から伸びている。先端には朝日を浴びればすぐにでも開花しそうなぼってりとした蕾が、これまた通常知るそれとは異なる次元のサイズで乗っている。周りを取り囲む雑草も同じく、遥か天を突くほどの勢いで伸び広がっていた。
その巨大な草花の隙間から、ただ土を掘る音が響いてくる。
鬱蒼と行く手を阻む年代者の大蛇のような蔦だ。それに噎せ返るような濃密に水分を含んだ空気。地面はぬかるみ、何度も足を取られそうになるだろう。
ふと見れば、大きく長い卵型に窪んだ部分が幾つか見える。足跡だ。だがそれらもまた周囲の草花に合わせるように大きい。
土塊が何かに抉られ、どこかに投げ捨てられた。
湿った土は水分を含み、乾いたそれより遥かに重い。けれど音は休むことなく、リズムを乱すこともなく、絶え間なく軽快に奏でられる。
堀り、捨てる。
突き刺し、抉る。
彼はどこまで掘り進めようというのか。
そう。彼だった。
茂みの奥に現れたのは、日焼けなのか、褐色の逞しい肉体の大男。身の丈は三メートルはある。毛皮を加工した腰みのとベストを着け、太い皮のベルトには肉厚の剣が鞘に収まりぶら下がっている。
筋肉だけで構成されたような腕が伸縮を繰り返し、その手に掴んだスコップで既に己が半分ほどは埋まるくらいの穴を掘っていた。
その脇には彼と同じく見目逞しい男の体が二つ、首が無い状態で転がっている。べっとりと流れ出していた筈の赤い液体は既に乾き切り、肌はかさついて砂が吹き出していた。彼等特有の死後の変化が訪れている。関節の部分で強張って歪み、その肉体は硬く、やがて石と化す。
――アルタイ族。
そう呼ばれる巨人の種族だった。
二つの遺体を埋めるのに充分なほど穴を掘り終えると、彼は丁寧に二つの遺体を布で包み、穴の中に下ろした。二つはもう生命を持たないことが充分にこちらに伝わるほど硬く、持ち上げても横たわったままの姿勢で変わらない。
彼は仲間の遺体を穴の底に丁寧に並べ、一度目を閉じた。その瞳から、するりと何かが抜け落ちた。
「また、か」
己の掌で受け止めたその雫を見て、彼は頭を振る。
心臓の辺りが妙に疼く。そこから何とも言えない波動が全身にゆっくりと広がり、目頭は熱を持つ。
――まただ。
雫が落ちた。
溢れるものは一度瓦解すると、もう留まるところを知らなかった。彼は頭を抱え込み、そのまま二つの遺体の上に蹲る。
「何だ。一体、俺はどうしてしまったのだ」
ウッドと呼ばれるこのアルタイ族の男はかつて戦士だった。それもアルタイ族の若手の中ではトップクラスの剣技を持ち、将来はディアムド帝国の主ともなれる。そう噂されるほどの猛者だった。
「あの日から。そう、あの日からだ」
それは少し昔の話。
そう。百五十年も遡ればいい。
永遠の寿命を持つアルタイ族にとっては僅かばかりの時間だ。
星のローブの真下には広大な森が広がっているが、それらは人間がよく知るそれとは幾らか異なっていた。
風に押されて揺れる葉は巨大で、一枚で小柄な獅子など隠せてしまいそうだ。その大きな葉が枝から伸びているのではなく、樹木のように逞しく育った太い茎から伸びている。先端には朝日を浴びればすぐにでも開花しそうなぼってりとした蕾が、これまた通常知るそれとは異なる次元のサイズで乗っている。周りを取り囲む雑草も同じく、遥か天を突くほどの勢いで伸び広がっていた。
その巨大な草花の隙間から、ただ土を掘る音が響いてくる。
鬱蒼と行く手を阻む年代者の大蛇のような蔦だ。それに噎せ返るような濃密に水分を含んだ空気。地面はぬかるみ、何度も足を取られそうになるだろう。
ふと見れば、大きく長い卵型に窪んだ部分が幾つか見える。足跡だ。だがそれらもまた周囲の草花に合わせるように大きい。
土塊が何かに抉られ、どこかに投げ捨てられた。
湿った土は水分を含み、乾いたそれより遥かに重い。けれど音は休むことなく、リズムを乱すこともなく、絶え間なく軽快に奏でられる。
堀り、捨てる。
突き刺し、抉る。
彼はどこまで掘り進めようというのか。
そう。彼だった。
茂みの奥に現れたのは、日焼けなのか、褐色の逞しい肉体の大男。身の丈は三メートルはある。毛皮を加工した腰みのとベストを着け、太い皮のベルトには肉厚の剣が鞘に収まりぶら下がっている。
筋肉だけで構成されたような腕が伸縮を繰り返し、その手に掴んだスコップで既に己が半分ほどは埋まるくらいの穴を掘っていた。
その脇には彼と同じく見目逞しい男の体が二つ、首が無い状態で転がっている。べっとりと流れ出していた筈の赤い液体は既に乾き切り、肌はかさついて砂が吹き出していた。彼等特有の死後の変化が訪れている。関節の部分で強張って歪み、その肉体は硬く、やがて石と化す。
――アルタイ族。
そう呼ばれる巨人の種族だった。
二つの遺体を埋めるのに充分なほど穴を掘り終えると、彼は丁寧に二つの遺体を布で包み、穴の中に下ろした。二つはもう生命を持たないことが充分にこちらに伝わるほど硬く、持ち上げても横たわったままの姿勢で変わらない。
彼は仲間の遺体を穴の底に丁寧に並べ、一度目を閉じた。その瞳から、するりと何かが抜け落ちた。
「また、か」
己の掌で受け止めたその雫を見て、彼は頭を振る。
心臓の辺りが妙に疼く。そこから何とも言えない波動が全身にゆっくりと広がり、目頭は熱を持つ。
――まただ。
雫が落ちた。
溢れるものは一度瓦解すると、もう留まるところを知らなかった。彼は頭を抱え込み、そのまま二つの遺体の上に蹲る。
「何だ。一体、俺はどうしてしまったのだ」
ウッドと呼ばれるこのアルタイ族の男はかつて戦士だった。それもアルタイ族の若手の中ではトップクラスの剣技を持ち、将来はディアムド帝国の主ともなれる。そう噂されるほどの猛者だった。
「あの日から。そう、あの日からだ」
それは少し昔の話。
そう。百五十年も遡ればいい。
永遠の寿命を持つアルタイ族にとっては僅かばかりの時間だ。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
何を間違った?【完結済】
maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。
彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。
今真実を聞いて⋯⋯。
愚かな私の後悔の話
※作者の妄想の産物です
他サイトでも投稿しております
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる