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彼のボディは正常値の明かりの下ではベージュに近いオレンジに塗装されている。その右側の脇から背中にかけて赤い字で型番が書かれていたが、それは薄く、一部は塗装が剥がれ、読み取ることは困難だ。しかしロボット同士であれば内蔵チップに全ての個体情報が書き込まれているので、そんな視認が必要な印刷の番号は不要なはずだった。
通称S型と呼ばれる環境復元ロボットである彼はコードネームで「スミス」と呼ばれていた。彼の他にも同じような、それぞれ復元対象に特化したロボットがずらずらと歩いている。
スミスたちがまず最初に行う任務は現場の認識だ。空気の成分分析から土壌や地質調査、水質調査といった人間の住環境としてどのレベルにあるのかという基本的なものから、残存する建造物や施設、設備、また人間が利用していた装置など、とにかく使えるものはあるのか、どれくらい損傷していて修理や復元は可能なのか、そういったあらゆることが総合的に調べられる。中でも装置復元機能を持つスミスが担当しているのは、細かな機械や道具、生活用品といったものだ。
大きく傾いた斜面を登っていく。二足歩行タイプであるスミスは摩擦の少ない斜面や壁を登ることは苦手としていた。そういった箇所は彼らよりもずっと小型の、人型ではなく虫型の専用調査機体が調査を行う。見れば傾いたビルの斜面を無数の八本足の機体が登っていく。彼らは中に入り、映像を撮影し、データを本部へと送信する。集められたデータから物品の採取が必要と判断されれば必要な機能を持った個体を幾つかセットにしたチームが臨時に作られ、その採取へと向かう。
全ての作業は滞ることなく行われていく。
スミスもその一員だった。
だが彼が他の個体と異なっていたのは行動が遅い、ということだ。歩く速度が遅いとか、思考回路に用いられているCPUが古いとか、そういったことではない。理由は不明だ。ただ彼だけが余計な思考をしてしまっていた。
今回の調査班の管理個体である通称オブライエンも、彼を名指しして「のろま」と呼んだ。
これが人間であればその言葉に対して何かしら感情の変化というものがあるのだろう。しかし彼はロボットである。何を感じることもないし、どう呼ばれようとその行動に影響はない。
だから誰も彼に対して文句を言うことはなく、スミスは今日もマイペースに調査任務に就いていた。
足元にひしゃげた大きな看板が落ちている。スミスは立ち止まり、それを拾い上げる。英語も併記されていたが、より大きな文字で書かれていたのはアジアのある地域で使われていたものだ。公園という文字が見えるが、その前にも何かしら文字があったようだ。だが今は消えて読めない。
スミスは崩れた道路に沿って、歩いていく。
今回彼らが降り立った土地はかつて日本と呼ばれていた国の東の一部エリアだ。データ上は三十年前の大規模災害で八割が海に沈んだ、と推定されているが、今スミスがいる場所は一部海水が溜まっているものの、全体として沈んでいるとは云えない。そもそも大規模な地殻変動も伴っていた為に彼らが製造された頃に作られた地図は全くといっていいほど当てにならない。山であった場所が谷に、逆に谷は山にといった具合に、想定外の変容をしてしまったのだ。
見えてきたのは横倒しになった長い金属製の棒だった。大きなものを中心に何本も重なっている。大部分が錆び、かつての色合いが不明だが、しばらく歩いていくとそれは当時ここに垂直に立てられていたものだと分かった。根本だけが残っていたからだ。
何を目的としたものか分からないが、当時は多くの電波が必要だったことを考えると、何かしらの電波塔かも知れない。
その一帯で目立ったものはなかった。一時間ほど歩き回り、他のエリアに移動する。
珍しく屋根がそのまま残っている木造の建物が見つかった。崩れるだろうか。まだ頻繁に小さな地震があり、その度に警告が通知されるが、スミスに限らずどの個体も作業を中断するようなことはない。
左右に開くはずの木戸は、押しても引いても動かず、仕方なく片方を破壊する。調査の為の小さな破壊行為は認められていた。
中に入ると朽ちた長椅子がずらりと並んでいる。腐臭が漂い、かさかさと硬い殻を持つ小さな黒い虫が蠢いては闇に沈むようにして消えた。窓ガラスは全て割れている。太陽の出ない現環境では屋内はセンサーを使わないと視認できないことが多いが、ここはその縦長の大きな窓のお陰か、うっすらとノーマルカメラでも補足できた。正面奥の壁には何か装飾品が張り付いていた形跡があったが、今は何もない。
スミスが足を向けたのは建物の左側の壁に張り付くようにして存在していた、よく分からないテーブルのように足を持った構造物だった。それは黒く塗られていたが大部分が木造で、防腐処理が上手く機能しているのか、腐食は見られない。天板は持ち上がるようになっていて、それを取り去ると見たこともない装置が出てきた。五センチほどの木の棒とそれを繋ぐワイヤー、そのセットがずらりと並んでいる。また左端の一部は独立していて、そこにも蓋があり、それを開けると白と黒に塗り分けられたプラスチック製のボタンが、幾つか欠けていたが、一列に並べられている。黒いものは白と白の間に乗るようにして設置され、どうやら一定の規則に沿って並べられているようだ。
すぐに判断が出来ないものに関しては一旦メインサーバに問い合わせることになる。ただ現環境下での無線通信は不安定で、監督官オブライエンへの連絡ですら先程から繋がらない。
それでも何度か挑戦し、やっと得られたのはこのような装置に関するデータは存在しない、というものだった。
通称S型と呼ばれる環境復元ロボットである彼はコードネームで「スミス」と呼ばれていた。彼の他にも同じような、それぞれ復元対象に特化したロボットがずらずらと歩いている。
スミスたちがまず最初に行う任務は現場の認識だ。空気の成分分析から土壌や地質調査、水質調査といった人間の住環境としてどのレベルにあるのかという基本的なものから、残存する建造物や施設、設備、また人間が利用していた装置など、とにかく使えるものはあるのか、どれくらい損傷していて修理や復元は可能なのか、そういったあらゆることが総合的に調べられる。中でも装置復元機能を持つスミスが担当しているのは、細かな機械や道具、生活用品といったものだ。
大きく傾いた斜面を登っていく。二足歩行タイプであるスミスは摩擦の少ない斜面や壁を登ることは苦手としていた。そういった箇所は彼らよりもずっと小型の、人型ではなく虫型の専用調査機体が調査を行う。見れば傾いたビルの斜面を無数の八本足の機体が登っていく。彼らは中に入り、映像を撮影し、データを本部へと送信する。集められたデータから物品の採取が必要と判断されれば必要な機能を持った個体を幾つかセットにしたチームが臨時に作られ、その採取へと向かう。
全ての作業は滞ることなく行われていく。
スミスもその一員だった。
だが彼が他の個体と異なっていたのは行動が遅い、ということだ。歩く速度が遅いとか、思考回路に用いられているCPUが古いとか、そういったことではない。理由は不明だ。ただ彼だけが余計な思考をしてしまっていた。
今回の調査班の管理個体である通称オブライエンも、彼を名指しして「のろま」と呼んだ。
これが人間であればその言葉に対して何かしら感情の変化というものがあるのだろう。しかし彼はロボットである。何を感じることもないし、どう呼ばれようとその行動に影響はない。
だから誰も彼に対して文句を言うことはなく、スミスは今日もマイペースに調査任務に就いていた。
足元にひしゃげた大きな看板が落ちている。スミスは立ち止まり、それを拾い上げる。英語も併記されていたが、より大きな文字で書かれていたのはアジアのある地域で使われていたものだ。公園という文字が見えるが、その前にも何かしら文字があったようだ。だが今は消えて読めない。
スミスは崩れた道路に沿って、歩いていく。
今回彼らが降り立った土地はかつて日本と呼ばれていた国の東の一部エリアだ。データ上は三十年前の大規模災害で八割が海に沈んだ、と推定されているが、今スミスがいる場所は一部海水が溜まっているものの、全体として沈んでいるとは云えない。そもそも大規模な地殻変動も伴っていた為に彼らが製造された頃に作られた地図は全くといっていいほど当てにならない。山であった場所が谷に、逆に谷は山にといった具合に、想定外の変容をしてしまったのだ。
見えてきたのは横倒しになった長い金属製の棒だった。大きなものを中心に何本も重なっている。大部分が錆び、かつての色合いが不明だが、しばらく歩いていくとそれは当時ここに垂直に立てられていたものだと分かった。根本だけが残っていたからだ。
何を目的としたものか分からないが、当時は多くの電波が必要だったことを考えると、何かしらの電波塔かも知れない。
その一帯で目立ったものはなかった。一時間ほど歩き回り、他のエリアに移動する。
珍しく屋根がそのまま残っている木造の建物が見つかった。崩れるだろうか。まだ頻繁に小さな地震があり、その度に警告が通知されるが、スミスに限らずどの個体も作業を中断するようなことはない。
左右に開くはずの木戸は、押しても引いても動かず、仕方なく片方を破壊する。調査の為の小さな破壊行為は認められていた。
中に入ると朽ちた長椅子がずらりと並んでいる。腐臭が漂い、かさかさと硬い殻を持つ小さな黒い虫が蠢いては闇に沈むようにして消えた。窓ガラスは全て割れている。太陽の出ない現環境では屋内はセンサーを使わないと視認できないことが多いが、ここはその縦長の大きな窓のお陰か、うっすらとノーマルカメラでも補足できた。正面奥の壁には何か装飾品が張り付いていた形跡があったが、今は何もない。
スミスが足を向けたのは建物の左側の壁に張り付くようにして存在していた、よく分からないテーブルのように足を持った構造物だった。それは黒く塗られていたが大部分が木造で、防腐処理が上手く機能しているのか、腐食は見られない。天板は持ち上がるようになっていて、それを取り去ると見たこともない装置が出てきた。五センチほどの木の棒とそれを繋ぐワイヤー、そのセットがずらりと並んでいる。また左端の一部は独立していて、そこにも蓋があり、それを開けると白と黒に塗り分けられたプラスチック製のボタンが、幾つか欠けていたが、一列に並べられている。黒いものは白と白の間に乗るようにして設置され、どうやら一定の規則に沿って並べられているようだ。
すぐに判断が出来ないものに関しては一旦メインサーバに問い合わせることになる。ただ現環境下での無線通信は不安定で、監督官オブライエンへの連絡ですら先程から繋がらない。
それでも何度か挑戦し、やっと得られたのはこのような装置に関するデータは存在しない、というものだった。
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