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最初の頃は事務所という名のマンションの一室にパーテーションで区切られた狭いスペースが準備され、そこにパソコンやモニタといった機材を詰め込んで、配信をした。配信と云っても雑談をするか、ゲームをするか、カラオケをするか、同じタイミングでアニメや映画を見るか、やったのはその程度のことだ。ただそれを成田ツムギとしてではなく、モニタの中で動くもう一人の自分、名前を「魔璃亜」と付けられた青をイメージカラーにしたアニメ調のキャラクターがやっているように見せかける。特別な表情はキーボードに割り当てられたものをツムギが適宜選んで行わせるが、基本はウェブカメラを通して顔の角度や目の開け閉じ、口の開け閉めが勝手に行われる。慣れるまでは画面の中の魔璃亜が仰け反ったり、倒れたり、ひっくり返ったりしていたが、いつの間にかツムギと感覚が繋がっているみたいに指先まで連動して動かせるようになった。
始めて半年は事務所の配信部屋に詰めて二時間から六時間。僅かばかり集まってきてくれる人たちと一緒にゲームや雑談を楽しんだ。
それがいつからだろう。
気づくと同接人数が千、二千と増えていって、一年後には一万人を突破した。
その頃から少しずつスポンサーが付き始め、収益も、細かいことは教えてくれなかったけれど、針元さんたちが毎日笑顔で忙しなく出かけていくくらいには、儲かり始めた。売れかけているというのを見越し、配信時間を増やす為に事務所ではなくツムギの家の一室を配信部屋に改装し、それからは毎日十時間、ノルマではなく彼女の方から自主的にゲームや雑談配信を行った。両親にそれとなく打ち明けたのはその直前だ。ツムギの父も母もそういったことには疎く、アニメの仕事のようなものだと教えると喜んで部屋を提供してくれた。
嘘をついた、という感覚はなかった。騙している訳でもないし、実際に声優としての仕事でもあった。
けれど、心のどこかに小さなシミが付いたのはそれとなく理解していた。
配信したものは次々と事務所のスタッフが動画に加工してアップロードしてくれ、その頃からもうツムギの認識が追いつかないほどに人気に火がつき、毎晩万単位の投げ銭がなされた。投げ銭とは配信を見ている人が送ってくれるそこで通用する専用の通貨のようなものだ。それらは換金することが出来、収入は一旦全てが事務所に入った。だから沢山投げ銭されていることは分かってもツムギにはそれが幾らになっているのかはよく分からなかったし、金儲けの為に始めた訳じゃなかったから、何となく申し訳なさも混ざった感謝をしていた。
それがまた、心のシミを広げていった。
ただ決定的だったのは針元さんが結婚するという話を知ったことだった。
始めて半年は事務所の配信部屋に詰めて二時間から六時間。僅かばかり集まってきてくれる人たちと一緒にゲームや雑談を楽しんだ。
それがいつからだろう。
気づくと同接人数が千、二千と増えていって、一年後には一万人を突破した。
その頃から少しずつスポンサーが付き始め、収益も、細かいことは教えてくれなかったけれど、針元さんたちが毎日笑顔で忙しなく出かけていくくらいには、儲かり始めた。売れかけているというのを見越し、配信時間を増やす為に事務所ではなくツムギの家の一室を配信部屋に改装し、それからは毎日十時間、ノルマではなく彼女の方から自主的にゲームや雑談配信を行った。両親にそれとなく打ち明けたのはその直前だ。ツムギの父も母もそういったことには疎く、アニメの仕事のようなものだと教えると喜んで部屋を提供してくれた。
嘘をついた、という感覚はなかった。騙している訳でもないし、実際に声優としての仕事でもあった。
けれど、心のどこかに小さなシミが付いたのはそれとなく理解していた。
配信したものは次々と事務所のスタッフが動画に加工してアップロードしてくれ、その頃からもうツムギの認識が追いつかないほどに人気に火がつき、毎晩万単位の投げ銭がなされた。投げ銭とは配信を見ている人が送ってくれるそこで通用する専用の通貨のようなものだ。それらは換金することが出来、収入は一旦全てが事務所に入った。だから沢山投げ銭されていることは分かってもツムギにはそれが幾らになっているのかはよく分からなかったし、金儲けの為に始めた訳じゃなかったから、何となく申し訳なさも混ざった感謝をしていた。
それがまた、心のシミを広げていった。
ただ決定的だったのは針元さんが結婚するという話を知ったことだった。
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