さよなら魔璃亜

凪司工房

文字の大きさ
上 下
1 / 6

1

しおりを挟む
 宇宙空間にぽつんと浮かんだステージの上で、手足の長いブルーのコスチュームに身を包んで踊る一人の女の子の姿があった。それを百八十度ぐるりと取り囲む観覧ステージから、仮面を付けた人たちが歓声を送る。誰もが同じような形をしていて異なるのは仮面だけだ。ハロウィンという訳でもない。それでもここではそうやって扮装ふんそうするのが普通だった。
 バーチャルアイドルと呼ばれる存在がいる。
 彼女はその一人『魔璃亜まりあ』という名のアイドルだ。
 ハイトーンで歌い上げると画面上に彼女特有のコールである“魔”という文字が花火のようにあちこちで打ち上がる。

「みんなー!」

 魔璃亜の声が響き渡ると不意に、ステージだけがスポットライトで照らされた。客席のアバターたちは誰もが何が待っているのだろうと、じっと息を潜める。けれど舞台上の魔璃亜は肩で大きく息をしたまま、ただその吐息だけが会場に流れ続けていた。

「あの、ね」

 いつも笑顔がトレードマークだった魔璃亜のそれが、一瞬かげる。

「実はここで大事な発表がありまーす! みんな注目」

 新曲の発表だろうか。それとももっと大きな、例えばCMが決まったとか、何か映画やアニメの展開があるとか。
 そんなささやきが小さな文字となって画面に流れたが、いつまでも彼女が喋りださないので、それらはすうっと消えてしまう。
 完全に囁きすらない静寂が会場を支配した。
 それを確認してから魔璃亜は「わたし」と、はっきり発音する。

「わたし、夢幻堂所属のバーチャルアイドル魔璃亜は本日をもって引退します!」

 刹那せつな、モニタが破壊されたのかと思うほどの絶叫が会場のあちこちで上がった。

「なんで?」
「どうして?」
「やめないで!」
「嫌だよぉ!」

 この生配信を見ている同接人数は五十万人を超える。その数だけ驚きと悲しみと怒りの声があった。
 けれどそのどれにも向き合うことなく笑顔を作ると、魔璃亜はまるでプラモデルをバラバラにされたかのように細かな部品に解体されるエフェクトで、ステージ上から姿を消し去った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出の国のイブ

凪司工房
青春
汚染物質により外出が制限され、授業は仮想世界の教室で受けるような世界。 中学生の五十嵐夢月(いがらしむつき)はこっそりと抜け出し、近所に見つけた廃墟の遊園地で時間を潰す。 そこで不思議な玉を見つけ、中を覗き込むと、誰かの思い出を体験することができた。 その思い出をもう使われていないネットの掲示板へと書き込むと、翌日に返信があった。 そこから夢月の人生は大きく変容していく。

春を売る少年

凪司工房
現代文学
少年は男娼をして生計を立てていた。ある時、彼を買った紳士は少年に服と住処を与え、自分の屋敷に住まわせる。 何故そんなことをしたのか? 一体彼が買った「少年の春」とは何なのか? 疑問を抱いたまま日々を過ごし、やがて彼はある回答に至るのだが。 これは少年たちの春を巡る大人のファンタジー作品。

嘆きのピアニスト

凪司工房
現代文学
嘆きのピアニスト――そう呼ばれる天才ピアニスト香美村孝幸のマネージャーをしている島崎彩は、ある人物を探すように命じられた。認知症を患う高齢者が入所する施設で再会した男を、彼は「先生」と呼んだ。 これは天才を育てた男への復讐劇なのか? それとも。彼のピアノの旋律は何を物語るのだろうか。

降る、ふる、かれる。

茶茶
恋愛
一軍JKの優紀ゆあはクラスのボスの好きな人から告白されてしまい、ひどいいじめを受けるようになる。家にこもるようになり、毎日死にたい日々だった。そんな時に、youtubeで歌い手の無夢を見つける。心締め付けられるお話。

カラダから、はじまる。

佐倉 蘭
現代文学
世の中には、どんなに願っても、どんなに努力しても、絶対に実らない恋がある…… そんなこと、能天気にしあわせに浸っている、あの二人には、一生、わからないだろう…… わたしがこの世で唯一愛した男は——妹の夫になる。 ※「あなたの運命の人に逢わせてあげます」「常務の愛娘の『田中さん』を探せ!」「もう一度、愛してくれないか」「政略結婚はせつない恋の予感⁉︎」「お見合いだけど、恋することからはじめよう」のネタバレを含みます。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

ハロウィン前夜の甘い罠

浅葱
恋愛
付き合って初めてのハロウィンを迎えたカレカノ。 もっと仲良くしたい彼女がカレの家で待っていたら? ラブラブハッピーです。

ぬくもり

立石 雫
BL
『偽りとためらい』『続・偽りとためらい』の後日談。短編です。 (上記2作品をお読みいただいた後にお読みください。)

処理中です...