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エピローグ
後日談
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黒猫館での事件から、既に半年が過ぎていた。
良樹は右腕からギプスが外れたものの、まだリハビリ生活が続いている。今日はオフィスに桐生が来るというので今一度あの日の出来事を整理しようと、パソコンや手帳に残したメモを眺めていた。
館の地下はコンクリート造だった為か、ほとんどそのままの形で残っていたものの、奥に建てられていた小さな家は完全に炭化し、全焼していた。しかも上の館にもあの火は延焼し、館の方も大半が燃えてしまったのだ。
ただ消防の発表では焼け跡から見つかったのは友作の遺体と思われるもの一つだけで、後は何もなかったと報告されている。
ホムンクルスとなった細胞が特別熱に弱く、人体の組成物質以外に分解されるような特性でもあったのか、それとも何者かにより情報が表に出ないように隠蔽されたのか、それは良樹たちでは分からなかった。
それでも深川美雪の遺体まで消えていたことには、どう説明を付ければ良いのだろう。彼女は確かに亡くなっていた。西雲寺英李に首を噛まれ、あれだけの出血があったのだ。たとえすぐに医療的措置を施したとしても、命が助かる可能性は低い。そもそもあの爆炎の中から彼女を助け出し、すぐに病院なり、そういった施設なりに運び出せたはずがない。
だとすれば、何者かが彼女の遺体を運び去ったということだろうか。
――分からない。
「何考え込んでるのよ」
「ああ、山科さん」
事務員の山科光恵は隣に椅子を持ってきて座ると、ぼそりと「半年か」と言った。
館を出て警察に連絡をしたのは藤森加奈だった。彼女が一番心身ともに余力が残っていたからだ。
彼女に続き、良樹と足立里沙、左足を引きずった桐生が館を出た時には通報を受けた警官が数名、駆けてきたところだった。
黒猫館の調査については桐生が許可を受けていたといったが、流石に建物がほぼ全焼状態では記事にすることもできず、弁償しなくても良かったことだけが救いと言えた。
最近聞いた噂では、天堂コーポレーションはあの場所を売りに出しているそうだ。
「おう、久しぶり」
「あ、桐生さん」
無精髭が生えた顎を撫で付けながら、桐生敬吾が姿を見せた。
「お互いにまだまだ傷痕を引きずってるな」
「そうですね。桐生さんはコーヒーで?」
「ああ」
応接用のソファに腰を下ろした桐生は溜息のような吐息を出すと、まだ痺れが残るという左足を伸ばしたような形で座る。
給湯室でコーヒーメーカーからポットを取る。右手はまだ上手く動かず、仕方なく左手だ。
カップ二つにコーヒーを注ぐと、お盆に乗せ、応接スペースへと向かう。
「何か来月の企画、いいのない?」
見れば山科が桐生の隣に椅子を持ってきて、座っていた。
「自分の分は淹れて下さいよ」
そう断ってからテーブルにコーヒーを二つ置くと、良樹もソファに腰を落ち着ける。
「桐生さん、黒猫館についての資料って、まだ残ってますか?」
「ああ。だがその案件は」
「編集長がまだ諦めてないみたいなんですよ。どうもホムンクルス計画について、もっと深堀りしてみないかと言われて」
ホムンクルス。
人造人間を意味することの錬金術の用語はあの事件に関わった人間にとってはトラウマとなっていた。その言葉を耳にする度に良樹は頭部と上半身だけで生きていた安斉誠一郎のことを思い出す。彼は自ら望んでなった、と言っていたが、果たしてあの姿を本当に望んでいたのだろうか。
「そうか。諦めるどころか、寧ろもっと調べて記事にしたいと」
桐生は呆れ顔をしたのかと思ったが、そうではないようだ。
「実は」
そう前置きをしてから、彼はこんな話を切り出した。
「黒猫館のことを調べている時に、ちょっと引っかかったことがある。これなんだが」
そこにはジャミル・アジズ・ラショールの日本人説を唱えている学者がいるという記事が出ていた。
「どうだ?」
面白そうね、と言った山科光恵と、明らかにやる気しか伺えない桐生敬吾を前に、黒井良樹はただただ苦笑を浮かべるしかなかった。(了)
良樹は右腕からギプスが外れたものの、まだリハビリ生活が続いている。今日はオフィスに桐生が来るというので今一度あの日の出来事を整理しようと、パソコンや手帳に残したメモを眺めていた。
館の地下はコンクリート造だった為か、ほとんどそのままの形で残っていたものの、奥に建てられていた小さな家は完全に炭化し、全焼していた。しかも上の館にもあの火は延焼し、館の方も大半が燃えてしまったのだ。
ただ消防の発表では焼け跡から見つかったのは友作の遺体と思われるもの一つだけで、後は何もなかったと報告されている。
ホムンクルスとなった細胞が特別熱に弱く、人体の組成物質以外に分解されるような特性でもあったのか、それとも何者かにより情報が表に出ないように隠蔽されたのか、それは良樹たちでは分からなかった。
それでも深川美雪の遺体まで消えていたことには、どう説明を付ければ良いのだろう。彼女は確かに亡くなっていた。西雲寺英李に首を噛まれ、あれだけの出血があったのだ。たとえすぐに医療的措置を施したとしても、命が助かる可能性は低い。そもそもあの爆炎の中から彼女を助け出し、すぐに病院なり、そういった施設なりに運び出せたはずがない。
だとすれば、何者かが彼女の遺体を運び去ったということだろうか。
――分からない。
「何考え込んでるのよ」
「ああ、山科さん」
事務員の山科光恵は隣に椅子を持ってきて座ると、ぼそりと「半年か」と言った。
館を出て警察に連絡をしたのは藤森加奈だった。彼女が一番心身ともに余力が残っていたからだ。
彼女に続き、良樹と足立里沙、左足を引きずった桐生が館を出た時には通報を受けた警官が数名、駆けてきたところだった。
黒猫館の調査については桐生が許可を受けていたといったが、流石に建物がほぼ全焼状態では記事にすることもできず、弁償しなくても良かったことだけが救いと言えた。
最近聞いた噂では、天堂コーポレーションはあの場所を売りに出しているそうだ。
「おう、久しぶり」
「あ、桐生さん」
無精髭が生えた顎を撫で付けながら、桐生敬吾が姿を見せた。
「お互いにまだまだ傷痕を引きずってるな」
「そうですね。桐生さんはコーヒーで?」
「ああ」
応接用のソファに腰を下ろした桐生は溜息のような吐息を出すと、まだ痺れが残るという左足を伸ばしたような形で座る。
給湯室でコーヒーメーカーからポットを取る。右手はまだ上手く動かず、仕方なく左手だ。
カップ二つにコーヒーを注ぐと、お盆に乗せ、応接スペースへと向かう。
「何か来月の企画、いいのない?」
見れば山科が桐生の隣に椅子を持ってきて、座っていた。
「自分の分は淹れて下さいよ」
そう断ってからテーブルにコーヒーを二つ置くと、良樹もソファに腰を落ち着ける。
「桐生さん、黒猫館についての資料って、まだ残ってますか?」
「ああ。だがその案件は」
「編集長がまだ諦めてないみたいなんですよ。どうもホムンクルス計画について、もっと深堀りしてみないかと言われて」
ホムンクルス。
人造人間を意味することの錬金術の用語はあの事件に関わった人間にとってはトラウマとなっていた。その言葉を耳にする度に良樹は頭部と上半身だけで生きていた安斉誠一郎のことを思い出す。彼は自ら望んでなった、と言っていたが、果たしてあの姿を本当に望んでいたのだろうか。
「そうか。諦めるどころか、寧ろもっと調べて記事にしたいと」
桐生は呆れ顔をしたのかと思ったが、そうではないようだ。
「実は」
そう前置きをしてから、彼はこんな話を切り出した。
「黒猫館のことを調べている時に、ちょっと引っかかったことがある。これなんだが」
そこにはジャミル・アジズ・ラショールの日本人説を唱えている学者がいるという記事が出ていた。
「どうだ?」
面白そうね、と言った山科光恵と、明らかにやる気しか伺えない桐生敬吾を前に、黒井良樹はただただ苦笑を浮かべるしかなかった。(了)
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