黒猫館の黒電話

凪司工房

文字の大きさ
上 下
31 / 31
エピローグ

後日談

しおりを挟む
 黒猫館での事件から、既に半年が過ぎていた。
 良樹は右腕からギプスが外れたものの、まだリハビリ生活が続いている。今日はオフィスに桐生が来るというので今一度あの日の出来事を整理しようと、パソコンや手帳に残したメモを眺めていた。
 館の地下はコンクリート造だった為か、ほとんどそのままの形で残っていたものの、奥に建てられていた小さな家は完全に炭化し、全焼していた。しかも上の館にもあの火は延焼し、館の方も大半が燃えてしまったのだ。
 ただ消防の発表では焼け跡から見つかったのは友作の遺体と思われるもの一つだけで、後は何もなかったと報告されている。
 ホムンクルスとなった細胞が特別熱に弱く、人体の組成物質以外に分解されるような特性でもあったのか、それとも何者かにより情報が表に出ないように隠蔽されたのか、それは良樹たちでは分からなかった。
 それでも深川美雪ふかがわみゆきの遺体まで消えていたことには、どう説明を付ければ良いのだろう。彼女は確かに亡くなっていた。西雲寺英李に首を噛まれ、あれだけの出血があったのだ。たとえすぐに医療的措置を施したとしても、命が助かる可能性は低い。そもそもあの爆炎の中から彼女を助け出し、すぐに病院なり、そういった施設なりに運び出せたはずがない。
 だとすれば、何者かが彼女の遺体を運び去ったということだろうか。

 ――分からない。


「何考え込んでるのよ」
「ああ、山科さん」

 事務員の山科光恵やましなみつえは隣に椅子を持ってきて座ると、ぼそりと「半年か」と言った。
 館を出て警察に連絡をしたのは藤森加奈だった。彼女が一番心身ともに余力が残っていたからだ。
 彼女に続き、良樹と足立里沙あだちりさ、左足を引きずった桐生が館を出た時には通報を受けた警官が数名、駆けてきたところだった。
 黒猫館の調査については桐生が許可を受けていたといったが、流石に建物がほぼ全焼状態では記事にすることもできず、弁償しなくても良かったことだけが救いと言えた。
 最近聞いた噂では、天堂コーポレーションはあの場所を売りに出しているそうだ。

「おう、久しぶり」
「あ、桐生さん」

 無精髭が生えた顎を撫で付けながら、桐生敬吾きりゅうけいごが姿を見せた。

「お互いにまだまだ傷痕を引きずってるな」
「そうですね。桐生さんはコーヒーで?」
「ああ」

 応接用のソファに腰を下ろした桐生は溜息のような吐息を出すと、まだ痺れが残るという左足を伸ばしたような形で座る。
 給湯室でコーヒーメーカーからポットを取る。右手はまだ上手く動かず、仕方なく左手だ。
 カップ二つにコーヒーを注ぐと、お盆に乗せ、応接スペースへと向かう。

「何か来月の企画、いいのない?」

 見れば山科が桐生の隣に椅子を持ってきて、座っていた。

「自分の分は淹れて下さいよ」

 そう断ってからテーブルにコーヒーを二つ置くと、良樹もソファに腰を落ち着ける。

「桐生さん、黒猫館についての資料って、まだ残ってますか?」
「ああ。だがその案件は」
「編集長がまだ諦めてないみたいなんですよ。どうもホムンクルス計画について、もっと深堀りしてみないかと言われて」

 ホムンクルス。
 人造人間を意味することの錬金術の用語はあの事件に関わった人間にとってはトラウマとなっていた。その言葉を耳にする度に良樹は頭部と上半身だけで生きていた安斉誠一郎あんざいせいいちろうのことを思い出す。彼は自ら望んでなった、と言っていたが、果たしてあの姿を本当に望んでいたのだろうか。

「そうか。諦めるどころか、寧ろもっと調べて記事にしたいと」

 桐生は呆れ顔をしたのかと思ったが、そうではないようだ。

「実は」

 そう前置きをしてから、彼はこんな話を切り出した。

「黒猫館のことを調べている時に、ちょっと引っかかったことがある。これなんだが」

 そこにはジャミル・アジズ・ラショールの日本人説を唱えている学者がいるという記事が出ていた。

「どうだ?」

 面白そうね、と言った山科光恵と、明らかにやる気しか伺えない桐生敬吾を前に、黒井良樹くろいよしきはただただ苦笑を浮かべるしかなかった。(了)

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

逢魔ヶ刻の迷い子3

naomikoryo
ホラー
——それは、閉ざされた異世界からのSOS。 夏休みのある夜、中学3年生になった陽介・隼人・大輝・美咲・紗奈・由香の6人は、受験勉強のために訪れた図書館で再び“恐怖”に巻き込まれる。 「図書館に大事な物を忘れたから取りに行ってくる。」 陽介の何気ないメッセージから始まった異変。 深夜の図書館に響く正体不明の足音、消えていくメッセージ、そして—— 「ここから出られない」と助けを求める陽介の声。 彼は、次元の違う同じ場所にいる。 現実世界と並行して存在する“もう一つの図書館”。 六人は、陽介を救うためにその謎を解き明かしていくが、やがてこの場所が“異世界と繋がる境界”であることに気付く。 七不思議の夜を乗り越えた彼らが挑む、シリーズ第3作目。 恐怖と謎が交錯する、戦慄のホラー・ミステリー。 「境界が開かれた時、もう戻れない——。」

禁踏区

nami
ホラー
月隠村を取り囲む山には絶対に足を踏み入れてはいけない場所があるらしい。 そこには巨大な屋敷があり、そこに入ると決して生きて帰ることはできないという…… 隠された道の先に聳える巨大な廃屋。 そこで様々な怪異に遭遇する凛達。 しかし、本当の恐怖は廃屋から脱出した後に待ち受けていた── 都市伝説と呪いの田舎ホラー

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ファムファタールの函庭

石田空
ホラー
都市伝説「ファムファタールの函庭」。最近ネットでなにかと噂になっている館の噂だ。 男性七人に女性がひとり。全員に指令書が配られ、書かれた指令をクリアしないと出られないという。 そして重要なのは、女性の心を勝ち取らないと、どの指令もクリアできないということ。 そんな都市伝説を右から左に受け流していた今時女子高生の美羽は、彼氏の翔太と一緒に噂のファムファタールの函庭に閉じ込められた挙げ句、見せしめに翔太を殺されてしまう。 残された六人の見知らぬ男性と一緒に閉じ込められた美羽に課せられた指令は──ゲームの主催者からの刺客を探し出すこと。 誰が味方か。誰が敵か。 逃げ出すことは不可能、七日間以内に指令をクリアしなくては死亡。 美羽はファムファタールとなってゲームをコントロールできるのか、はたまた誰かに利用されてしまうのか。 ゲームスタート。 *サイトより転載になります。 *各種残酷描写、反社会描写があります。それらを増長推奨する意図は一切ございませんので、自己責任でお願いします。

電車内では邪魔なモノは折り畳め

蓮實長治
ホラー
穏当に、そう言っただけの筈なのに……? 「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「Novel Days」「ノベリズム」「GALLERIA」「ノベルアップ+」に同じモノを投稿しています。

小径

砂詠 飛来
ホラー
うらみつらみに横恋慕 江戸を染めるは吉原大火―― 筆職人の与四郎と妻のお沙。 互いに想い合い、こんなにも近くにいるのに届かぬ心。 ふたりの選んだ運命は‥‥ 江戸を舞台に吉原を巻き込んでのドタバタ珍道中!(違

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...