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第三章 「黒猫館の秘密」
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三人で揃って友作たちが待つ部屋に戻ると、動かないと約束したはずの彼らの姿が見えなくなっていた。
「どういうことなんだ?」
「まさか、また下に戻ったんじゃ?」
良樹は開いたままの本棚脇の空間に光を当て、桐生たちを見る。
「どうする? 三人で確かめに向かうのか」
「僕一人で見てきましょうか」
「待って」
その提案は足立里沙の一言で制止された。
「バラバラになったら思う壺な気がするの」
「思う壺って、誰の?」
「分からない。けど、何か意思を感じない?」
良樹は里沙の言葉に思わず桐生を見た。彼も良樹と同様、里沙が何を言いたいのかよく分からないようだ。
「なあ、足立さん。何か知ってるなら、話してくれないかな?」
「私は知っている訳じゃないわ」
「じゃあ何なんだよ?」
「私の父は、再生医学の分野で活躍していた研究者だった」
足立、と桐生が口の中で呟く。「ああ、ひょっとして足立俊作か」
「よく知ってるわね」
「研究者としてはどうだったか知らないが、ある事故で亡くなった人物のリストに、確かその名があったな」
「事故?」
「ああ。研究所で不思議な爆発事故があったんだ。ただ未だに原因が分かっておらず、しかも現場にいた五名の犠牲者全てが、身体の一部しか見つけることができなかった。そういう、こっちの業界じゃあ、ちょっとしたオカルト的事件の一例に加えられてるんだ」
桐生の話に頷くと、里沙はそれを受けて続ける。
「父の研究グループは今で言う再生医療の研究をしていた訳じゃないの。採取した細胞から臓器を作り出すとか、何にでも変化する幹細胞を生み出すとか、そういう方向ではなかった。本当の意味での人間の再生。それを目指していたのよ」
人を再生させる。それは一度死んでしまった、この世から消えてしまった人間を呼び戻そうという行為だ。けれど、それは神を冒涜するなんて言葉を用いなくても、不可能なものだと良樹ですら理解できる。
ただ古来から人間はずっと、その願望を持ち、多くの研究者が目指してきたという事実もあった。
「ホムンクルス計画。父たちはそう呼んでいたわ」
「人造人間か」
それはヨーロッパのルネサンス期に錬金術と呼ばれる、科学とは似て非なる魔術の延長のような技術を考えた人々がいて、その人たちによって考案された人工に人間を作り出す技術、または作り出したそのモノの名前だった。フィクションの世界ではよく登場するが、実際にそれに挑んでいるという話は聞いたことがない。
「けれどその研究所の事故で、グループの中核を成していた人たちが全員死亡してしまったことから、計画は頓挫してしまった。それ以降、この話は表舞台から完全に消え去った。そう云われているわ」
里沙の言い方には違和感があった。
「もし」
彼女は続ける。
「ホムンクルス計画が完成していたとしたら、それが何に応用されたか、黒井君は分かる?」
「亡くなってしまった人を蘇らせることができるなら、いくらでも金を出すという人間はいるだろう。それこそキリストやヒトラーを復活させようという人々だって出てくる。いくらでもビジネスにできるけれど、そういう話ではないのかな」
「父たちをバックアップしていたのは天堂コーポレーション。今では紙おむつから飛行機までを扱う総合商社だけど、本来は武器を売買することで大きくなってきた企業なのよ。つまり、ホムンクルスは戦争に役立つと考えられていた訳」
「死んだ人間を生き返らせて戦争をする……訳じゃないよね」
「そんな非効率なことはしないわ。死なない人間を兵士にするのよ。ホムンクルスはね、人を蘇らせるのではなく、死なないようにする技術だったから」
足立里沙の話す内容に現実感が伴わないのは、良樹だけではなかった。桐生も同じように口元に苦笑を浮かべている。
「私も聞いた話と集めた情報から考えてみただけだから、本当にホムンクルスなんてものが実現できたとは思ってない。ただね、安斉君がこの黒猫館に行くことを決めたのは、元々父がやっていたホムンクルス計画を知ったからなのよ」
「安斉が? じゃあそれを知ったから足立さんは今日ここに?」
その時だった。階下から、美雪の悲鳴のようなものが小さく響いたのが聞こえた。
「どういうことなんだ?」
「まさか、また下に戻ったんじゃ?」
良樹は開いたままの本棚脇の空間に光を当て、桐生たちを見る。
「どうする? 三人で確かめに向かうのか」
「僕一人で見てきましょうか」
「待って」
その提案は足立里沙の一言で制止された。
「バラバラになったら思う壺な気がするの」
「思う壺って、誰の?」
「分からない。けど、何か意思を感じない?」
良樹は里沙の言葉に思わず桐生を見た。彼も良樹と同様、里沙が何を言いたいのかよく分からないようだ。
「なあ、足立さん。何か知ってるなら、話してくれないかな?」
「私は知っている訳じゃないわ」
「じゃあ何なんだよ?」
「私の父は、再生医学の分野で活躍していた研究者だった」
足立、と桐生が口の中で呟く。「ああ、ひょっとして足立俊作か」
「よく知ってるわね」
「研究者としてはどうだったか知らないが、ある事故で亡くなった人物のリストに、確かその名があったな」
「事故?」
「ああ。研究所で不思議な爆発事故があったんだ。ただ未だに原因が分かっておらず、しかも現場にいた五名の犠牲者全てが、身体の一部しか見つけることができなかった。そういう、こっちの業界じゃあ、ちょっとしたオカルト的事件の一例に加えられてるんだ」
桐生の話に頷くと、里沙はそれを受けて続ける。
「父の研究グループは今で言う再生医療の研究をしていた訳じゃないの。採取した細胞から臓器を作り出すとか、何にでも変化する幹細胞を生み出すとか、そういう方向ではなかった。本当の意味での人間の再生。それを目指していたのよ」
人を再生させる。それは一度死んでしまった、この世から消えてしまった人間を呼び戻そうという行為だ。けれど、それは神を冒涜するなんて言葉を用いなくても、不可能なものだと良樹ですら理解できる。
ただ古来から人間はずっと、その願望を持ち、多くの研究者が目指してきたという事実もあった。
「ホムンクルス計画。父たちはそう呼んでいたわ」
「人造人間か」
それはヨーロッパのルネサンス期に錬金術と呼ばれる、科学とは似て非なる魔術の延長のような技術を考えた人々がいて、その人たちによって考案された人工に人間を作り出す技術、または作り出したそのモノの名前だった。フィクションの世界ではよく登場するが、実際にそれに挑んでいるという話は聞いたことがない。
「けれどその研究所の事故で、グループの中核を成していた人たちが全員死亡してしまったことから、計画は頓挫してしまった。それ以降、この話は表舞台から完全に消え去った。そう云われているわ」
里沙の言い方には違和感があった。
「もし」
彼女は続ける。
「ホムンクルス計画が完成していたとしたら、それが何に応用されたか、黒井君は分かる?」
「亡くなってしまった人を蘇らせることができるなら、いくらでも金を出すという人間はいるだろう。それこそキリストやヒトラーを復活させようという人々だって出てくる。いくらでもビジネスにできるけれど、そういう話ではないのかな」
「父たちをバックアップしていたのは天堂コーポレーション。今では紙おむつから飛行機までを扱う総合商社だけど、本来は武器を売買することで大きくなってきた企業なのよ。つまり、ホムンクルスは戦争に役立つと考えられていた訳」
「死んだ人間を生き返らせて戦争をする……訳じゃないよね」
「そんな非効率なことはしないわ。死なない人間を兵士にするのよ。ホムンクルスはね、人を蘇らせるのではなく、死なないようにする技術だったから」
足立里沙の話す内容に現実感が伴わないのは、良樹だけではなかった。桐生も同じように口元に苦笑を浮かべている。
「私も聞いた話と集めた情報から考えてみただけだから、本当にホムンクルスなんてものが実現できたとは思ってない。ただね、安斉君がこの黒猫館に行くことを決めたのは、元々父がやっていたホムンクルス計画を知ったからなのよ」
「安斉が? じゃあそれを知ったから足立さんは今日ここに?」
その時だった。階下から、美雪の悲鳴のようなものが小さく響いたのが聞こえた。
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