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第二章 「十年ぶりの再会」
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「何だよこれ」
友作は敷地内を取り囲んでいる古くなったアルミパネルを蹴りつける。
「立入禁止か。ねえ、黒井君。ほんとにここ、入っていいの?」
細かい字で天堂コーポレーションの私有地であり、無断で入ったものには賠償請求がなされることが書かれている。その看板の前で、腕組みをした加奈が尋ねた。
「許可は貰ってる。心配なら、ここで待っていればいいさ」
だがそれに答えたのは良樹ではなく桐生だった。
彼は前に出て、鞄から鍵束を取り出すと、三重に錠前がなされているそれを一つ一つ開けていく。
カチリ、カチリ、と音を立て、錠と鎖が外されていくのを見ていると、まるでこの十年、ずっと封印していた記憶を呼び覚ましているかのような錯覚に陥る。
良樹は首筋に風を感じ、美雪の方を見た。彼女も同じように何か感じたらしい。
安心させるように笑みを作ったが、彼女の緊張した面持ちは崩れなかった。
「よし。開いたぜ」
桐生がドアノブに手をやり、それを引く。キィ、と軋みながら動くと、その隙間からあの黒猫館の一部が見えた。
「いいな」
そう断り、桐生から足を踏み入れる。続いて友作と加奈、それから美雪、最後に良樹が入った。
誰もがその光景に言葉を失っていた。
灰色の壁の中は別世界だった。
前庭の中央にある噴水は緑に変色しているのかと思ってしまうほど、植物が絡み合い、覆っていた。玄関まで敷かれたレンガ調の石畳はそこかしこが割れ、鋭利な葉の草が伸びている。それ以外の部分は見事に雑草に覆われ、良樹などは腰の辺りまで埋まってしまうだろう。幾つかの植えられていた楢や柏といった樹は大きくなり、その枝を広げ、緑の天井を作っている。
そして肝心の黒猫館はというと、蔦が這い回り、向かって右側が大きく崩れていた。
「まるで廃墟だな」
友作がせせら笑った。彼なりの強がりだったのかも知れないが、ここに立っていた五人それぞれの印象も似たようなものだっただろう。良樹は桐生から貰った資料の一部に、現在は一部が壊れ、一般人の立ち入りを固く禁じていると書かれていたことを思い出した。
「とりあえず入っても大丈夫か、周りを見てくる」
そう言うと、桐生は一人で歩いて行ってしまう。
「流石にここで肝試しって訳にはいかないわね」
加奈は美雪を見るが、美雪の方はじっと黒猫館を見つめたまま気づいていないようだ。
「ね、美雪?」
「何?」
「本当にここ、入るつもり?」
「あの日の私が、まだ中にいるの」
その発言に加奈だけでなく、友作も良樹も互いの顔を見合わせた。
「十年前、私は安斉誠一郎君と一緒にあの黒猫館の中に入った。でもね、まだ私も安斉君も、あの館から外へ出てはいないのよ」
彼女の言葉に対して、誰も掛ける言葉を持たなかった。その真剣な眼差しには冗談や笑みを受け付けない強靭さがあり、誰一人として抗えなかったのだ。
良樹は首から提げていた一眼レフを構えると、それを左耳のもがれた黒猫館へと向ける。
そこに黒猫を感じさせるものはない。けれどそれはあの日も同じだった。黒くはないのだ。壁面は白く、今となってはそれが緑に覆われている。
十年前の今日、良樹は足立里沙と共に館の中で五十匹以上の黒猫を見た。今でも彼らの住処となっているのだろうか。
そこら辺に猫がいる様子は見えない。
カメラのレンズを覗き込み、窓際やカーテンの奥にフォーカスを当ててみるが、やはりそういった影はない。当然人の姿もなく、もぬけの殻のように静まり返っている。
「おそらく東側の三階部分の天井が崩落しているだけだろう。少し壁が壊れている場所もあったが、建物そのものは頑丈そうだ。それで、どうする?」
「当然、中に入りますよ。その為にここまで来たんですから」
良樹は戻ってきた桐生にそう答えると、
「単独行動だけはしない、という約束でお願いします」
五人の顔を見て、そう念を押した。
友作は敷地内を取り囲んでいる古くなったアルミパネルを蹴りつける。
「立入禁止か。ねえ、黒井君。ほんとにここ、入っていいの?」
細かい字で天堂コーポレーションの私有地であり、無断で入ったものには賠償請求がなされることが書かれている。その看板の前で、腕組みをした加奈が尋ねた。
「許可は貰ってる。心配なら、ここで待っていればいいさ」
だがそれに答えたのは良樹ではなく桐生だった。
彼は前に出て、鞄から鍵束を取り出すと、三重に錠前がなされているそれを一つ一つ開けていく。
カチリ、カチリ、と音を立て、錠と鎖が外されていくのを見ていると、まるでこの十年、ずっと封印していた記憶を呼び覚ましているかのような錯覚に陥る。
良樹は首筋に風を感じ、美雪の方を見た。彼女も同じように何か感じたらしい。
安心させるように笑みを作ったが、彼女の緊張した面持ちは崩れなかった。
「よし。開いたぜ」
桐生がドアノブに手をやり、それを引く。キィ、と軋みながら動くと、その隙間からあの黒猫館の一部が見えた。
「いいな」
そう断り、桐生から足を踏み入れる。続いて友作と加奈、それから美雪、最後に良樹が入った。
誰もがその光景に言葉を失っていた。
灰色の壁の中は別世界だった。
前庭の中央にある噴水は緑に変色しているのかと思ってしまうほど、植物が絡み合い、覆っていた。玄関まで敷かれたレンガ調の石畳はそこかしこが割れ、鋭利な葉の草が伸びている。それ以外の部分は見事に雑草に覆われ、良樹などは腰の辺りまで埋まってしまうだろう。幾つかの植えられていた楢や柏といった樹は大きくなり、その枝を広げ、緑の天井を作っている。
そして肝心の黒猫館はというと、蔦が這い回り、向かって右側が大きく崩れていた。
「まるで廃墟だな」
友作がせせら笑った。彼なりの強がりだったのかも知れないが、ここに立っていた五人それぞれの印象も似たようなものだっただろう。良樹は桐生から貰った資料の一部に、現在は一部が壊れ、一般人の立ち入りを固く禁じていると書かれていたことを思い出した。
「とりあえず入っても大丈夫か、周りを見てくる」
そう言うと、桐生は一人で歩いて行ってしまう。
「流石にここで肝試しって訳にはいかないわね」
加奈は美雪を見るが、美雪の方はじっと黒猫館を見つめたまま気づいていないようだ。
「ね、美雪?」
「何?」
「本当にここ、入るつもり?」
「あの日の私が、まだ中にいるの」
その発言に加奈だけでなく、友作も良樹も互いの顔を見合わせた。
「十年前、私は安斉誠一郎君と一緒にあの黒猫館の中に入った。でもね、まだ私も安斉君も、あの館から外へ出てはいないのよ」
彼女の言葉に対して、誰も掛ける言葉を持たなかった。その真剣な眼差しには冗談や笑みを受け付けない強靭さがあり、誰一人として抗えなかったのだ。
良樹は首から提げていた一眼レフを構えると、それを左耳のもがれた黒猫館へと向ける。
そこに黒猫を感じさせるものはない。けれどそれはあの日も同じだった。黒くはないのだ。壁面は白く、今となってはそれが緑に覆われている。
十年前の今日、良樹は足立里沙と共に館の中で五十匹以上の黒猫を見た。今でも彼らの住処となっているのだろうか。
そこら辺に猫がいる様子は見えない。
カメラのレンズを覗き込み、窓際やカーテンの奥にフォーカスを当ててみるが、やはりそういった影はない。当然人の姿もなく、もぬけの殻のように静まり返っている。
「おそらく東側の三階部分の天井が崩落しているだけだろう。少し壁が壊れている場所もあったが、建物そのものは頑丈そうだ。それで、どうする?」
「当然、中に入りますよ。その為にここまで来たんですから」
良樹は戻ってきた桐生にそう答えると、
「単独行動だけはしない、という約束でお願いします」
五人の顔を見て、そう念を押した。
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