黒猫館の黒電話

凪司工房

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第二章 「十年ぶりの再会」

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 黒井良樹くろいよしき深川美雪ふかがわみゆきから連絡をもらったのは、七月も最後の週になってからだった。

「久しぶり」

 そんな言葉が気軽に掛けられるほど、よく出会っていた訳ではない。それでも指定された駅前の喫茶店でアイスコーヒーをちびちびと飲みながら待っていた良樹の前に現れた彼女は、あの頃の悲壮感は微塵みじんも感じられない、しっかりとした大人の女性だった。
 十年。それだけの歳月は容易に人を変える。

「髪、随分ずいぶんと短くしてるんだね」
「うん。この方が楽だし」

 あの事件が起こるまでずっとロングだった美雪が一年後、髪を肩より短くしていてみんなを驚かせたが、今はそれよりも更に短い。耳が辛うじて隠れる程度だ。着ている服も白のホットパンツに上は英字が描かれたオリーブ色のシャツ姿で、大きめのイヤリングが目立つ。化粧もしっかりとされていて、学生時代に感じたあどけなさはすっかり息を潜めていた。
 以前に友作経由で聞いた時には大手証券会社の事務をしている、と言っていた。

「職場、この近くなの?」
「そういう訳じゃないけど、少し、聞いたから」

 注文したアイスティーが持ってこられると、お礼を言って美雪はストローに口を付ける。

「調べているんでしょ、あの黒猫館のこと」

 誰から聞いたのだろう。いや、どこからでもそういった話は伝わるだろう。そもそも奇恐倶楽部ききょうくらぶの編集部で働いていることは誰にも隠していないし、良樹も当時の学生連中の何人かに取材をしている。

「調べてる、ってほどじゃない。うちの雑誌の特集記事にするかも知れないと言われたから、情報提供をした、という程度かな」

 いつの間にか良樹のグラスからはコーヒーが無くなっていた。

「十年前の八月四日のことを、一日として忘れたことはないの。それは黒井君も同じだと思う。あの日から彼は、私たちの前から消えてしまった。七年経てば失踪宣告ができる。つまり法的には死亡したということになる。でも黒井君は本当に安斉君が亡くなったと、そう思っている?」
「分からないよ、僕たちには」

 いなくなったから死んだことにする。色々法的な手続きもあるし、見つからないまま生きていることになっていると面倒なこともあるのだろう。けれどそれを決めたのは彼の両親だし、そこに至るまでに色々葛藤もあったことだろう。それについて外野である自分たちがどうこう言うのは何か違う、と良樹は感じていた。

「私はね、ずっとあの日の記憶にふたをしてきた。そうしないと、立っていられなかったから。笑えなかったから。でも最近になって、夢を見るようになったの。あの日の、続きを」

 あの事件については、一度も美雪から中で何があったのかについては聞かされていない。警察の事情聴取でも支離滅裂な内容で、まともに相手にされなかったという噂を人づてに聞いただけだ。

「思い、出したのか?」

 彼女はアイスティーを飲み干すと、小さく頷いてからこう続けた。

「黒井君に話す代わりに、もう一度、あの黒猫館で肝試しをして欲しいの」
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