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第一章 「黒猫館と肝試し」
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次は良樹たちの番だった。足立里沙はいつの間にか背後に立っていて、声に出さずに「いい?」と確認すると彼女は短い頷きを返した。
「それじゃあ三十分な。スタート」
誠一郎のストップウォッチが押されたのを確認すると、良樹は足元を照らしながら歩き出す。玄関のドアは友作たちが出てくる時にきっちりと閉めたのだろう。改めて取っ手を握り、左側のドアを開けた。首筋をすうっと風が流れ、何かが出ていったように感じ、良樹は振り返ったが、そこには足立里沙の「何?」という表情があっただけだ。
「いや、何でもない。足元、暗いから気をつけて」
「うん。分かってる」
そんなやり取りの後で、中に入った。
玄関ホールは見上げると天井が高く、おそらくは二階、あるいは三階の部分までの吹き抜けになっているのだろう。ホールの中央の天井部分からはシャンデリアがぶら下がっていたが、その幾つかのパーツが落下して、床で割れている。そのシャンデリアを中心として半球状に装飾された文様が描かれていた。外壁には一切のそういった線や図柄、装飾品がなかったので、良樹はやや圧倒された。よく見れば足元にも幾つかの円を組み合わせたような文様が広がっている。ところどころ破れている赤い絨毯の隙間からもそれらが見えることから、本来は絨毯など敷かずにその上を直接歩くようにできていたのではないだろうかと思った。
「意外とすごいね」
足立里沙も同様に、建築物として、あるいは芸術作品としてそれらに興味を持ったようだ。
中央のホールから左右に通路が伸び、更に奥にも左右の二本の通路が見えた。回り階段で二階へ接続されていて、下からも幾つかの部屋の入口が見える。
友作たちが見つけた黒電話は広めの部屋にあったことから、寝室や客室の類ではないだろう。
「あっ」
階段を上がろうとした足立里沙が声を漏らす。
「これ、無理だ」
彼女の足元を照らすと、途中で穴が開いていた。いや、開いたというよりは何かによって破壊されたように見える。その上がれなくなっている二階の通路の手すり越しに一匹の猫が顔を出した。黒猫だ。
いや、もう一匹いる。ライトを向けるとそいつらの目が光った。
するともう一匹、更に一匹と次々と、まるで誘蛾灯に集まる虫たちのように、猫が、それも全て真っ黒な猫が姿を見せた。一体何匹いるのだろう。
鳴くでもなく、じっと良樹たちを見下ろしている。
ざっと見た感じでは三十匹以上いるだろう。いや、目の数からはその倍はいそうだ。
階段を降りた足立里沙も流石に気味が悪いようで、良樹の傍までやってくる。
「流石に黒猫館だけあるね」
そんな冗談を言って紛らわせようとしたが足立里沙は無反応だ。けれど不意に彼女の体温を背中に感じ、傍どころじゃなく、ぴったりと良樹の体に寄り添っていることが分かった。彼女もやはり、怖いのだ。
「さっさと黒電話を見つけよう」
大きめの応接間か、食堂か。
奥へと続く通路の内、右側を進む。ドアはどれも施錠されていなかった。
一つ試しに開けてみたが、猫が飛び出してくる様子はない。中を照らしてみると、談話室だろうか。ベッドはなく、棚とテーブルセットが一つあるだけだ。本棚は空っぽになっていて、誰かが持ち出したか、使われていなかったのか、判断はつかない。そもそもいつ頃までこの建物は利用されていたのだろう。誰かが住んでいたことがあるのだろうか。
他の部屋も見てみるが、この通路脇のものは簡単な応接用の小部屋ばかりだ。
通路の一番奥まで行くと、左手に台所らしきものが見えた。
その手前のドアを開ける。ちょうど黒猫館の中央の方に位置する部屋だ。
「ここだな」
そこは長いテーブルが置かれた、食堂だった。個人用ではなく、二十名ほどが一同に会せるだけの広さがあり、友作たちの撮影した写真にも写っていた暖炉や熊と猪の間の子のような剥製の頭部があった。壁には一定の間隔で絵画が飾られていたが、どれも汚れ、あるいは薄くなっていて、何が描かれていたのかはよく分からなくなっている。
その長いテーブルの中央に、黒電話が置かれていた。
「これだね」
「ああ」
良樹はそもそも黒電話というものを、資料や写真以外では目にしたことがなかった。アナログの円形のダイヤルが付いた真っ黒な電話は、それだけなら昭和レトロな趣を感じさせる。
「使える訳じゃないだろうけど」
そう言い訳をするように声に出し、良樹は受話器を上げた。耳にそっと近づける。
もしどこかに繋がっているならツーツーと音が聞こえるはずだ。
「もしもし?」
その声に足立里沙は訝る視線を向けてくる。
「うん。やっぱりどこにも繋がってないよ。大丈夫だ」
「それじゃあ、写真取るね」
チーズとかの合図は何もなく、彼女はさっとインスタントカメラを構え、ボタンを押した。カシャ、という音に続いて、ポラロイドが吐き出される。自動でフラッシュが焚かれていたが、うまく撮影できただろうか。
良樹はそれを受け取り、両手で挟む。
「振らないの?」
足立里沙はその所作を不思議に思ったようで小首を傾げたが、良樹は苦笑してこう説明した。
「ポラロイド写真を振っても早く仕上がる訳じゃないよ。本当は温風なんかを当てて温めた方がいいんだけど、今は何もないのでこれで」
一分ほどだろうか。そこには受話器を手にした間抜けづらの良樹が写っていた。
「それじゃあ三十分な。スタート」
誠一郎のストップウォッチが押されたのを確認すると、良樹は足元を照らしながら歩き出す。玄関のドアは友作たちが出てくる時にきっちりと閉めたのだろう。改めて取っ手を握り、左側のドアを開けた。首筋をすうっと風が流れ、何かが出ていったように感じ、良樹は振り返ったが、そこには足立里沙の「何?」という表情があっただけだ。
「いや、何でもない。足元、暗いから気をつけて」
「うん。分かってる」
そんなやり取りの後で、中に入った。
玄関ホールは見上げると天井が高く、おそらくは二階、あるいは三階の部分までの吹き抜けになっているのだろう。ホールの中央の天井部分からはシャンデリアがぶら下がっていたが、その幾つかのパーツが落下して、床で割れている。そのシャンデリアを中心として半球状に装飾された文様が描かれていた。外壁には一切のそういった線や図柄、装飾品がなかったので、良樹はやや圧倒された。よく見れば足元にも幾つかの円を組み合わせたような文様が広がっている。ところどころ破れている赤い絨毯の隙間からもそれらが見えることから、本来は絨毯など敷かずにその上を直接歩くようにできていたのではないだろうかと思った。
「意外とすごいね」
足立里沙も同様に、建築物として、あるいは芸術作品としてそれらに興味を持ったようだ。
中央のホールから左右に通路が伸び、更に奥にも左右の二本の通路が見えた。回り階段で二階へ接続されていて、下からも幾つかの部屋の入口が見える。
友作たちが見つけた黒電話は広めの部屋にあったことから、寝室や客室の類ではないだろう。
「あっ」
階段を上がろうとした足立里沙が声を漏らす。
「これ、無理だ」
彼女の足元を照らすと、途中で穴が開いていた。いや、開いたというよりは何かによって破壊されたように見える。その上がれなくなっている二階の通路の手すり越しに一匹の猫が顔を出した。黒猫だ。
いや、もう一匹いる。ライトを向けるとそいつらの目が光った。
するともう一匹、更に一匹と次々と、まるで誘蛾灯に集まる虫たちのように、猫が、それも全て真っ黒な猫が姿を見せた。一体何匹いるのだろう。
鳴くでもなく、じっと良樹たちを見下ろしている。
ざっと見た感じでは三十匹以上いるだろう。いや、目の数からはその倍はいそうだ。
階段を降りた足立里沙も流石に気味が悪いようで、良樹の傍までやってくる。
「流石に黒猫館だけあるね」
そんな冗談を言って紛らわせようとしたが足立里沙は無反応だ。けれど不意に彼女の体温を背中に感じ、傍どころじゃなく、ぴったりと良樹の体に寄り添っていることが分かった。彼女もやはり、怖いのだ。
「さっさと黒電話を見つけよう」
大きめの応接間か、食堂か。
奥へと続く通路の内、右側を進む。ドアはどれも施錠されていなかった。
一つ試しに開けてみたが、猫が飛び出してくる様子はない。中を照らしてみると、談話室だろうか。ベッドはなく、棚とテーブルセットが一つあるだけだ。本棚は空っぽになっていて、誰かが持ち出したか、使われていなかったのか、判断はつかない。そもそもいつ頃までこの建物は利用されていたのだろう。誰かが住んでいたことがあるのだろうか。
他の部屋も見てみるが、この通路脇のものは簡単な応接用の小部屋ばかりだ。
通路の一番奥まで行くと、左手に台所らしきものが見えた。
その手前のドアを開ける。ちょうど黒猫館の中央の方に位置する部屋だ。
「ここだな」
そこは長いテーブルが置かれた、食堂だった。個人用ではなく、二十名ほどが一同に会せるだけの広さがあり、友作たちの撮影した写真にも写っていた暖炉や熊と猪の間の子のような剥製の頭部があった。壁には一定の間隔で絵画が飾られていたが、どれも汚れ、あるいは薄くなっていて、何が描かれていたのかはよく分からなくなっている。
その長いテーブルの中央に、黒電話が置かれていた。
「これだね」
「ああ」
良樹はそもそも黒電話というものを、資料や写真以外では目にしたことがなかった。アナログの円形のダイヤルが付いた真っ黒な電話は、それだけなら昭和レトロな趣を感じさせる。
「使える訳じゃないだろうけど」
そう言い訳をするように声に出し、良樹は受話器を上げた。耳にそっと近づける。
もしどこかに繋がっているならツーツーと音が聞こえるはずだ。
「もしもし?」
その声に足立里沙は訝る視線を向けてくる。
「うん。やっぱりどこにも繋がってないよ。大丈夫だ」
「それじゃあ、写真取るね」
チーズとかの合図は何もなく、彼女はさっとインスタントカメラを構え、ボタンを押した。カシャ、という音に続いて、ポラロイドが吐き出される。自動でフラッシュが焚かれていたが、うまく撮影できただろうか。
良樹はそれを受け取り、両手で挟む。
「振らないの?」
足立里沙はその所作を不思議に思ったようで小首を傾げたが、良樹は苦笑してこう説明した。
「ポラロイド写真を振っても早く仕上がる訳じゃないよ。本当は温風なんかを当てて温めた方がいいんだけど、今は何もないのでこれで」
一分ほどだろうか。そこには受話器を手にした間抜けづらの良樹が写っていた。
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