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第一章 「黒猫館と肝試し」
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順番は誠一郎の作ったクジを引き、最初は友作と加奈、続いて良樹と里沙、最後に誠一郎と美雪というペアになった。
「えー、よりによって最初かよ」
「生駒君さあ、ほんとくじ運悪いよね」
「太田だって同罪だぞ。オレがこれでいいかっつったら、それでいいって言ったじゃねえか」
「そんなの知らないわよ。あたしのせいじゃない」
そんな風に言い合いながらも、二人の距離は近い。友作が前日に送ってきたメッセージには「明日は決める」と書かれていた。彼なりに期するものがあるのだろう。よく見れば加奈の左手をしっかりと握っている。
一方、美雪は誠一郎から二メートルほど離れたところに立ち、やや心配そうに彼を見つめていた。やはり本音はやめてほしいと思っているのだろうが、誠一郎の意思の固さに諦めているようだ。
黒猫館は当然電気も通っておらず、玄関の前に一本、前庭の噴水の前に一本、外灯が建てられていたが、それに明かりは灯っていない。持ってきたランタン型の電灯をその枯れた噴水の上に置き、この場所をスタート地点とすることになった。
「それじゃあ改めてルールの確認をしておくが」
誠一郎はあらかじめそれぞれにメールで送っていた内容を口頭で説明しながら、各人の携帯電話を受け取っていく。
ルールは次のようなものだった。
1、必ず二人ペアで行動する。
2、建物の中に一度入ったら黒電話を見つけるまでは出てこないこと。
3、ギブアップするか、何か非常事態が起こった時だけ出てくることを許可する。
4、黒電話を見つけたら一人が受話器を上げ、もう一人は写真を撮影すること。
5、携帯電話の利用は不可(事前に預かる)。
6、入ってから三十分を過ぎても戻らない場合は残りのメンバーで探しに向かう。
「ペアで中に入り、黒電話を見つけて、このインスタントカメラで写真を取って出てくる。簡単だろう?」
ルールは誠一郎らしく、シンプルだがきっちりとポイントを押さえている。特に携帯電話を使えなくするのは非常時に外に逃げ出すしかなく、その思考がより恐怖感を煽ることになるだろう。
「それじゃあ、そろそろいいか」
友作と加奈は噴水の前で互いを見て、それぞれに笑みを作ろうとしているが、うまくいかない。
「い、いいぞ」
何とかそれだけ友作が答えると、誠一郎は手にしたストップウォッチを押した。
「三十分だ。充分楽しんでこい」
「楽しそうなのはお前だけだよ、誠一郎」
そう吐き捨て、友作は歩いていく。加奈も遅れてその後を追った。
良樹と足立里沙は遠巻きに二人が黒猫館の玄関に向かうのを見ていた。
先程黒猫が出てきたドアの隙間を少し大きくし、友作が懐中電灯で中を照らす。大丈夫そうだという意思表示なのか、一度こちらを振り返ってから、ドアを開け、中に入っていった。
ただ、加奈が入った後で、風でも吹いたのだろうか。自然とドアが閉じた。
中から「ひゃあ」と加奈の叫び声らしきものが響いたが、その一声だけだったので、特に問題はなかったのだろう。
「なあ」
ストップウォッチをぼんやりと見つめている誠一郎の隣まで行き、良樹は声を掛ける。
「僕には安斉の目的がよく分からないよ」
「目的? 肝試しをしたいだけさ」
「君には黒電話で話したい誰かがいるんじゃないのか」
噂話を真に受けてはいないだろう。ただ、完全に嘘とも思っていないのではないだろうか。そうとでも考えないと、誠一郎がここまでこの黒猫館に固執する理由が分からない。
「黒井はあの世というものの存在を、信じているか?」
「いや。どちらかといえば否定派だよ」
「だろうな。俺もそうだ。ただ、あってもいいんじゃないかとは思っている」
その意図が分からず、良樹は誠一郎の顔をまじまじと見た。
「誰だってさ、もう二度と手が握れないと思った人間とまた触れ合えるかも知れない、と分かったら、自分の寿命の何年かを浪費してもいいと、そう思うこともあるだろう」
そういう相手が、彼にはいるのだろう。話してみたい人というお題に対して祖母としか浮かばなかった良樹からすると、それはどこか羨ましく、また誠一郎という男が歩いてきた人生は普段彼の自信に満ち溢れた姿と同じく、しっかりと中身が詰まった濃いものなのだろうな、という嫉妬が生まれた。
そしてそういう男性だからこそ、美雪も惹かれているのだろうなと。
十分ほどで友作と加奈の二人は戻ってきた。
「簡単だったわ」
怯えながら入っていった時とはまるで違う、大口開けて笑っている普段の友作の調子でそう言うと、撮影してきたポラロイドの写真を振って見せた。
そこには確かにテーブルの上に置かれた黒電話を持ち上げている友作の姿が写っている。場所はどこだろう。後ろに暖炉のようなものが見える。その上に何かの獣の頭部の剥製が飾られ、周囲の壁には薄汚れた絵画が掛かっていた。
「誰かと話せた?」
ずっと黙り込んでいた美雪が尋ねた。
加奈は首を横に振り、
「あれ、やっぱ嘘だよ」
と苦笑を浮かべた。
「えー、よりによって最初かよ」
「生駒君さあ、ほんとくじ運悪いよね」
「太田だって同罪だぞ。オレがこれでいいかっつったら、それでいいって言ったじゃねえか」
「そんなの知らないわよ。あたしのせいじゃない」
そんな風に言い合いながらも、二人の距離は近い。友作が前日に送ってきたメッセージには「明日は決める」と書かれていた。彼なりに期するものがあるのだろう。よく見れば加奈の左手をしっかりと握っている。
一方、美雪は誠一郎から二メートルほど離れたところに立ち、やや心配そうに彼を見つめていた。やはり本音はやめてほしいと思っているのだろうが、誠一郎の意思の固さに諦めているようだ。
黒猫館は当然電気も通っておらず、玄関の前に一本、前庭の噴水の前に一本、外灯が建てられていたが、それに明かりは灯っていない。持ってきたランタン型の電灯をその枯れた噴水の上に置き、この場所をスタート地点とすることになった。
「それじゃあ改めてルールの確認をしておくが」
誠一郎はあらかじめそれぞれにメールで送っていた内容を口頭で説明しながら、各人の携帯電話を受け取っていく。
ルールは次のようなものだった。
1、必ず二人ペアで行動する。
2、建物の中に一度入ったら黒電話を見つけるまでは出てこないこと。
3、ギブアップするか、何か非常事態が起こった時だけ出てくることを許可する。
4、黒電話を見つけたら一人が受話器を上げ、もう一人は写真を撮影すること。
5、携帯電話の利用は不可(事前に預かる)。
6、入ってから三十分を過ぎても戻らない場合は残りのメンバーで探しに向かう。
「ペアで中に入り、黒電話を見つけて、このインスタントカメラで写真を取って出てくる。簡単だろう?」
ルールは誠一郎らしく、シンプルだがきっちりとポイントを押さえている。特に携帯電話を使えなくするのは非常時に外に逃げ出すしかなく、その思考がより恐怖感を煽ることになるだろう。
「それじゃあ、そろそろいいか」
友作と加奈は噴水の前で互いを見て、それぞれに笑みを作ろうとしているが、うまくいかない。
「い、いいぞ」
何とかそれだけ友作が答えると、誠一郎は手にしたストップウォッチを押した。
「三十分だ。充分楽しんでこい」
「楽しそうなのはお前だけだよ、誠一郎」
そう吐き捨て、友作は歩いていく。加奈も遅れてその後を追った。
良樹と足立里沙は遠巻きに二人が黒猫館の玄関に向かうのを見ていた。
先程黒猫が出てきたドアの隙間を少し大きくし、友作が懐中電灯で中を照らす。大丈夫そうだという意思表示なのか、一度こちらを振り返ってから、ドアを開け、中に入っていった。
ただ、加奈が入った後で、風でも吹いたのだろうか。自然とドアが閉じた。
中から「ひゃあ」と加奈の叫び声らしきものが響いたが、その一声だけだったので、特に問題はなかったのだろう。
「なあ」
ストップウォッチをぼんやりと見つめている誠一郎の隣まで行き、良樹は声を掛ける。
「僕には安斉の目的がよく分からないよ」
「目的? 肝試しをしたいだけさ」
「君には黒電話で話したい誰かがいるんじゃないのか」
噂話を真に受けてはいないだろう。ただ、完全に嘘とも思っていないのではないだろうか。そうとでも考えないと、誠一郎がここまでこの黒猫館に固執する理由が分からない。
「黒井はあの世というものの存在を、信じているか?」
「いや。どちらかといえば否定派だよ」
「だろうな。俺もそうだ。ただ、あってもいいんじゃないかとは思っている」
その意図が分からず、良樹は誠一郎の顔をまじまじと見た。
「誰だってさ、もう二度と手が握れないと思った人間とまた触れ合えるかも知れない、と分かったら、自分の寿命の何年かを浪費してもいいと、そう思うこともあるだろう」
そういう相手が、彼にはいるのだろう。話してみたい人というお題に対して祖母としか浮かばなかった良樹からすると、それはどこか羨ましく、また誠一郎という男が歩いてきた人生は普段彼の自信に満ち溢れた姿と同じく、しっかりと中身が詰まった濃いものなのだろうな、という嫉妬が生まれた。
そしてそういう男性だからこそ、美雪も惹かれているのだろうなと。
十分ほどで友作と加奈の二人は戻ってきた。
「簡単だったわ」
怯えながら入っていった時とはまるで違う、大口開けて笑っている普段の友作の調子でそう言うと、撮影してきたポラロイドの写真を振って見せた。
そこには確かにテーブルの上に置かれた黒電話を持ち上げている友作の姿が写っている。場所はどこだろう。後ろに暖炉のようなものが見える。その上に何かの獣の頭部の剥製が飾られ、周囲の壁には薄汚れた絵画が掛かっていた。
「誰かと話せた?」
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「あれ、やっぱ嘘だよ」
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