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第一章 「黒猫館と肝試し」
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外灯が一つもなく、道も舗装されていない。
日中に一度訪れたことがあるが、黒猫館までの雑木林は歩いているだけでもあまり居心地が良いとは言えない。加奈は友作の隣で何か物音がする度に「ひえぇ」と情けない声を上げては彼の腕に抱きついていた。彼女にとっては既に肝試しが始まっているのかも知れない。
そんな声に構わず、誠一郎は先頭をどんどん歩いていく。その後を追いかけるように美雪が歩いているが、二人の距離はどんどん開いてしまう。
そんな様子を最後尾から良樹は見守っていた。
その少し前を、足立里沙が歩いている。彼女は時折良樹の方を振り返ったが、目線を合わせたり、何か表情で合図をしたり、といったことはない。もっと背後の闇を見つめているように良樹には感じられたが、それについて質問をすることはなかった。
三十分ほど歩くと、ようやく視界が少し開ける。満月には随分足りない中途半端な月が、それでも僅かばかりその建物を照らしてくれていた。
黒猫館。
噴水のある前庭の奥に、三階建てのレンガ造りのそれがある。陽の光の下では真っ白な外観のはずなのに、今はその建物の表面が漆黒に濡れているように見えた。
それは良樹だけではなかったようで、誠一郎も懐中電灯をその入口に向けたまま固まっている。加奈は声を出さずに友作の左腕をぎゅっと抱き締め、友作は顔色が赤から青へと変化していた。美雪は不安そうな表情で誠一郎の背中を見つめていたし、足立里沙は何を考え込んでいるのか、目を細くしてその建物を睨んでいた。
誠一郎のライトによって照らされたキャノピーに覆われた入口のドアは両開きになっていて、その片方が少しだけ開いていた。そこから一匹の猫が、飛び出てくる。毛並みは全身黒で、まるで影そのものが動いているように見えた。
「きゃあっ!」
悲鳴は加奈のものだった。
「だ、大丈夫だって。ただの猫だよ」
友作が笑い声を上げたが、作り笑いで、それも震えている。
「本当に、やるんだよね?」
良樹はその空気を感じ取り、わざわざ言葉にした。事前に美雪から反対の意思があることを聞いていなかったらその発言はなかっただろう。
「黒井。怖いのか?」
「そうじゃないけど、ただ」
「ただ?」
「やっぱり勝手に入るのはやめた方がいいんじゃないかと」
誠一郎は良樹の顔を懐中電灯で照らした。
「何だよ」
「怖いのなら、ここで待っていればいいさ。無理強いはしない。ただ、俺は中に入ることをやめるつもりはない。それだけだ」
彼はライトを足元に向ける。そこには菓子の袋やジュースや酒の空き缶が転がっていた。他に花火の燃え残りもある。自分たちだけではない。そう言いたいのだろうか。
誠一郎はそのライトでそれぞれの顔を舐めるように照らしてから、改めて言った。
「みんなも本当に嫌ならやめていいからな。俺の遊びにいつまでも付き合う必要はないんだ。今日はもう解散でもいい」
「けど、安斉は行くんだろう?」
友作も何かを感じ取ったらしい。声を掛ける。
「ああ。そう決めたからな」
「じゃあ、付き合うわ」
「あたしも、別に一人で入る訳じゃないし」
友作と加奈は二人で手を繋いで、誠一郎の傍へと移動する。
美雪は一度だけ良樹を見たが、小さく「ごめん」と口にし、誠一郎の隣にに向かう。
残されたのは良樹と足立里沙だったが、こうなると行かないという選択肢はない。
結局六人、事前に決めていたペアで、肝試しをする運びになった。
日中に一度訪れたことがあるが、黒猫館までの雑木林は歩いているだけでもあまり居心地が良いとは言えない。加奈は友作の隣で何か物音がする度に「ひえぇ」と情けない声を上げては彼の腕に抱きついていた。彼女にとっては既に肝試しが始まっているのかも知れない。
そんな声に構わず、誠一郎は先頭をどんどん歩いていく。その後を追いかけるように美雪が歩いているが、二人の距離はどんどん開いてしまう。
そんな様子を最後尾から良樹は見守っていた。
その少し前を、足立里沙が歩いている。彼女は時折良樹の方を振り返ったが、目線を合わせたり、何か表情で合図をしたり、といったことはない。もっと背後の闇を見つめているように良樹には感じられたが、それについて質問をすることはなかった。
三十分ほど歩くと、ようやく視界が少し開ける。満月には随分足りない中途半端な月が、それでも僅かばかりその建物を照らしてくれていた。
黒猫館。
噴水のある前庭の奥に、三階建てのレンガ造りのそれがある。陽の光の下では真っ白な外観のはずなのに、今はその建物の表面が漆黒に濡れているように見えた。
それは良樹だけではなかったようで、誠一郎も懐中電灯をその入口に向けたまま固まっている。加奈は声を出さずに友作の左腕をぎゅっと抱き締め、友作は顔色が赤から青へと変化していた。美雪は不安そうな表情で誠一郎の背中を見つめていたし、足立里沙は何を考え込んでいるのか、目を細くしてその建物を睨んでいた。
誠一郎のライトによって照らされたキャノピーに覆われた入口のドアは両開きになっていて、その片方が少しだけ開いていた。そこから一匹の猫が、飛び出てくる。毛並みは全身黒で、まるで影そのものが動いているように見えた。
「きゃあっ!」
悲鳴は加奈のものだった。
「だ、大丈夫だって。ただの猫だよ」
友作が笑い声を上げたが、作り笑いで、それも震えている。
「本当に、やるんだよね?」
良樹はその空気を感じ取り、わざわざ言葉にした。事前に美雪から反対の意思があることを聞いていなかったらその発言はなかっただろう。
「黒井。怖いのか?」
「そうじゃないけど、ただ」
「ただ?」
「やっぱり勝手に入るのはやめた方がいいんじゃないかと」
誠一郎は良樹の顔を懐中電灯で照らした。
「何だよ」
「怖いのなら、ここで待っていればいいさ。無理強いはしない。ただ、俺は中に入ることをやめるつもりはない。それだけだ」
彼はライトを足元に向ける。そこには菓子の袋やジュースや酒の空き缶が転がっていた。他に花火の燃え残りもある。自分たちだけではない。そう言いたいのだろうか。
誠一郎はそのライトでそれぞれの顔を舐めるように照らしてから、改めて言った。
「みんなも本当に嫌ならやめていいからな。俺の遊びにいつまでも付き合う必要はないんだ。今日はもう解散でもいい」
「けど、安斉は行くんだろう?」
友作も何かを感じ取ったらしい。声を掛ける。
「ああ。そう決めたからな」
「じゃあ、付き合うわ」
「あたしも、別に一人で入る訳じゃないし」
友作と加奈は二人で手を繋いで、誠一郎の傍へと移動する。
美雪は一度だけ良樹を見たが、小さく「ごめん」と口にし、誠一郎の隣にに向かう。
残されたのは良樹と足立里沙だったが、こうなると行かないという選択肢はない。
結局六人、事前に決めていたペアで、肝試しをする運びになった。
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