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1巻
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第一章
……あ、もうこんな時間か。
最近の出来事を知らないのは困るだろうし、何より退屈だろうという事で、山積みの新聞と上条さんが貸してくれたパソコンでここ一年間のニュースや流行り廃りを眺めていたら、結構遅い時間になってしまった。なんなら日付が変わっている。
政府の偉い人の汚職、外国の選挙結果、芸能人の結婚、近くに動物園がオープンしていたこととか、一年もあれば色々な出来事が起こるらしい。
つい夢中になってずっと同じ姿勢でパソコンの画面を眺めていたからか肩の辺りが凝ってしまったので、私は立ち上がって大きく伸びをした。目も疲れてきたし、そろそろ寝ようかな。
電気を消そうと照明のスイッチを探す。右手の壁にあったので、それを押して部屋を真っ暗にした時だった。
急に背筋が冷たくなって、心臓がドンッと飛び上がるように脈打った。
心臓がおかしくなってしまったからなのか、呼吸まで浅くなって指先も細かく震え始める。
どうして、怖い。狭い、怖い、助けて、怖い、怖い、暗い……
喉元に何かが込み上げてくる。
これはまずい、そう感じた私は咄嗟に照明のスイッチを拳で叩いた。
数回の点滅の後、柔らかな光が部屋を包む。
深呼吸を何度か繰り返すと、少しずつ動悸は治まっていった。
私はよろよろと布団の上に倒れ込む。
そのまましばらく照明を見上げて、まだ僅かに先程の余韻を残す心音を聞いていた。
いったい、なんだったんだろう。
先ほどの私は明らかにおかしかった。あの感覚を思い出すだけでも冷たいナイフを首筋に押し当てられたようにゾクリとする。
電気を消したからだろうか。というよりは、電気を消して真っ暗になったから、暗闇が怖い……から?
どうしてだろう。私は普段から寝る時は常夜灯も付けずに真っ暗にして寝ている。子供の頃からそうだ。むしろ寝る時は真っ暗じゃないと眠れないくらいなのに。
消えてしまった記憶と何か関係があるのだろうか。
だとしたら……
私はゆっくりと立ち上がってスイッチの前に立った。
指先でスイッチに触れる。既に心臓は弾けそうなほど激しく脈打って、体の全細胞が止めろと言っている。でも、それじゃきっとなにも解決しない。
私はスイッチから目を逸らしつつ指先に力を込めた。パチッと音がして、視界が暗転する。
全身の毛穴が一気に開いたような感覚。冷たい稲妻が脳を撃った。
耐えきれずに私は再びスイッチを押した。
真っ暗だったのはほんの数秒のことだったと思う。それなのに冷や汗が頬を伝って、心臓が痛いほどに脈打っている。
私は大きく息を吐いて布団の上に座り込んだ。
まだ鳥肌が残っている。けど今ので確信した。私は暗闇が怖いんだ。
理由はさっぱりわからない。とにかく、怖い。
雷の音を聞いてなんとなく不安な気分になるのとは全然違う。とにかく怖い。身の毛がよだつ不安に全身が支配されて、無力になる。
目を閉じたときの暗闇すら恐ろしくて、私はただ自分の腕を撫でていることしかできなかった。
◆
どれくらいそうしていただろう。
心臓の音は徐々に落ち着いて、静かな部屋に時計の秒針が動く音だけが響いている。
何もしていないけれど身体は重く疲れていて、眠ってしまう事ができれば楽なのに、瞼の裏側にある暗闇がそれを阻んでいた。
「なんだ、まだ起きてたのか」
そのどこか嬉しそうな声に、私は畳の縁から顔を上げる。
けれどその声は私の顔を見てすぐに、不安げなものに変わった。
「梨枝子? どうした。顔、真っ青で震えてるぞ。寒いんだったら布団入れ」
上条さんは慌てた様子で早く布団に入るよう勧める。寒い、というのは事実なので、私はもぞもぞと布団に包まった。
「温かいもんでも飲むか? 湯たんぽとかいるんなら用意させるが」
「大丈夫、です」
「どこが大丈夫だ。医者呼ぶか」
「お、お医者さん呼ぶほどじゃ……」
「なんかあってからじゃ遅いだろ」
お腹が痛いとかそういうものだったらお医者さんでいいだろうけど、これはお医者さんを呼べばどうにかなるものじゃない。
「ちょっと眠れなくて。ニュースとか一気に見過ぎたんですよ」
「ならいいが、無理するなよ」
「はい。すみません……」
心配をかけてしまった。上条さんはこんな時間なのにまだスーツだから、きっと忙しいんだろう。
一晩くらい寝なくてもなんとかなるし、なんなら眠くなれば自然に眠れるかもしれない。
「目が冴えちゃってるだけです、たぶん」
気を張りすぎているのかもしれない。暗いっていうちょっとした不安に、過剰に身体が反応しているのかも。
上条さんはゆっくり息を吐いた。
「寝るなら電気消すか?」
「……っ、ダメっ!」
思わず叫んでしまった。上条さんはぎょっとした顔で私を見る。
「ど、どうした?」
私はハッと我に返って慌てて謝った。
「す、すみません。暗いとその……不安みたいで、明るいままで寝ますから」
「寝る時は全部消してただろ? その方がよく寝れるからって」
「それは……寝る時は真っ暗の方が落ち着く、はずなんですけど……今は疲れてる?ので……」
どうしたものか。常夜灯なら大丈夫かな……? いや、ダメだ。暗くなると考えるだけで身体が強張って、心臓だけが激しく動く。
上条さんは固く布団を握る私の手に自身の手を重ねた。手の甲に触れる冷たい体温が心地良い。
「暗いのが怖いのか?」
「まだ寝る気分じゃないというか、もう少し新聞読もうか、な。なんて……」
暗い色の瞳が真っ直ぐ私を見ている。
この人に、会ったばかりの上条さんに今以上に余計な心配をかけたくない。
そう思ってなんとか誤魔化そうとしたけれど、あっさりと見抜かれて観念した私は短く頷いた。
「ちょっと不安で。でも、真っ暗じゃないと絶対寝れないってわけじゃないです。お昼寝したりもしますし。横になっていれば自然と眠くなりますよ。大丈夫です」
学生時代にカラオケでオールなんてした翌朝なんて、自宅に帰って横になれば下がたとえ床でも、そのまま夕方まで寝たりしてた。
だから限界を迎えたら勝手に眠くなって、寝る。はず。
「こんな状態で大丈夫なんて言われても、俺がよくねぇよ。とりあえず飲むもの持ってこさせるから、それ飲んで落ち着け」
子どもをあやすように上条さんは私の頭を撫でる。
「その間に風呂行っとくか。なるべくすぐ戻って……梨枝子、どうした?」
不思議そうに上条さんが私を見下ろす。
私は立ち上がろうとして離れた上条さんの手を掴んで引き留めていた。なぜこんなことをしているのか、不安だからなのか、寂しいからなのか、自分でもわからない。
「梨枝子……」
上条さんは逡巡するような表情を見せた。けれどそれはほんの数秒の間で、気づけば私の背は敷き布団に縫い留められて、すぐ目の前にモデルのように整った上条さんの顔があった。
「こんな状態だから我慢しねぇとと思ってたが……無理そうだ」
そう囁く掠れた声が、耳元にかかった髪を揺らす。
私がその言葉の意味を理解できないでいる間に、上条さんは私の上に覆い被さった。
「ふっ……んっ!」
息ができない。唇を塞がれたからだと気付いても、両手を押さえ付けられていて抵抗できなかった。
唇の間から差し込まれた柔らかな舌が、上顎、奥歯、犬歯、舌の裏側……触れられる部分全てを蹂躙する。
重ねられた唇では呼吸もままならなくて、時折唇を離されるたびに息を吸うけど、私が呼吸するとすぐにまた塞がれてしまう。
それを何度も繰り返される。
ようやく解放された時には唇がじんじん痺れて息も上がっていた。
「いい顔だ、梨枝子」
酸素が足りていないクラクラする頭は私の視界も霞ませる。
「久々に見るな、梨枝子のその顔。初めて抱いた時を思い出す」
「え、私……」
彼氏の雄吾とすらまだそこまで至ってないのに? まあ、結婚前提の男女交際ならそういうことはするかもしれないけど……え⁉ この人と、しちゃったの?
「これじゃ足りねぇか。いや、足りねぇな。俺も」
混乱のあまり焦点の合わない目で見上げると、上条さんは慣れた手付きでネクタイを緩めてスーツの1番上のボタンを外した。
「忘れたなら何回でも一から教える。安心しろ、梨枝子のコトは全部知ってるからな」
そう言って艶っぽく微笑んだ上条さんは片手で私の両腕を押さえ付けると、空いた手でスルリとネクタイを外す。そして贈り物にリボンをつけるような気軽さで、それを私の両手首に巻き付けた。
「念のため最初はこうしとくか。あんまり動くと危ないだろ?」
拘束されたんだと脳が理解したときにはもう遅かった。
上条さんは安心させるように優しく啄むような口付けを落としながら、浴衣の間から胸元に手を這わせる。
「まって……そんなとこ、触っちゃ……!」
胸の膨らみを確かめているのか、上条さんの手が柔く私の胸を掴んでは離すを繰り返す。
「大丈夫だ。痛いことはしねぇよ」
上条さんは諭すように耳元で囁く。そのまま生温かく柔らかいものが耳に触れた。
それが離れると、そこが空気に触れてヒヤリと冷える。温かい感触と冷えとが交互に繰り返されて、私はわけも分からず溢れそうになる悲鳴を押し殺していた。
「……っ!」
「相変わらず耳が弱いな」
舌をちらりと出しながら上条さんは揶揄うように言った。
「まあ、梨枝子は全部弱いけどな。いや、弱くなったのか」
喉の奥で短く笑った上条さんは、呆然と虚空を眺めている私の浴衣の合わせをこじ開けて、次は下着の間から直接肌に触れた。
冷たい指先が沈み込んで、胸が形を変える。
指と指の間に頂を挟み込み、小さく円を描くように動かされるたびに、内側から心を揺さぶる何かが迫り上がってきた。
「やっ……! まって……」
上条さんの手を払い除けようにも、両手は頭の上で拘束されていてびくともしない。
加えて胴体も上条さんの身体で押さえ付けられていて、身体を起こすこともできなかった。
「逃がさねぇよ」
硬いものが下腹部に押しつけられる。ズボン越しでもわかる膨らみは、今にもはち切れそうだった。
背筋に冷たいものが走る。
「安心しろ。いきなりはしねぇ」
そう言って上条さんは身を起こす。猛烈に嫌な予感がした。
上条さんは逃げようと身を捩った私の脚を掴んで広げさせると、その間に腰を下ろした。
「浴衣はちゃんと着ろ。すぐ崩れるだろ」
その言葉通り、私の身を包んでいたはずの浴衣はただの布と化して、帯だけがお腹の辺りに乗っていた。
これからどういうことが行われるのかを知らしめるように、上条さんは膨らみをショーツに越しに擦り付ける。
「やあっ! かみ、じょうさんっ……! だめっ!」
ごつごつした感触があまりにも衝撃的すぎて、私は抵抗できないままただ感じていることしかできなかった。
その間にも、その膨らみは膨張して存在を増していく。
「痛いことはしねぇよ」
「だ、だって、恥ずかしいし、わからないから……」
「そうか? 身体はわかってるみてぇだけどな」
そう言って上条さんは胸の頂に手を伸ばす。固くなったそれを指先で弄び、口に含んだ。
乾いた唇がその周りの皮膚を刺激する。
「んんっ……!」
「声、抑える必要はねぇぞ。俺は梨枝子が感じる声が聞きたい」
上条さんはショーツの上から指の関節で秘所をなぞった。
そのままスルリと内側に入り込んだ指先が花芯を突く。
触れられた瞬間、電撃が下腹部から脳に走って、私の口から甘く湿った声が漏れる。
「やっぱ梨枝子の声はいいな」
上条さんはビクリと跳ねる身体を押さえつけて恍惚とした笑みを浮かべ、花芯を弾いた。
「んっ……」
一瞬、視界の端に星が飛んだ。唇を閉ざしてなんとか堪えたけど、何度も攻められて意識が遠のくたびに、どんどん緩んでいく。
「そうして意地張ってる梨枝子も悪くねぇが、快楽に身を任せた方が早く楽になるぞ?」
「これ以上は、おかしくなっちゃうから……んあっ!」
「おかしくなる? いいな、それ。そのまま堕ちて眠れ、梨枝子」
頭の中で「ぐちゃり」と、なんとも卑猥な音が響いた。
上条さんの指が私の内側に入り込んで、壁を撫でている。
指の先が自分でも触れたことがない奥深くを突いて、その瞬間に私の中で何かが弾けた。
「んんっ!ひゃうっ!」
なんの意味もないただの音が次々に口から漏れていく。上条さんは何かを確かめるように指先でぐるりと内側に円を描き、やがてなんの前触れもなしに沈める指を二本に増やした。
「ンあっ……!」
入り口を広げるように二本の指の間を開け、さらにもう一本をその二本の上に重ねるように滑り込ませる。
「もう十分だろ。まあ、指の前から十分すぎるくらい濡れてたけどな」
上条さんは抜きさった指先にまとわりついた蜜が糸を引く様を眺め、意地悪く微笑んだ。
そんな表情を、色っぽいなんて思ってしまった私の頭は、もうだめなのかもしれない。
ヤクザにこんな風に抱かれる日が来るなんて、誰が想像するだろうか。あまりにも非日常的で扇情的なその光景に、私は見惚れてしまう。
「こんな短い時間で、随分といい顔するようになったな。何か思い出したか?」
嬉しそうな上条さんの声でさえ、私のお腹の底を震わせる。
そんな中、カチャリという金属音が私を現実に呼び戻した。
上条さんが正面をくつろげて、その欲望を露わにした。
そそり立つ大きな赤黒いものは、本当に人間の身体の一部なのかと疑いたくなる。
あれが今から……? 指が入ったからって、あんなものが入るとは到底思えない。いや、入るわけない。
その結論を出した時には、もう遅かった。
「欲しかっただろ?」
上条さんはそう言って入り口に先端を押し当てる。そのまま軽く挿し込まれた瞬間、入り口が広がるのがわかった。
「ひっ……」
熱く硬いものが内側に入ってくる。
内壁と擦れるたびに私の身体は電気に打たれた魚みたいに跳ねて、湿った声が明るい和室に響いた。
上条さんは小刻みに腰を揺すりながら私の脚を引いて、奥へ奥へと自身のものを沈めていく。
「あっ! んん! だめ、ぬいて……」
私と上条さんの間はまだ離れている。それだけ上条さんのものにはまだ余裕があるということだ。
一方で私の身体はもう限界だった。これ以上続けられたら、パンっと風船みたいに弾けてしまう。そんな気がした。
「怖がらなくても、これまでずっとできてたから大丈夫だ。力み過ぎだろ」
上条さんは自身のもので押し広げて露わにした花芯を爪先で軽く掻いた。
短い悲鳴が漏れた直後、再び高く甘い嬌声が響く。
「な? ちゃんとできるだろ」
私の内側に、上条さんのものが収まっていた。
けれどそれは例えるなら、子供用の靴下に大人が足を入れたようなものだ。すぐに破けてしまう。
「わ、わかりましたから、抜いて……」
抑えきれない熱が、私自身の内側からも溢れて止まらない。
首を小さく横に振って私は懇願する。これ以上は、壊れてしまう。
身を捩って逃れようとしたけれど、両手の自由は奪われている上、両脚も上条さんに掴まれているせいで、ほんの僅かに後退することすら叶わない。
「思い出せ、なくて、ごめんなさい。謝りますからっ……!」
そう言った瞬間、上条さんはずるりと自身のものを引き抜いた。解放されるのか、そう思ったのも束の間、すぐにまた奥へと、次は一気に押し込まれる。
私は声にならない悲鳴をあげた。
「言ったろ、梨枝子は何も悪くない。忘れても何回でも一から教えてやる」
上条さんは私の下腹部を優しく撫でた。
その真下に、この人のものがある。それを克明に感じさせる仕草だった。
「忘れるんならその度に何回でも刻み込めばいい。まずは簡単に、自分は誰のモノなのか言ってみろ」
上条さんは私の中に押し込んだもの、その存在を知らしめるかのように腰を揺らして奥へと挿し込んだ。
「記憶失くす前はちゃんと言えてただろ? 梨枝子」
「……わか、らない。なにも……んっ‼」
「わからないわけねぇだろ。本当になんも感じねぇか?足りねぇならもっと激しくするが?」
「こ、これ以上は……ンンッ!」
私の言葉を遮ろうとするように上条さんは腰を揺すった。
内側で擦れ合うたびに脳が痺れて、肌と肌がぶつかるたびに蜜が溢れる。どんどん粘度が増して卑猥になる音が耳を犯した。
この音を、私は知っている。
『おかしくなれ、梨枝子』
同時に響く低い声は、どこから聞こえてくるのだろう。
「あっ! いやっ! もう、もうやめて、志弦さん!」
わけも分からず私は叫んだ。すると、上条さんはぴたりと動きを止める。
「ど……どう、したんですか?」
「いや……存外、身体は覚えてるもんだな」
覚えてる……? こんな、強烈な感覚を?
荒く息を吐きながら上条さんを見上げた。上条さんも僅かに息が上がっているのか、ゆっくり肩を上下させている。
「上条さんとこんな、ことしてたら、忘れ……んんっ!」
忘れるわけがない、私がそう言い切る前に、上条さんは抱えていた私の両脚を力任せに引いて、自身のものをさらに深く沈めさせた。
奥に触れたそれは、内側をこじ開けてようやく止まる。
あまりの衝撃に、私の頭はしばらく真っ白に染まった。
その間、私の口からは高く甘い音が切れ切れに漏れ続けて、痺れるような疼きが身体中を駆け巡る。
「ひっ……あっ、ああっ……!」
「もう忘れるなよ、梨枝子」
ヒクヒクと痙攣している身体を見下ろして、上条さんは満足気に微笑んだ。
◆
あの後、私は何度貫かれただろうか。
数えるのはとっくに億劫になったというのに、上条さんはまだ攻める手を緩めてくれない。
すっかりぐずぐずになった私の腰を引き上げて、背後からの抽送を繰り返される。
「あっ! んんっ!」
喉は枯れて、掠れた嬌声が漏れる。
それとは裏腹に、互いの体液で潤った秘所は水音を立て続けた。
「……ッ!」
やがて上条さんの身体が震えて、私の腰を支えていた力がなくなった。
そして内側を支配していたものがずるりと抜けて、私の身体は嵐の後のように波打ったシーツの海に倒れ込んだ。
荒れた呼吸がおさまらない。身体に刻み付けられた熱がジリジリと肌を焼くように燻っている。
上条さんは片腕で上半身を支えるように布団の上に座って、私を見下ろしていた。
「……決めた、梨枝子。俺は今日から毎日、お前を抱く」
「へ?」
幻聴、だろうか。幻聴だと思いたい。
けれど上条さんは不敵な笑みを浮かべて、さらに口を開く。
「大丈夫だ。無理な日は言えば無理強いはしねぇ。ちゃんと配慮もする」
……いや、気にしてるのはそういうことではなくて。いや、気にはするけど、今はそれじゃない。
「どうして、毎日も、されたら私……」
こんなことを毎日されたら壊れてしまう。肉体的に……もそうだけど、精神的にも。
この行為が私にもたらしたのは、ひとりの人間の許容量を超えた快楽だ。甘い物は美味しいけど、甘すぎるものはかえって苦痛になる。甘いことしかわからなくなってしまう。
「いや、です。何も、わからなくなっちゃう……」
「いいんだよ。それで。トラウマもひっくるめて全部忘れて、俺のモンになれ、梨枝子」
上条さんはうつ伏せになった私の身体の上に覆い被さると、首筋に歯を立てた。
皮膚に食い込んだ痛みは僅かなものだったけど、上条さんは執拗に甘噛みを繰り返す。それは首筋だけには留まらず、首筋から肩、腕、そして耳。見えないけれど噛まれた場所は熱を帯び、その度に上条さんに支配されていく気がした。
◆
目を覚ましたとき、外はすっかり明るくて、壁の時計は十時を回っていた。
上条さんは上半身をひと通り噛み終えてから部屋を出ていき、襖が閉じた音を最後に、私は意識を失うようにして眠りに落ちた。暗いのが怖いとか思う余裕すらなく、身体が限界だったんだろう。
というか身体についてはまだ限界だ。
脚の付け根、肩、首と、身体の節々が痛くて起き上がることすらままならない。加えて喉がカラカラで、息を吸った瞬間に咳き込んだものだから、その振動と息苦しさで余計に起きづらい。
なんとか起き上がって布団を捲ると、そこには昨夜の行為の痕がまざまざと残っていた。
塩が浮いているように白っぽく乾いた肌、噛み痕、乱れて湿ったシーツ。そして、上半身を起こした拍子に脚の間から溢れた液体。
全身にまとわり付いた昨夜の行為の余韻が、これが現実だと主張してくる。けれど今はとにかくあれは夢だったんだと思いたい。
……あ、もうこんな時間か。
最近の出来事を知らないのは困るだろうし、何より退屈だろうという事で、山積みの新聞と上条さんが貸してくれたパソコンでここ一年間のニュースや流行り廃りを眺めていたら、結構遅い時間になってしまった。なんなら日付が変わっている。
政府の偉い人の汚職、外国の選挙結果、芸能人の結婚、近くに動物園がオープンしていたこととか、一年もあれば色々な出来事が起こるらしい。
つい夢中になってずっと同じ姿勢でパソコンの画面を眺めていたからか肩の辺りが凝ってしまったので、私は立ち上がって大きく伸びをした。目も疲れてきたし、そろそろ寝ようかな。
電気を消そうと照明のスイッチを探す。右手の壁にあったので、それを押して部屋を真っ暗にした時だった。
急に背筋が冷たくなって、心臓がドンッと飛び上がるように脈打った。
心臓がおかしくなってしまったからなのか、呼吸まで浅くなって指先も細かく震え始める。
どうして、怖い。狭い、怖い、助けて、怖い、怖い、暗い……
喉元に何かが込み上げてくる。
これはまずい、そう感じた私は咄嗟に照明のスイッチを拳で叩いた。
数回の点滅の後、柔らかな光が部屋を包む。
深呼吸を何度か繰り返すと、少しずつ動悸は治まっていった。
私はよろよろと布団の上に倒れ込む。
そのまましばらく照明を見上げて、まだ僅かに先程の余韻を残す心音を聞いていた。
いったい、なんだったんだろう。
先ほどの私は明らかにおかしかった。あの感覚を思い出すだけでも冷たいナイフを首筋に押し当てられたようにゾクリとする。
電気を消したからだろうか。というよりは、電気を消して真っ暗になったから、暗闇が怖い……から?
どうしてだろう。私は普段から寝る時は常夜灯も付けずに真っ暗にして寝ている。子供の頃からそうだ。むしろ寝る時は真っ暗じゃないと眠れないくらいなのに。
消えてしまった記憶と何か関係があるのだろうか。
だとしたら……
私はゆっくりと立ち上がってスイッチの前に立った。
指先でスイッチに触れる。既に心臓は弾けそうなほど激しく脈打って、体の全細胞が止めろと言っている。でも、それじゃきっとなにも解決しない。
私はスイッチから目を逸らしつつ指先に力を込めた。パチッと音がして、視界が暗転する。
全身の毛穴が一気に開いたような感覚。冷たい稲妻が脳を撃った。
耐えきれずに私は再びスイッチを押した。
真っ暗だったのはほんの数秒のことだったと思う。それなのに冷や汗が頬を伝って、心臓が痛いほどに脈打っている。
私は大きく息を吐いて布団の上に座り込んだ。
まだ鳥肌が残っている。けど今ので確信した。私は暗闇が怖いんだ。
理由はさっぱりわからない。とにかく、怖い。
雷の音を聞いてなんとなく不安な気分になるのとは全然違う。とにかく怖い。身の毛がよだつ不安に全身が支配されて、無力になる。
目を閉じたときの暗闇すら恐ろしくて、私はただ自分の腕を撫でていることしかできなかった。
◆
どれくらいそうしていただろう。
心臓の音は徐々に落ち着いて、静かな部屋に時計の秒針が動く音だけが響いている。
何もしていないけれど身体は重く疲れていて、眠ってしまう事ができれば楽なのに、瞼の裏側にある暗闇がそれを阻んでいた。
「なんだ、まだ起きてたのか」
そのどこか嬉しそうな声に、私は畳の縁から顔を上げる。
けれどその声は私の顔を見てすぐに、不安げなものに変わった。
「梨枝子? どうした。顔、真っ青で震えてるぞ。寒いんだったら布団入れ」
上条さんは慌てた様子で早く布団に入るよう勧める。寒い、というのは事実なので、私はもぞもぞと布団に包まった。
「温かいもんでも飲むか? 湯たんぽとかいるんなら用意させるが」
「大丈夫、です」
「どこが大丈夫だ。医者呼ぶか」
「お、お医者さん呼ぶほどじゃ……」
「なんかあってからじゃ遅いだろ」
お腹が痛いとかそういうものだったらお医者さんでいいだろうけど、これはお医者さんを呼べばどうにかなるものじゃない。
「ちょっと眠れなくて。ニュースとか一気に見過ぎたんですよ」
「ならいいが、無理するなよ」
「はい。すみません……」
心配をかけてしまった。上条さんはこんな時間なのにまだスーツだから、きっと忙しいんだろう。
一晩くらい寝なくてもなんとかなるし、なんなら眠くなれば自然に眠れるかもしれない。
「目が冴えちゃってるだけです、たぶん」
気を張りすぎているのかもしれない。暗いっていうちょっとした不安に、過剰に身体が反応しているのかも。
上条さんはゆっくり息を吐いた。
「寝るなら電気消すか?」
「……っ、ダメっ!」
思わず叫んでしまった。上条さんはぎょっとした顔で私を見る。
「ど、どうした?」
私はハッと我に返って慌てて謝った。
「す、すみません。暗いとその……不安みたいで、明るいままで寝ますから」
「寝る時は全部消してただろ? その方がよく寝れるからって」
「それは……寝る時は真っ暗の方が落ち着く、はずなんですけど……今は疲れてる?ので……」
どうしたものか。常夜灯なら大丈夫かな……? いや、ダメだ。暗くなると考えるだけで身体が強張って、心臓だけが激しく動く。
上条さんは固く布団を握る私の手に自身の手を重ねた。手の甲に触れる冷たい体温が心地良い。
「暗いのが怖いのか?」
「まだ寝る気分じゃないというか、もう少し新聞読もうか、な。なんて……」
暗い色の瞳が真っ直ぐ私を見ている。
この人に、会ったばかりの上条さんに今以上に余計な心配をかけたくない。
そう思ってなんとか誤魔化そうとしたけれど、あっさりと見抜かれて観念した私は短く頷いた。
「ちょっと不安で。でも、真っ暗じゃないと絶対寝れないってわけじゃないです。お昼寝したりもしますし。横になっていれば自然と眠くなりますよ。大丈夫です」
学生時代にカラオケでオールなんてした翌朝なんて、自宅に帰って横になれば下がたとえ床でも、そのまま夕方まで寝たりしてた。
だから限界を迎えたら勝手に眠くなって、寝る。はず。
「こんな状態で大丈夫なんて言われても、俺がよくねぇよ。とりあえず飲むもの持ってこさせるから、それ飲んで落ち着け」
子どもをあやすように上条さんは私の頭を撫でる。
「その間に風呂行っとくか。なるべくすぐ戻って……梨枝子、どうした?」
不思議そうに上条さんが私を見下ろす。
私は立ち上がろうとして離れた上条さんの手を掴んで引き留めていた。なぜこんなことをしているのか、不安だからなのか、寂しいからなのか、自分でもわからない。
「梨枝子……」
上条さんは逡巡するような表情を見せた。けれどそれはほんの数秒の間で、気づけば私の背は敷き布団に縫い留められて、すぐ目の前にモデルのように整った上条さんの顔があった。
「こんな状態だから我慢しねぇとと思ってたが……無理そうだ」
そう囁く掠れた声が、耳元にかかった髪を揺らす。
私がその言葉の意味を理解できないでいる間に、上条さんは私の上に覆い被さった。
「ふっ……んっ!」
息ができない。唇を塞がれたからだと気付いても、両手を押さえ付けられていて抵抗できなかった。
唇の間から差し込まれた柔らかな舌が、上顎、奥歯、犬歯、舌の裏側……触れられる部分全てを蹂躙する。
重ねられた唇では呼吸もままならなくて、時折唇を離されるたびに息を吸うけど、私が呼吸するとすぐにまた塞がれてしまう。
それを何度も繰り返される。
ようやく解放された時には唇がじんじん痺れて息も上がっていた。
「いい顔だ、梨枝子」
酸素が足りていないクラクラする頭は私の視界も霞ませる。
「久々に見るな、梨枝子のその顔。初めて抱いた時を思い出す」
「え、私……」
彼氏の雄吾とすらまだそこまで至ってないのに? まあ、結婚前提の男女交際ならそういうことはするかもしれないけど……え⁉ この人と、しちゃったの?
「これじゃ足りねぇか。いや、足りねぇな。俺も」
混乱のあまり焦点の合わない目で見上げると、上条さんは慣れた手付きでネクタイを緩めてスーツの1番上のボタンを外した。
「忘れたなら何回でも一から教える。安心しろ、梨枝子のコトは全部知ってるからな」
そう言って艶っぽく微笑んだ上条さんは片手で私の両腕を押さえ付けると、空いた手でスルリとネクタイを外す。そして贈り物にリボンをつけるような気軽さで、それを私の両手首に巻き付けた。
「念のため最初はこうしとくか。あんまり動くと危ないだろ?」
拘束されたんだと脳が理解したときにはもう遅かった。
上条さんは安心させるように優しく啄むような口付けを落としながら、浴衣の間から胸元に手を這わせる。
「まって……そんなとこ、触っちゃ……!」
胸の膨らみを確かめているのか、上条さんの手が柔く私の胸を掴んでは離すを繰り返す。
「大丈夫だ。痛いことはしねぇよ」
上条さんは諭すように耳元で囁く。そのまま生温かく柔らかいものが耳に触れた。
それが離れると、そこが空気に触れてヒヤリと冷える。温かい感触と冷えとが交互に繰り返されて、私はわけも分からず溢れそうになる悲鳴を押し殺していた。
「……っ!」
「相変わらず耳が弱いな」
舌をちらりと出しながら上条さんは揶揄うように言った。
「まあ、梨枝子は全部弱いけどな。いや、弱くなったのか」
喉の奥で短く笑った上条さんは、呆然と虚空を眺めている私の浴衣の合わせをこじ開けて、次は下着の間から直接肌に触れた。
冷たい指先が沈み込んで、胸が形を変える。
指と指の間に頂を挟み込み、小さく円を描くように動かされるたびに、内側から心を揺さぶる何かが迫り上がってきた。
「やっ……! まって……」
上条さんの手を払い除けようにも、両手は頭の上で拘束されていてびくともしない。
加えて胴体も上条さんの身体で押さえ付けられていて、身体を起こすこともできなかった。
「逃がさねぇよ」
硬いものが下腹部に押しつけられる。ズボン越しでもわかる膨らみは、今にもはち切れそうだった。
背筋に冷たいものが走る。
「安心しろ。いきなりはしねぇ」
そう言って上条さんは身を起こす。猛烈に嫌な予感がした。
上条さんは逃げようと身を捩った私の脚を掴んで広げさせると、その間に腰を下ろした。
「浴衣はちゃんと着ろ。すぐ崩れるだろ」
その言葉通り、私の身を包んでいたはずの浴衣はただの布と化して、帯だけがお腹の辺りに乗っていた。
これからどういうことが行われるのかを知らしめるように、上条さんは膨らみをショーツに越しに擦り付ける。
「やあっ! かみ、じょうさんっ……! だめっ!」
ごつごつした感触があまりにも衝撃的すぎて、私は抵抗できないままただ感じていることしかできなかった。
その間にも、その膨らみは膨張して存在を増していく。
「痛いことはしねぇよ」
「だ、だって、恥ずかしいし、わからないから……」
「そうか? 身体はわかってるみてぇだけどな」
そう言って上条さんは胸の頂に手を伸ばす。固くなったそれを指先で弄び、口に含んだ。
乾いた唇がその周りの皮膚を刺激する。
「んんっ……!」
「声、抑える必要はねぇぞ。俺は梨枝子が感じる声が聞きたい」
上条さんはショーツの上から指の関節で秘所をなぞった。
そのままスルリと内側に入り込んだ指先が花芯を突く。
触れられた瞬間、電撃が下腹部から脳に走って、私の口から甘く湿った声が漏れる。
「やっぱ梨枝子の声はいいな」
上条さんはビクリと跳ねる身体を押さえつけて恍惚とした笑みを浮かべ、花芯を弾いた。
「んっ……」
一瞬、視界の端に星が飛んだ。唇を閉ざしてなんとか堪えたけど、何度も攻められて意識が遠のくたびに、どんどん緩んでいく。
「そうして意地張ってる梨枝子も悪くねぇが、快楽に身を任せた方が早く楽になるぞ?」
「これ以上は、おかしくなっちゃうから……んあっ!」
「おかしくなる? いいな、それ。そのまま堕ちて眠れ、梨枝子」
頭の中で「ぐちゃり」と、なんとも卑猥な音が響いた。
上条さんの指が私の内側に入り込んで、壁を撫でている。
指の先が自分でも触れたことがない奥深くを突いて、その瞬間に私の中で何かが弾けた。
「んんっ!ひゃうっ!」
なんの意味もないただの音が次々に口から漏れていく。上条さんは何かを確かめるように指先でぐるりと内側に円を描き、やがてなんの前触れもなしに沈める指を二本に増やした。
「ンあっ……!」
入り口を広げるように二本の指の間を開け、さらにもう一本をその二本の上に重ねるように滑り込ませる。
「もう十分だろ。まあ、指の前から十分すぎるくらい濡れてたけどな」
上条さんは抜きさった指先にまとわりついた蜜が糸を引く様を眺め、意地悪く微笑んだ。
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そんな中、カチャリという金属音が私を現実に呼び戻した。
上条さんが正面をくつろげて、その欲望を露わにした。
そそり立つ大きな赤黒いものは、本当に人間の身体の一部なのかと疑いたくなる。
あれが今から……? 指が入ったからって、あんなものが入るとは到底思えない。いや、入るわけない。
その結論を出した時には、もう遅かった。
「欲しかっただろ?」
上条さんはそう言って入り口に先端を押し当てる。そのまま軽く挿し込まれた瞬間、入り口が広がるのがわかった。
「ひっ……」
熱く硬いものが内側に入ってくる。
内壁と擦れるたびに私の身体は電気に打たれた魚みたいに跳ねて、湿った声が明るい和室に響いた。
上条さんは小刻みに腰を揺すりながら私の脚を引いて、奥へ奥へと自身のものを沈めていく。
「あっ! んん! だめ、ぬいて……」
私と上条さんの間はまだ離れている。それだけ上条さんのものにはまだ余裕があるということだ。
一方で私の身体はもう限界だった。これ以上続けられたら、パンっと風船みたいに弾けてしまう。そんな気がした。
「怖がらなくても、これまでずっとできてたから大丈夫だ。力み過ぎだろ」
上条さんは自身のもので押し広げて露わにした花芯を爪先で軽く掻いた。
短い悲鳴が漏れた直後、再び高く甘い嬌声が響く。
「な? ちゃんとできるだろ」
私の内側に、上条さんのものが収まっていた。
けれどそれは例えるなら、子供用の靴下に大人が足を入れたようなものだ。すぐに破けてしまう。
「わ、わかりましたから、抜いて……」
抑えきれない熱が、私自身の内側からも溢れて止まらない。
首を小さく横に振って私は懇願する。これ以上は、壊れてしまう。
身を捩って逃れようとしたけれど、両手の自由は奪われている上、両脚も上条さんに掴まれているせいで、ほんの僅かに後退することすら叶わない。
「思い出せ、なくて、ごめんなさい。謝りますからっ……!」
そう言った瞬間、上条さんはずるりと自身のものを引き抜いた。解放されるのか、そう思ったのも束の間、すぐにまた奥へと、次は一気に押し込まれる。
私は声にならない悲鳴をあげた。
「言ったろ、梨枝子は何も悪くない。忘れても何回でも一から教えてやる」
上条さんは私の下腹部を優しく撫でた。
その真下に、この人のものがある。それを克明に感じさせる仕草だった。
「忘れるんならその度に何回でも刻み込めばいい。まずは簡単に、自分は誰のモノなのか言ってみろ」
上条さんは私の中に押し込んだもの、その存在を知らしめるかのように腰を揺らして奥へと挿し込んだ。
「記憶失くす前はちゃんと言えてただろ? 梨枝子」
「……わか、らない。なにも……んっ‼」
「わからないわけねぇだろ。本当になんも感じねぇか?足りねぇならもっと激しくするが?」
「こ、これ以上は……ンンッ!」
私の言葉を遮ろうとするように上条さんは腰を揺すった。
内側で擦れ合うたびに脳が痺れて、肌と肌がぶつかるたびに蜜が溢れる。どんどん粘度が増して卑猥になる音が耳を犯した。
この音を、私は知っている。
『おかしくなれ、梨枝子』
同時に響く低い声は、どこから聞こえてくるのだろう。
「あっ! いやっ! もう、もうやめて、志弦さん!」
わけも分からず私は叫んだ。すると、上条さんはぴたりと動きを止める。
「ど……どう、したんですか?」
「いや……存外、身体は覚えてるもんだな」
覚えてる……? こんな、強烈な感覚を?
荒く息を吐きながら上条さんを見上げた。上条さんも僅かに息が上がっているのか、ゆっくり肩を上下させている。
「上条さんとこんな、ことしてたら、忘れ……んんっ!」
忘れるわけがない、私がそう言い切る前に、上条さんは抱えていた私の両脚を力任せに引いて、自身のものをさらに深く沈めさせた。
奥に触れたそれは、内側をこじ開けてようやく止まる。
あまりの衝撃に、私の頭はしばらく真っ白に染まった。
その間、私の口からは高く甘い音が切れ切れに漏れ続けて、痺れるような疼きが身体中を駆け巡る。
「ひっ……あっ、ああっ……!」
「もう忘れるなよ、梨枝子」
ヒクヒクと痙攣している身体を見下ろして、上条さんは満足気に微笑んだ。
◆
あの後、私は何度貫かれただろうか。
数えるのはとっくに億劫になったというのに、上条さんはまだ攻める手を緩めてくれない。
すっかりぐずぐずになった私の腰を引き上げて、背後からの抽送を繰り返される。
「あっ! んんっ!」
喉は枯れて、掠れた嬌声が漏れる。
それとは裏腹に、互いの体液で潤った秘所は水音を立て続けた。
「……ッ!」
やがて上条さんの身体が震えて、私の腰を支えていた力がなくなった。
そして内側を支配していたものがずるりと抜けて、私の身体は嵐の後のように波打ったシーツの海に倒れ込んだ。
荒れた呼吸がおさまらない。身体に刻み付けられた熱がジリジリと肌を焼くように燻っている。
上条さんは片腕で上半身を支えるように布団の上に座って、私を見下ろしていた。
「……決めた、梨枝子。俺は今日から毎日、お前を抱く」
「へ?」
幻聴、だろうか。幻聴だと思いたい。
けれど上条さんは不敵な笑みを浮かべて、さらに口を開く。
「大丈夫だ。無理な日は言えば無理強いはしねぇ。ちゃんと配慮もする」
……いや、気にしてるのはそういうことではなくて。いや、気にはするけど、今はそれじゃない。
「どうして、毎日も、されたら私……」
こんなことを毎日されたら壊れてしまう。肉体的に……もそうだけど、精神的にも。
この行為が私にもたらしたのは、ひとりの人間の許容量を超えた快楽だ。甘い物は美味しいけど、甘すぎるものはかえって苦痛になる。甘いことしかわからなくなってしまう。
「いや、です。何も、わからなくなっちゃう……」
「いいんだよ。それで。トラウマもひっくるめて全部忘れて、俺のモンになれ、梨枝子」
上条さんはうつ伏せになった私の身体の上に覆い被さると、首筋に歯を立てた。
皮膚に食い込んだ痛みは僅かなものだったけど、上条さんは執拗に甘噛みを繰り返す。それは首筋だけには留まらず、首筋から肩、腕、そして耳。見えないけれど噛まれた場所は熱を帯び、その度に上条さんに支配されていく気がした。
◆
目を覚ましたとき、外はすっかり明るくて、壁の時計は十時を回っていた。
上条さんは上半身をひと通り噛み終えてから部屋を出ていき、襖が閉じた音を最後に、私は意識を失うようにして眠りに落ちた。暗いのが怖いとか思う余裕すらなく、身体が限界だったんだろう。
というか身体についてはまだ限界だ。
脚の付け根、肩、首と、身体の節々が痛くて起き上がることすらままならない。加えて喉がカラカラで、息を吸った瞬間に咳き込んだものだから、その振動と息苦しさで余計に起きづらい。
なんとか起き上がって布団を捲ると、そこには昨夜の行為の痕がまざまざと残っていた。
塩が浮いているように白っぽく乾いた肌、噛み痕、乱れて湿ったシーツ。そして、上半身を起こした拍子に脚の間から溢れた液体。
全身にまとわり付いた昨夜の行為の余韻が、これが現実だと主張してくる。けれど今はとにかくあれは夢だったんだと思いたい。
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