腐れヤクザの育成論〜私が育てました〜

古亜

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……とはいえ。

「全然出てこない」

深田さんにはああ言ったものの、いざ描くとなると話が思い浮かばない。続きについてはののかにも言われていたから、もう少しちゃんとしたエンディングとそれに至る経緯を考えたいんだけど……ノリと勢いで描いたからなぁ。
ちょっと休憩、とTmitterツミッターを開く。
他のサークルの新刊情報、公式によるコラボの告知、フォローしてる神絵師のイラストやqaxivの更新、猫が気持ちよさそうにマッサージされてる動画、ネタ画像、全く知らない人のなぜかバズってるつぶやきとそのツリー……はっ!
いつもそうだ。時間が溶ける。わかってるのに繰り返してしまう。人間とは愚かなものだ。特に私。
やれやれ、とTmitterを閉じる。数秒後、通知がきた。
このID……深田さんだ。
聞きたいことがあるから来てほしい。もしくは行く、という内容だった。
Tmitterで時間を溶かせるくらいには切羽詰まっていないので、OKしたらすぐに返事が来た。
1時間後に私の住んでるアパートの近くに車を停めてくださるらしい。
お風呂入っちゃう前でよかった。化粧をちょっと直して出かける用意だけ整えておく。何冊か本も持って行くか。
約束の時間までは……作業。こうやって制限時間がる方が人間頑張れる気がする。
……気がするだけで、何もアイデア浮かばなければ変わらないけど。
諦めて今度のイベントで出すサークル本の宣伝用の絵でも描こうかな。下書きだけして満足しちゃったんだよね。
黒の線で大体の構図が描いてあるだけの下書きを引っ張り出して画面に表示させて……時間までやるかぁ。
ペンを動かして大まかなラインを引いていたら、タイマーが鳴った。もう時間か。
描きかけの絵の保存だけして、鞄と荷物を持って外に出た。外階段を降りて駐車場に出ると、少し遠くに黒塗りの車が停まっていた。
私が近づいて行くと、後部座席のドアがひとりでに開いた。中には深田さんが。

「失礼しまーす」

中に乗り込むと同時に、運転席に座っていた榎木さんが外に出て、外からドアを閉めた。
黒塗りの車の中で待ち合わせ。なんか密会感がある。

「榎木は見張りだ。組の方でちょっと色々あったんだ」
「え、それ大丈夫なんですか。というか、私と会ってる場合ですか……?」

腐らせた元凶私ですが、組の問題とはさすがに関わりたくないです。

「組の問題に先生は巻き込まねぇよ。こっちの話だ」

ならいい……のかな?こうやって会うのも危ない気がするけど……でも、作品に関することなら放ってはおけない。私には深田さんを立派な腐男子に育てる責任がある。
……でも、この前会ってから2週間ぶりくらいかな。実際にお会いするのは。
その間は深田さんのTmitterのアカウントちらちら見てたけど、私以外の絵師さんをフォローしたりいいねしたりと、順調に成長?していらっしゃる気がするのですが……いや、でもこの深刻な表情は……
まさか、誰かに腐バレしたとか……?私みたいな特に失うもののないオタクならともかく、男の人でしかも深田さんの立場で腐男子ってバレるのはまずいんじゃないか?

「深田さん、無理にTmitterで追いかけたりしなくても、ゆっくりでいいと思いますよ。あんまり一気に色々取り込みすぎると……」
「この作品なんだが」

私の心配をよそに、深田さんはあるイラストが映し出されたスマホ画面を向ける。
えっと、これ原リバじゃなくて、別の作品のキャラだ。え、速攻でジャンル変えるような何かがあったんですか?地雷でも踏みました?

「これ、画家の迷える羊たちストレイシープのゴホとゴーキンですよね」

これまた人気作品、著名な画家をモチーフにしたバトル漫画だ。深田さんが見ているイラストはその作品の中で屈指の人気を誇るカップリングだ。
頭脳派のゴホと肉体派のゴーキン、この2人は喧嘩が多いながらも揃うと敵無しの2人組。例に漏れず私も好きなカプで、過去に何枚かイラストを描いてる。
……というか深田さん、いつのまに画家ストなんて履修したんですか。取り込むペース早すぎませんか大丈夫ですか?特に画家ストなんて展開読めなさすぎて読了後に情緒が迷子になる人続出するのに。

「先生のイラストの中にあったから気になったんだよ」

それはそれは、知らない間に布教が終わってた。もしや私好みの作品勧めまくったら、深田さん全てに沼ってくださるのでは。

「原作も読んで、ゴホとゴーキンが人気なのは理解した。でもな、納得できねぇんだよ」
「納得……ですか?」

ゴホ×ゴーが人気なのはわかるのに、納得できない?明晰な頭脳でゴーキンを振り回すゴホ。文句を言いながらもゴホの言うことならと信じて戦うゴーキン。ここにあるのは互いへの信頼、友情。カップリングするなと言う方が無理な話だ。

「ああ。BLこういうの読んでくうちに気付いたんだが、男同士でも上下っつうか、男役と女役ってのがあるだろ?攻めと受け、だっけか」
「ありますね。BLにおいて非常に重要な、時には戦争が起こるほどの……あ、まさか」

画家スト不動の人気カプであるゴホとゴーキン。彼らのカップリングは圧倒的にゴホ×ゴーが多く、ゴー×ゴホは少数派マイナーだ。
ゴホ×ゴーが人気すぎる上、他のキャラ達のカップリングもそれぞれかなり人気があるため、画家スト界隈では人気の組み合わせであるはずの2人であっても埋もれてしまっているのだ。逆だというだけで。

「腕っ節ある方が攻めじゃねぇのか?飄々としてる奴が逆らえない状況に置かれる方がいいだろ」

どちらかと言えば私もゴホ×ゴー派なんだけど、これに関してはリバもいけるので深田さんの気持ちが全くわからないということはない。

「えーっと、確認なんですけど、逆だと見てられないレベルですか」
「絵柄がいいから目は受け入れても脳が拒否する」
「わかる」

思わずタメ口で返してしまった。
さすがにヤバいか、と不安になったけど、深田さんはそれどころじゃない雰囲気だったのでスルーされた。

「頼み込んだら変えてくれねぇかな」

そう言って深田さんは深いため息をついてその神絵師のプロフ画面を見る。その目が怖い。目に光がないんですが、頼み込むってどういう想定してます!?
そういえばこの人、見つけやすかったとはいえ私のこと特定してきたな。その気になればたぶん……
顔も知らぬ神絵師さんの部屋にゴッツイ男が雪崩れ込む様を一瞬想像してしまった。私が彼女(もしかすると彼)を守らねば!

「それはやっちゃダメです!」
「殴り込んだりはしねぇよ。平和的に依頼するだけだ」

いや、上か下か論争の時点で既に平和的じゃないんですよ。あと深田さんが行ったら依頼じゃなくて脅しになりますって(経験談)。

「逆に問いますが、深田さんお金積まれたらゴー受けを認めます?」
「……金で解決できる問題じゃねぇな」

よかった!私戦争を未然に防いだよ!誰か褒めて!
深田さんは渋々ながらも納得してくださり、そっとその神絵師をブロックしていた。ちょっと切ない。

「まあ二次創作なので解釈が分かれるのは仕方ないですよ。私もこの解釈はありえないとか言われたことありますし」
「先生の解釈が間違いな訳ねぇだろ」
「いや、それがですね……」

流れで判明してるけど、私はどちらかといえばゴホ×ゴーメジャー派閥の人間だ。深田さんとは解釈違いである。

「これ、だいぶ前の絵ですけど」

私は自分の作品一覧から過去に描いた絵をお見せする。
2人が仲良くしてるだけのイラストなので、どっちが攻めなのかとかはぱっと見わからない。

「これ、逆なのか」
「タグを見てください」

一応ゴホ×ゴーのつもりで描いてる。そう言うと深田さんは目に見えて落胆した。

「世の中色んな人と地雷がありますから……」

誰かの萌えは誰かの地雷。から揚げだろうがカレーだろうが、どう頑張っても食べられない人だっているのだ。
やや過激派な固定の深田さんにこれを伝えていいものかちょっと悩んだけど、後で見られて裏切られたとか思われるよりマシな気がしてあらかじめ言っておくことにした。
一次創作だけ見るタイプだったらこの苦しみを知ることはなかっただろうに。マルチに腐らせてしまったのは……あ、これも私のせいか。私が一次創作と二次創作のアカウント分けとかしてないから巻き込まれたのか。
すごい人は作品どころかカップリング毎にアカウント持ってらっしゃるけど、パスワード管理とかどうしてるんだろう。
……なんて思考を脱線させていたら、深田さんの纏う深淵の闇が増した。

「えっと、私降りますね……?」

無言は肯定と受け取って、私は車のドアを開けた。
外で待機していた榎木さんは驚いたように私を見る。

「あんた、頭に何吹き込んだんだ?」
「えっと、自衛は大切だとお教えしたかっただけなんですけど」

スモークガラスの向こうに見える深田さんの頭はまだ沈んだまま。無理矢理すぎた?いや、でもいずれぶつかる壁だ。信じていた作家さんの突然の方向転換、謎の薬で女体化、死んだキャラのご都合復活……それを受け入れるか、そっと流すか。とにかく乗り越えて強くなるしかない。

「深田さんに伝えてください。あえて受け入れる道もあると」

私はそうやって言いたいことだけ言い残し、あとは脱兎の如く自分の家に逃げ込んだ。
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