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番外編

4-2

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 クルーズまであと2日となった日の夜、早めに帰ると言っていたはずの貴也さんが日を跨ぐ時間になっても帰ってこない。
 遅くなると連絡はあったから夕飯とかは先に済ませたけど、何かあったんだろうか。
 心配しつつソファーに深く腰掛けてうとうとしていると、部屋の鍵が開く音がして私は立ち上がる。

「お帰りなさい、貴也さん。冷蔵庫にご飯ありますけど食べますか?」

 そう言いながら玄関に向かうと貴也さんと目が合って、その険しかった表情が緩んだ。
 厳つい造形との変わり様が大きいからか、こういう表情のギャップには未だに慣れない。

「こんな時間に悪いな。頼めるか」

 その間に軽くシャワーを浴びてくるそうだ。
 私は冷蔵庫にしまっておいたサラダと温め直した鶏の照り焼き、ごはん、コンソメスープを用意した。
 テーブルにそれを並べ、自分用に淹れたお茶に口を付けたところで、シャワーを浴びに行っていた貴也さんが戻ってくる。
 貴也さんはテーブルの上の夕飯を見て微笑むと、椅子に座ってすぐに箸を手に取った。
 そして特に何か喋る事はなく黙々と食べ進めていく。結構なペースで食べていただけるので、眺めているだけでも楽しい。

「旨い」
「ごはんもう少しよそいます?」
「じゃあもう一杯頼む」

 鶏の照り焼きは結構気に入ってくださっているようで、たまに作るけどいつも結構な量のお米が無くなる。
 一度お米が足りなくなったときに、結構残念そうにしていた。
 貴也さんは食事中に色々話すタイプではないけど、反応はわかりやすい。
 食後に自分が飲んでいるものと同じお茶を淹れると、貴也さんはポツポツと今日あった出来事を話し始めた。

「金谷の野郎が行方不明になった」
「え、金谷さんが、ですか……」

 金谷さんの企みに巻き込まれてから一ヶ月ほど経つ。
 あれからも金谷さんはしれっと組にはいるらしい。
 元々深谷組にいた人ではあるけど、解体に関しては表面上関わっていないから。
 私の情報を深谷組の人に流してしまった。ただそれだけ。私が巻き込まれようが無かろうが、深谷組が解体される事自体は変わらなかったから。
 私が関わったせいで貴也さんが動いた結果、むしろ事が早く進んだらしいし。
 何が目的だったのかさっぱりわからない。でもあの飄々とした態度の裏に何も潜んでいないはずがない。

「まあ俺以上に恨みを買いまくってる奴だから、拉致られたところで不思議でも何でもねぇが……気にはなるな」
「金谷さんの事ですから、何事もなかったようにふらっと出てきそうですけどね」

 仮に誘拐されたとしても、上手い事誘拐犯を言いくるめて無傷で帰ってきそう。

「そうだと思いたいが、組の金も少額だが消えてんだよな」
「それって、金谷さんが持ち逃げしたって事ですか?でも……」

 金谷さんが持ち逃げなんてするだろうか。そういうことをする人ではない気がする。少なくとも行方不明になると同時になんて、そんなすぐ疑われるような事はしなさそう。

「俺もそう思う。だが何かしら関わってる可能性も捨て切れねぇからな。それも含めて探しちゃいるが、どこ行ったんだか」

 貴也さんも同じ考えのようで、そういうところで信頼されているのは実に金谷さんらしい。

「心配はしませんけど、早く出てくるといいですね」
「まあ、そうだな。この件は若頭も動くらしいが、できればこっちで解決したい」
「若頭って、組長さんの次に偉い人ですよね?」
「……まあ確かに上の人間だが、偉いというか次期組長候補だな」

それは偉い人なのでは。そう思ったけど色々複雑なんだろう。貴也さんはどう説明するべきか考えているらしい。

「どういう人なんですか?」
「昔から世話にはなってるが……できればあの人に借りは作りたくねぇんだよな」

貴也さんの反応から、少し癖のある人物らしいことはわかるけど、極道をされている時点で癖しかない気もする。

「なんにせよ、お前には関係無い話だ。会うことはねぇだろうしな」

 そう言って貴也さんはカップを傾ける。

「ああそうだ。明後日は夕方に港だったか?」
「はい。18時半から乗船できて、19時に出航みたいです」

 楽しみにしてるのでスケジュールはばっちりだ。服はこの前貴也さんと買いに行ったし、あとは当日を待つだけ。

「悪いが急用が入った。出航には間に合うが、現地で合流する事になりそうだ」
「そうなんですか……」

 貴也さんは申し訳無さそうに言う。元々夕方からしか合流は出来なさそうだと聞いてはいたから、会う時間が少し遅くなるくらいか。

「埋め合わせはする」
「大丈夫ですよ。仕事なら仕方ないです」

 クルーズの予定だけで特に他に他のお店の予約をしているわけでもない。乗り場の近くの公園やお店に行って時間を潰すつもりだった。
 ドレスコートのあるクルーズというわけでもないからわざわざヘアメイクに行ったりもしないし。
 まあそれはそれとして、ちょっと残念だけど……

「できる限り早く終わらせる。すまん」

 申し訳無さそうにしている貴也さんを見ていたらこっちの方が申し訳なくなってきたので、わざわざ言ったりはしなかった。

「クルーズに行けなくなっちゃったわけじゃないですし、気にしないでください」
「悪いな」
「また落ち着いて一緒に出かけましょう。最近アウトドア流行ってるじゃないですか。面白そうなところ見つけたんです」

 ほんの少し雰囲気が落ち込んでしまったので、別の話題にする事にした。
 山の中で人も少ないところなら貴也さんも目立たない気がするし、そういうところなら貴也さんの風貌が誤魔化せる気もする。
 貴也さんも興味が湧いたのか、スマホの画面を見ながら頷いている。
 カップの中身が空になってからも、しばらく楽しいお喋りは続いた。
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