お客様はヤのつくご職業

古亜

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3章

50.ヤクザさんとプレゼント7

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「それにしても、美香さんに話を聞いたときは我が耳を疑いましたよ。すっかり騙されました」
「あはは……そうでもしないと出られないと思って……」
「無事だったからよかったんですよ。今後何かあったら、少なくとも俺には教えて下さい」

助手席に座った大原さんは呆れたような口調で言った。

「住所の改ざんに変装、偽装って、楓様は何を目指しているんですか」
「私もまさかこんなにうまくいくとは思いませんでした」

お屋敷を出て助けに行かなきゃと思ったとき、とっさに浮かんだ作戦だった。
まず届いていた葉書に書いてあった廃ビルの住所を少しだけいじった。番地くらいしか変えられなかったけど、それでも少しだけズラすことができればよかった。
それから美香ともう一度連絡を取ってお屋敷に来てもらって、美香の伊達メガネを借りて髪型と服装をそれっぽくする。そうして窓から出て行った。
私がいなくなったあとは美香にスピーカーで私と会話をしてもらって、部屋にまだいるっぽく見せかけた。
正直なところこんな小細工はすぐバレるんじゃないかって不安しかなかったけど、みんなバタバタしていたからか気付かれず、一人であの廃ビルまで行くことができた。
我ながら、よくやったと思う。

「でも本当に、ご無事でよかった」

大原さんはしみじみと、それはそれはしみじみと言った。

「若頭はともかく、楓様はまだこちらの側ではありません。もし何かあれば……楓様のご両親になんと説明すればいいのやら」
「……自分で選んだことですから、いいんです。両親にもそう伝えておきますから、大原さんが責任を感じないでください」

そう言うと、大原さんは少し驚いたように顔を上げて私の方を見た。

「責任を感じないというのはさすがに無理ですが……楓様、少し変わられましたね」
「そうですか?」

唐突にそう言われてちょっと戸惑った。でも、悪い感じではなさそうだから、このままでいいのかな。

----------

お屋敷に戻ると、話を聞きつけてやってきたのか昌治さんのお母様がいて、私の顔を見るなり思い切り抱きしめられた。

「あー、よかった。楓ちゃんが無事で!会いたくないとはいえ、あの女に合わせる顔がなくなるところだったわ」

いちおう人の親に向かってあの女って。まあ、別にいいですけど。

「で?条野はどうしたの?」
「……それが、どうやら逃げたようです」

大原さんが申し訳なさそうに言う。廃ビルの周辺を見張らせていたけれど、それらしい人物はおらず、ビルの中にも人がいる気配はなかったらしい。

「警察が来たのでそれ以上は追えませんでした」
「それじゃあ、楓ちゃんが安心できないじゃない」
「奴が使いそうなルートや通りを監視します。ですが相手があの……」
「問題ない」

……え?
振り返ると、昌治さんが戻ってきていた。明るいところで見るとより痛々しい。

「それって……」

問題ないというのはどういう意味なのか問いかけようとしたら、腕を引かれてお母様から引き剥がされて、気づけば抱きしめられていた。

「もうヘマはしねぇ。もうお前をあんな目には合わせない」

痛いくらい抱きしめられて、私はなぜか少しだけ冷静になった。そういえば今すごく視線を感じるような……って、当たり前だ。ここ玄関だもの。

「あの、昌治さん。いったん離れ……ぐふっ」

そう言おうと口を開いたらひょいっと持ち上げられて変な声を上げてしまった。色々と恥ずかしいのですが。
昌治さんは私を持ち上げたまま廊下を歩いていく。
お母様と目があってちょっと助けを求めようとしたけれど、ほほえみ返されただけでむしろ手を振られた。

「昌治さん、あのっ!もういいんじゃないですか?」

私の部屋の前の廊下まで来ていた。さすがに誰もいないし見られていない。
昌治さんはなぜかしぶしぶながら下ろしてくれる。
そして下ろしてもらったはいいけど、すぐに抱き寄せられて身動きが取れなくなった。

「いいだろ。誰もいねぇんだから」

まあ、確かにそうですけど。そう思えたら嬉しさが恥ずかしさを上回って、私は肩の力を抜いた。
落ち着いたら昌治さんのぬくもりがじわじわと伝わってくるのを感じて、気づけば私は泣いていた。

「うう……よかった、昌治さんが無事で」
「悪かった。俺はお前に助けられたんだ」
「私が、私も悪かったんです。私が春斗さんをちゃんと拒絶できなかったから、私が昌治さんを巻き込んだんです」

私は昌治さんと見つめ合う。涙で霞んでよく見えないのがなんだか申し訳なくて、私はごしごしと手のひらで涙を拭った。

「乱暴に擦るな。腫れるぞ」

昌治さんはそう言って私の腕を掴んで離すと、ハンカチを取り出して私の顔を優しく拭ってくれた。

「あ、ありがとうございます」
「じっとしてろ。いいんだ、俺が気を抜いてたからあいつにしてやられた。それだけだ」
「そういえばさっき、ヘマはしないって……でも、いきなり襲われたとか、なんですよね」

昌治さんは悪くない。私だったら気を抜くまでもなくさらわれてたと思う。

「……いや、あのときは本当に気が抜けてたんだ」

何故か昌治さんはすごく言いづらそうに斜め上を見ながら言った。でも、そうはいっても、いきなり襲われたりしたら普通は対処できないと思う。

「今日、何の日か知ってるか」
「今日ですか?今日は、昌治さんの……」

そこまで言ったところで突然息ができなくなる。
昌治さんが私の唇に手を当てて、その先を遮っていた。

「……お前に祝ってもらえるかもしれねぇって、柄にもなく期待してたんだよ」

思いがけなかった言葉に、私は思わず目を見開く。そういう、理由だったの?
可笑しいような、笑っていいんだかわからないような。
私は泣いてるみたいに笑った。

「ちゃんと、用意しましたから。プレゼント」

気づけば私の声はまた涙声になっていて、昌治さんの肩に顔をうずめてこみ上げてくる涙を堪えた。

「でも、欲しいもの、わからなくて。渡せるのかなって不安で……」
「お前がくれるもんならなんだって嬉しい。愛してる、楓」

昌治さんは優しく私を抱いて、じっと私の目を見つめた。気恥ずかしいけど嬉しくて、私も目が離せない。

「でも強いて言うなら、お前が欲しい」

昌治さんは私を見つめながら微笑んだ。
そして冗談めかして言われたその言葉に、私は黙ってキスをして応えた。
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