お客様はヤのつくご職業

古亜

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3章

48.ヤクザさんとプレゼント5

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銃口を向けられながらも、春斗さんは不敵な笑みを浮かべて懐に手を入れた。もちろん春斗さんが丸腰だなんて思っていない。引き金を引かなければいけない。そう思うのに

「……にしても、自分で持っとったんか。手間省けたな」

春斗さんは私の手にある拳銃を見た。
昌治さんの部屋から持ち出したものだ。大原さんに回収された拳銃は、前に昌治さんが見比べていた偽物の方。騙すようで申し訳ないなと思ったけど、仕方ない。

「それとも、偽物か?見た感じはちゃんと本物のオートマやな」
「……本物です」

私は首を振って否定する。本物かどうかは美香に確かめてもらったし、微妙な顔をされたけど弾も込めてもらった。

「じゃあせっかく用意したこれは、無駄っちゅうことか」

そう言って春斗さんは無造作に手にした何かを床に落としてボールでも扱うみたいに爪先で蹴る。
滑るようにして私の足にこつんとぶつかったのは、私が持っているものより一回りほど小さく拳銃だった。

「……見ての通りや。俺を撃ち?楓」

春斗さんは両腕を広げて微笑んだ。

「罪滅ぼしや。俺はあん時、お前を巻き込んだ。くだらん内部抗争なんかのせいで……腕、痛かったやろ。無理矢理抱いた俺のことが憎いやろ」

私との間の距離を、春斗さんはじりじりと縮める。
まるで当ててくれと言うかのように、素人でも絶対に外さないような距離だ。あと2、3歩で銃口が春斗さんにくっ付くような、そんな距離。

「俺は許して欲しいんや。許されるなら、死んでもええ。楓に殺られるんなら、それでええ」

春斗さんの底の見えない瞳が試すように私を見ていた。

「嬲りたいんやったら気の済むまでやればええ。端から順に撃って、好きなだけ罰を与えてくれ。爪剥ぐんやったら、その辺に……」
「しません!そんなこと!許すとか許さないとか、そんなの求めていないんです。私はただ、昌治さんといられればそれでいいんです!」

それ以上は望まない。確かに春斗さんのしたことは許せることでは無い。けど私はそれを後からどうこうするつもりもなかったししたくもない。

「もう、いいんです。関わらないで……」
「それは、無理やな。他の男に盗られるの見とるくらいやったら、その男殺すわ」

さっきより一層深く、暗い笑みを浮かべて春斗さんはどこからか折りたたまれたナイフを取り出した。
思わず引き金に触れていた指に力が入って銃口が大きく震える。
カタカタという音だけが聞こえる。私の持つ拳銃が震える音だ。

「や、めろ……」

すこしはなれたところから掠れた低い声がした。
春斗さんにも聞こえたんだろう、軽く舌打ちをして目を細める。

「存外早かったな。さすが岩峰の若頭や」

全くさすがとは思っていなさそうな声で春斗さんは言う。

「何もせんとそこでおとなしく寝転がっとれ。俺と楓の問題や」
「違ぇよ。楓の問題なら、俺の問題でもある」
「……勝手に言うとけ。じき、終わるんや」

そこで私は昌治さんと目があった。殴られたのかその頬や目蓋は腫れている。
この怪我のせいで昌治さんが死んでしまうという気はしなかった。けれど、それはあくまでこのまま何事も無かったらの話で……私が春斗さんを撃てばの話だ。
私は春斗さんに視線を移す。落ち着きはらったその整った顔に浮かんでいたのは期待だった。

「撃たんのか?そんな覚悟も無い女に、ヤクザの姐は務まらん」
「確かに私は頼りない。でも……」
「俺はお前をヤクザの姐なんかにはせえへん。楓にそんなことやらせへんわ」
「え……?」

ヤクザの姐にはしないって、それは私をどうするってことなの?

「……どういうことだ、条野」

昌治さんが声に怒りを滲ませながら尋ねる。その痛々しさに今すぐに駆け寄りたいけれど、ぐっと堪えた。

「その『条野』やなくなるってことや。こっちの業界から足洗って、母方の姓でも名乗るわ」
「そんなことを条野の組長が許すと思うのか」

条野じゃなくなる。それはつまりヤクザをやめるということ。でも条野組はそんな小さい組じゃない。やめたいですといってあっさりそれが通るなんて、ヤクザじゃない私でもありえないってわかる。

「そらタダでは無理や。やから親父と交渉した。俺が条野から抜ける。その前にひと仕事終わらすってな」
「ひと仕事……?」
「潰したるんや、岩峰組」

まるで古くなった家電を捨てるような手軽さで春斗さんは言った。手にしていた折り畳みナイフを広げてその刃でチラチラ灯りを反射させている。

「いくらでもやり方はある。正面からやり合うだけやない。むしろ俺はそっちの方が得意や。こっちには岩峰の若頭もおるしな」

そう言って春斗さんはさらに距離を詰めた。
あと一歩、腕を伸ばせば届くような距離。

「……撃たんっちゅうことは、許す気はないってことや。そうなったらもう、許されたいなんて思わん。どう思われようが岩峰潰して、無理矢理にでも俺のモンにする。俺以外のこと考える間もないくらい、愛して犯して狂わしたる」

春斗さんの瞳は狂気を宿して輝いている。
決断を、しないと。
私がこれを撃てばそんなことは起こらない。
春斗さんは罪滅ぼしだと言った。最善なのは私が春斗さんを撃つこと。頭ではわかってるのに、考えるばっかりで体は動かなかった。
私は小さく震えるように首を振った。

「私は、こんなこと望んでません。どうでもいいって、思いたいのに」
「……どうでもいい、か。単純に嫌われるよりずっときっついなぁ」

目を合わせることすらできない。銃口も震えている。こんな状態で、撃てたとしてもどうなるというんだろう。
一度震えを止めないと、そう思ったとき、突然拳銃の震えが収まった。私の腕はこんなにも震えているのに。

「これで絶対外さんやろ。最後のチャンスや、楓。引き金引くだけ、簡単やろ」

春斗さんが拳銃のフレームをがっしりと掴んで止めていた。その先は迷いなく自分の心臓に向けられている。

「やめろ、条野っ!」
「……なんで止めるんや?あんたにとっても最高の選択やろ」

そう、ここまできたら私はあとは引き金を少し引くだけだ。ほんの少し遊びがあるけど、それでもちょっと力を込めれば、それでおしまい。
昌治さんと目があった。自分の命がかかっているのに、やめろと必死に語っている。
……この人に、死んでほしくない。そうだ、最初から正解はこれしかないんだ。
その後の顔を見るのが怖くて、私は目を閉じる。
同時に破裂音が響いて、どこかで嗅いだことのある火薬の香りが鼻孔をかすめた。
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