お客様はヤのつくご職業

古亜

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3章

47.ヤクザさんとプレゼント4

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時刻は10時の少し前。
私を乗せたタクシーが廃ビルの前で止まった。

「……こんな時間にこんなところに何の用だい?」

運転手のおじさんが不思議そうに聞いてきた。

「こんなところで待ち合わせかい?」
「まあ、そんなところです。覚悟を見せなきゃな、って。ありがとうございます」

運賃を渡しながら私は言う。おじさんは不思議そうにしながらもお金を受け取った。そしてちらっとビルの方を見る。ビルの方から黒っぽい人影が出てきて、タクシーの方に近づいてきた。
私はお礼を言ってタクシーを降りる。運転手のおじさんは不思議そうにしながらも私が特に警戒する様子もないからか、ご利用ありがとうございますと言い残して走り去っていった。
それを見送った私は、やってきたその人影と向かい合う。

「……お久しぶりです。楓様」
「こちらこそ、お久しぶりです。吉井さん」

春斗さんの部下、吉井さんは値踏みするように私を見て、小さく頷いた。

「あなたなら来ると思いました。どうぞ、こちらです」

吉井さんは以前と変わらない、丁寧な所作で廃ビルを示す。
私は頷いて、吉井さんの後に続いてビルの中に入った。
中の階段を登る間、吉井さんはずっと無言で先に進んでいく。やがてところどころ錆びついた扉の前で立ち止まる。

「……どうぞ」

自分は入りませんから、と言い残して吉井さんはそのまままた下に降りていった。
私はゆっくりと息を吸って吐き出した。
ここに吉井さんがいるってことは、やっぱりここにいるのは春斗さんなんだ。
錆びついた取っ手を回すと、錆で擦れるような感触と共に扉は開く。
暗い、殺風景な部屋だった。
机も椅子もない。割れた窓ガラスの前に、誰かが立っているのが街灯のぼんやりとした明かりでわかるくらいだ。
人影はゆっくりと私に近付いてきて、少し離れたところに立ち止まる。

「ほんまに一人で来たんか。岩峰の屋敷から、どうやったんや?」

面白がっている口調だった。昌治さんを人質に呼び出した張本人なのに、まるで手品のタネを尋ねるような気軽さだ。

「……手伝ってもらったんです。わざわざ言う必要はないので言いません。それよりも、昌治さんは無事なんですか」

春斗さんは答えなかった。闇の中に佇んで私の方をじっと見ている。

「答えてください、春斗さん!」

私は春斗さんに自分から詰め寄って、その腕を掴んだ。
その時、パチリと何かのスイッチが入る音がして、部屋が突然明るくなった。
眩しくて思わず目を細める。そしてその明るさに目が慣れてゆっくり目を開けたとき、私は気付いた。

「昌治さんっ!」

先程まで春斗さんがいた窓のそばの床に人が縛られて転がされていた。見間違えるはずがない、昌治さんだ。
近寄ろうと私は春斗さんの腕を掴んでいた手を離す。けれど、逆に強い力で掴まれて、私は春斗さんに引っ張られた。

「離してください!どうして!昌治さんっ!」
「……そんな慌てんでも、生きとるわ。ほんまはめっちゃ殺したりたいけどな」

春斗さんは手の力を緩めるつもりは一切ないようで、咄嗟に蹴ろうと足を上げたけど、それは空を切った。

「何をしたんですか!」
「ちょっと突いただけや」

そう言った春斗さんの声は無機質で、心の底から興味なさげに言葉を続ける。

「ええか、この男を死なすも生かすも、楓次第や。俺とこの男と、選ぶんや」

そこで、春斗さんと目が合った。
冷たいように見えて、その裏で何かが蠢いている。底の見えない瞳だった。
春斗さんに捕まっていたときの記憶と恐怖が蘇って全身が震える。
あの時の私だったら、きっとこの目に屈していたと思う。けど、今は違う。覚悟を私が見せなきゃ、意味がないんだ。

「……昌治さんは死なせない!死ぬのは昌治さんじゃない!」

私は春斗さんの手を振り払い、鞄に手を入れる。指先に触れた硬く冷たいものを手に取った。
ずっしりと重くて、腕が震える。

「どいてください」

指先まで震えてしまい、思わず取り落としてしまいそうだ。
けれど自分を叱咤して、私は拳銃を握りしめてその先を春斗さんに向けた。
今、春斗さんは何も持っていない。ポケットとかには入っているのかもしれないけど……取らせない。

「殺し、ます」

誰かに向かって殺すなんて言ったのも、心の底から殺したいって思ったのも初めてで。
自分で自分の言ったことに驚いている私を見ながら、春斗さんは微笑んだ。

「……その言葉が、聞きたかったんや」
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