お客様はヤのつくご職業

古亜

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3章

46.ヤクザさんとプレゼント3

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美香と話したら少し心が軽くなった。とりあえず私は今できることをしよう。美香に肩叩き券のこと言ったら笑われたけど、嫌な笑い方じゃなかった。
きっと喜ぶんじゃないと言ってくれた。
赤いペンで斜め線が入っちゃったのはもうだめだよね。
作りかけの肩叩き券とペン一式を持って自分の部屋に戻る。
作業を再開しようと机の上にそれを置いたとき、私は見慣れない葉書が一枚、無造作に机の上に置いてあるのに気付いた。
私の名前とこのお屋敷の住所が書いてあって、差出人の名前はない。
何だろうと思ってその葉書をめくる。

「なに、これ……」

葉書の内容、それは昌治さんの居所を示していた。
そして同時に、罠だと直感した。

「戸阿留町の廃ビル」

私は葉書に書かれた文字を注視して、すぐに行動に移った。
まず、美香に電話した。そして部屋を飛び出して昌治さんの部屋に入る。昌治さんの部屋の、確かこの辺りに……
私は申し訳なく思いながらも棚を開けていく。
前に、お祭りに行く直前に昌治さんの部屋に行ったとき、もうひと月も前のことだからどうかわからないけど、確かここに昌治さんは……

「楓様!何をなさっているんですか!?」

誰かが私が昌治さんの部屋に入っていくのを見ていたんだろう。大原さんが慌てた様子で昌治さんの机の中を漁る私の手を取った。

「いくら楓様でもさすがに……なに持ってるんですか!?」
「す、すみません。だって、言っても絶対大原さんは貸してくれないですよね」
「当たり前です!どうして拳銃なんて持ち出そうとしてるんですか……って、まさか、若様の居所がわかったんですか」

恐る恐るといった様子で大原さんは私を見る。私はゆっくり頷いて、大原さんに葉書を見せた。

「これは……」

ほとんど奪うみたいにして私の手から葉書を取って読んだ大原さんは言葉を失った。表情は強張って、葉書と私を交互に見る。

「絶対に罠です!楓様が行く必要はありません!俺らが行きますから」

葉書の内容は、至ってシンプルだった。
おそらく昌治さんの居所であろう戸阿留町の廃ビルの住所と、今日の夜10時とういう時刻、そしてまだ生きているという文字。最後に、私の名前だ。
この時間に一人でここに来るように、ということだろう。

「きっと罠でしょうね。でも少なくとも私が行けば、事は動くんです」

大原さんはとても大きなため息をついた。そして確かめるように私の顔を見る。

「楓様はわかっているでしょう。差出人の名前は書いてありませんけど、これを書いたのは……」
「……春斗さん、です。こんなができるのは」

いつの間に私の机の上にこれを置いた、もしくは置かせたんだろう。しかもこれはつまり、組の中に春斗さんと繋がっている人物がいるという事だ。

「なおさら危険です!仮にここに若頭がいるとして、助けるのは俺らの役目です。そして非常に言いにくいですが、捕まったのであれば、自力でどうにかするものです。というわけで楓様はここにいてください。場所がわかれば手はあります」

「でも、自分のせいで昌治さんの身に何かある方が嫌なんです。私が行けば、少なくとも話は聞いてもらえるはずなんです!」
「若頭はこっちの世界でずっと生きてる人です。その辺りの覚悟はあるかと。まあそう簡単に死ぬ方ではありませんから、俺らに任せてください。姐として、楓様は構えていてくださればいいんです」

大原さんは私が背中に回した手から拳銃を奪い取った。ちらっとそれを確認した大原さんはそれを無造作に自分の尻ポケットにしまった。

「俺らだって楓様を監禁するなんて真似はしたくありません」

何かを含んだ言い方で大原さんは言う。そして私の腕を引いて自分の部屋に戻るように促した。

「……あれから条野組の動向を探っていましたが、特に目立つ動きもありませんでした。もちろん条野春斗について、戻ったと言う話も死んだという話も聞いていません。ですから、奴がこれの首謀者だとしても、以前のように組織としての力はないはずです。一条会は壊滅したんですから」
「でも、今回こうして昌治さんが……」
「きっと何か下準備をした上で急襲でもかけたんでしょう。壊滅した組の長とはいえ、条野はこっちの業界では有名な実力者ですから、不意打ちならうちの若頭でも対抗するのは難しかったんでしょう」

大原さんは葉書をまじまじと見て、手にしていたノートパソコンに挟み込んだ。

「とにかく、楓様には大人しくしていていただきますからね」

そこでコンコンとノックの音がした。そして返事をしていないのに扉が開いて、ひょっこりと美香が顔を出した。コンタクトを外しているのかメガネをかけている。寝ようとしてたって言ってたな。

「楓、あんまり無理言っちゃだめだって」
「そうですよ……ちょうどよかった。不安なのはわかりますけど、楓様は美香さんと一緒にいてください。お願いします」
「でも……」

そうしてそのまま私は美香と一緒に部屋に押し込められた。
しばらく無言で見つめ合っていると、ずっと堪えていたものを吐き出すようにして美香はゆっくりと息吐く。

「……覚悟決めなって言ったけど、こんな早くなるなんてね」

美香はしみじみとそう言った。
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