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3章
45.ヤクザさんとプレゼント2
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「ゆ、行方がわからないって、どういうことですか」
自分の声が震えているのがわかる。昌治さんが行方不明。なにか事故にでも巻き込まれたのか、それならまだよくはないけどいい。昌治さんはヤクザの世界で生きる人だ。そんな人が行方不明になるなんて、最悪な想像しか出来ない。
胸の奥に氷が入り込んだみたいにスッと冷えて、目の前にある作りかけの肩叩き券が急にこの場に似つかわしくない、よくないもののように思えて、私はそれを脇に寄せた。
こんなの作って呑気にしている場合じゃなかったんだ。
「今日は大口の取引があったんですよ。若頭もそこに同席していて、それ自体は滞りなく終わったようなんですが……もう一ヶ所、別の取引先に向かったはずなのに、むこうから若頭が来ないと連絡があったんです。俺からも連絡を入れたんですが、返信がありません」
もう一ヶ所の取引先との待ち合わせの時間に昌治さんが到着していないどころか、連絡もつかないままかれこれ2時間以上が経過しているらしい。
「そういうわけで、申し訳ありませんが楓様はここか部屋で大人しくしていていただけますか。なにがあるかわかりませんから、外出は控えてください」
大原さんは私が気にしないようにだろうか、できるだけ落ち着いて話そうとしてくれている。そうだ、私が焦ったって意味がない。信じて待つしかないんだ。
何もできないのは歯痒いけど、なにもしないで余計な心配をかけさせないことが私にできることなんだ。
「わかりました。それでその、何かわかったら……」
「ああ、はい。何かわかり次第お伝えします。大丈夫ですよ。ちょいと変なのに絡まれただけでしょう。わかる頃には全部終わってるんじゃないですかね」
勤めて明るく大原さんは言う。私も頑張って口角を上げた。
「そうですよね。大丈夫です。待ちますから」
「ありがとうございます。では、失礼しました」
そうしてパタリと襖が閉まって、私は部屋に一人残った。さっきまでも一人だったのに、全然違う。
机の上に散らばったペンやら紙やらをまとめて置いておく。手は付けられないし、今は何もできそうにない。
「大丈夫かな……」
部屋の外が慌ただしい。誰かが指示を出しているような声が聞こえてくる。
何かトラブルに巻き込まれたりしてしまったんだろうか。取引だって言ってたけど、いったい何の取引なのか、どこにいたのかも私は知らない。知らないからこそわからなくて、外のバタバタを聞いているとどうも嫌な想像ばかりしてしまう。
昌治さんならきっと大丈夫だと思っているのに、心がざわざわして不安が拭えない。
渡すはずだったプレゼントをちらっと見る。せっかくの誕生日なのに、今日はそれどころじゃなくなっちゃったな。
……自分の部屋に行っていようかな。
この部屋は私の部屋じゃなくて、組の人がひっそりと作業をしていたりする部屋だ。といってもそれは主に大原さんで、人の気配を感じていたいときに私も使っている。
私はゆっくり立ち上がってプレゼントを手に取った。そして部屋を出ると、ちょうど外にいた西山さんと目が合った。心配そうに私を見ている。
「私は大丈夫ですから、昌治さんのことお願いします」
「ええ、もちろん見つけますよ。まあ若頭のことですから自力でどうにかしてそうですけど」
そう言って西山さんは笑う。つられて私も少し笑えた。私がどうこうしたって意味がない。少しだけ気分が軽くなった。
「ありがとうございます……ん?」
そこでポケットに入れていたスマホが振動した。
一瞬、昌治さんからの連絡かもしれないと期待した。西山さんもそう思ったんだろう。私のポケットに視線を移した。
私は急いでポケットからスマホを出す。
「あ、美香からでした」
着信は美香からだった。西山さんは残念そうにしながらも気にせず出ていいと言ってくれたので、私は通話ボタンを押した。
『あ、楓。大原さんに聞いたよ。なんか大変みたいだね。いちおうジジィにも伝えたけど、さすがに岡山から人行かせるのは……』
「ありがとう。大丈夫だよ、組の人たちが見つけてくれるはずだから」
『まあ岩峰さんだし大丈夫だとは思うけどね』
美香は明るい口調で言った。
大原さんはきっと私の話し相手にと美香に今起きていることを説明してくれたんだろう。さすが気遣いの人、 大原さん。
『不安なのはわかるけど、心配してもどうしようもないからね。にしても災難だったね。今日岩峰さんの誕生日なんでしょ?』
「うん。プレゼントは渡せそうにないや」
『落ち着いてから渡せば良いんじゃない?楓のことだから、どうせ渡す渡さないでうだうだしてたんでしょ。いっそ早く寝るとか?きっと解決してるって。私も早めに寝ようとしてたし』
最後は冗談めかして言う。にしてもうだうだしてたのばれてる。さすが美香。
「……美香だったらさ、こうなったらどうする?」
『私?え、プレゼント渡すときってこと?』
「いや、プレゼントとかじゃなくて……ああでも、美香は緊張とかしない?」
今の状況について聞きたかったんだけど、まあ制限時間があるわけでもないし聞いておこう。
『すごい悩んで決めたんでしょ。だったらそれでいいんじゃない?そもそもその過程を喜んで欲しいというか、文句付けるような人はこっちから願い下げ』
「それはそうだけど……」
『覚悟決めなよ。卒業したら結婚するんでしょ。そんなので悩んでたらこの先やってけないよ』
う……美香の言うことは正しい。あのとき、昌治さんにプロポーズされてその返事をしたときに覚悟は決めていたのに、この程度でうだうだしてちゃいけない。
「手厳しいなぁ。実際その通りだけど」
昌治さんが戻ってきたらちゃんとプレゼントを渡そう。そういえば肩叩き券、作りかけだったっけ。
自分の声が震えているのがわかる。昌治さんが行方不明。なにか事故にでも巻き込まれたのか、それならまだよくはないけどいい。昌治さんはヤクザの世界で生きる人だ。そんな人が行方不明になるなんて、最悪な想像しか出来ない。
胸の奥に氷が入り込んだみたいにスッと冷えて、目の前にある作りかけの肩叩き券が急にこの場に似つかわしくない、よくないもののように思えて、私はそれを脇に寄せた。
こんなの作って呑気にしている場合じゃなかったんだ。
「今日は大口の取引があったんですよ。若頭もそこに同席していて、それ自体は滞りなく終わったようなんですが……もう一ヶ所、別の取引先に向かったはずなのに、むこうから若頭が来ないと連絡があったんです。俺からも連絡を入れたんですが、返信がありません」
もう一ヶ所の取引先との待ち合わせの時間に昌治さんが到着していないどころか、連絡もつかないままかれこれ2時間以上が経過しているらしい。
「そういうわけで、申し訳ありませんが楓様はここか部屋で大人しくしていていただけますか。なにがあるかわかりませんから、外出は控えてください」
大原さんは私が気にしないようにだろうか、できるだけ落ち着いて話そうとしてくれている。そうだ、私が焦ったって意味がない。信じて待つしかないんだ。
何もできないのは歯痒いけど、なにもしないで余計な心配をかけさせないことが私にできることなんだ。
「わかりました。それでその、何かわかったら……」
「ああ、はい。何かわかり次第お伝えします。大丈夫ですよ。ちょいと変なのに絡まれただけでしょう。わかる頃には全部終わってるんじゃないですかね」
勤めて明るく大原さんは言う。私も頑張って口角を上げた。
「そうですよね。大丈夫です。待ちますから」
「ありがとうございます。では、失礼しました」
そうしてパタリと襖が閉まって、私は部屋に一人残った。さっきまでも一人だったのに、全然違う。
机の上に散らばったペンやら紙やらをまとめて置いておく。手は付けられないし、今は何もできそうにない。
「大丈夫かな……」
部屋の外が慌ただしい。誰かが指示を出しているような声が聞こえてくる。
何かトラブルに巻き込まれたりしてしまったんだろうか。取引だって言ってたけど、いったい何の取引なのか、どこにいたのかも私は知らない。知らないからこそわからなくて、外のバタバタを聞いているとどうも嫌な想像ばかりしてしまう。
昌治さんならきっと大丈夫だと思っているのに、心がざわざわして不安が拭えない。
渡すはずだったプレゼントをちらっと見る。せっかくの誕生日なのに、今日はそれどころじゃなくなっちゃったな。
……自分の部屋に行っていようかな。
この部屋は私の部屋じゃなくて、組の人がひっそりと作業をしていたりする部屋だ。といってもそれは主に大原さんで、人の気配を感じていたいときに私も使っている。
私はゆっくり立ち上がってプレゼントを手に取った。そして部屋を出ると、ちょうど外にいた西山さんと目が合った。心配そうに私を見ている。
「私は大丈夫ですから、昌治さんのことお願いします」
「ええ、もちろん見つけますよ。まあ若頭のことですから自力でどうにかしてそうですけど」
そう言って西山さんは笑う。つられて私も少し笑えた。私がどうこうしたって意味がない。少しだけ気分が軽くなった。
「ありがとうございます……ん?」
そこでポケットに入れていたスマホが振動した。
一瞬、昌治さんからの連絡かもしれないと期待した。西山さんもそう思ったんだろう。私のポケットに視線を移した。
私は急いでポケットからスマホを出す。
「あ、美香からでした」
着信は美香からだった。西山さんは残念そうにしながらも気にせず出ていいと言ってくれたので、私は通話ボタンを押した。
『あ、楓。大原さんに聞いたよ。なんか大変みたいだね。いちおうジジィにも伝えたけど、さすがに岡山から人行かせるのは……』
「ありがとう。大丈夫だよ、組の人たちが見つけてくれるはずだから」
『まあ岩峰さんだし大丈夫だとは思うけどね』
美香は明るい口調で言った。
大原さんはきっと私の話し相手にと美香に今起きていることを説明してくれたんだろう。さすが気遣いの人、 大原さん。
『不安なのはわかるけど、心配してもどうしようもないからね。にしても災難だったね。今日岩峰さんの誕生日なんでしょ?』
「うん。プレゼントは渡せそうにないや」
『落ち着いてから渡せば良いんじゃない?楓のことだから、どうせ渡す渡さないでうだうだしてたんでしょ。いっそ早く寝るとか?きっと解決してるって。私も早めに寝ようとしてたし』
最後は冗談めかして言う。にしてもうだうだしてたのばれてる。さすが美香。
「……美香だったらさ、こうなったらどうする?」
『私?え、プレゼント渡すときってこと?』
「いや、プレゼントとかじゃなくて……ああでも、美香は緊張とかしない?」
今の状況について聞きたかったんだけど、まあ制限時間があるわけでもないし聞いておこう。
『すごい悩んで決めたんでしょ。だったらそれでいいんじゃない?そもそもその過程を喜んで欲しいというか、文句付けるような人はこっちから願い下げ』
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