お客様はヤのつくご職業

古亜

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3章

42.こちらのお母様4

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「……まあ、こんな店を勧めるくらいだからそれなりの仕事してるんだろうけど。え、まさか社長とか……?」

まさかと言いたげに母は私を見る。もういっそ近いと言えるのかなこれは。

「いわゆる、若頭って人です」
「はぁぁ!?」
「失礼します。お料理をお持ちしました」

そこでタイミングがいいのか悪いのかわからないけど、中居さんがやってきた。
美味しそうな料理が並べられていく間、母は口を開けたまま硬直していた。
やがて中居さんがいなくなると、母はふるふると震えて叫んだ。

「あんた、自分が何言ってるのかわかってるの!?」

思わずビクッとなってしまった。でも、ここまできたらもう引き下がれない。
私は真っ直ぐ母の顔を見る。怒っている顔だった。

「もう決めたの。さっきも言ったけど、昌治さんのご両親にはもう会ってる。もし母さんが反対しても、私は昌治さんと結婚するから」

私はこれまでの経緯を話した。さすがに全ては言えないけど、強盗から助けてもらったこと、組の人たちのこと、そして昌治さんのことを。
私が正気だとわかってもらうために、できるだけ落ち着いた声で伝える。

「私だって最初は悩んだよ。それでも自分にできることをしようって、昌治さんの思いに応えたいって思った。私にしかできないことだから」

母は私が話し終えるまでずっと黙って聞いていた。その顔からは怒りが少しずつ抜けていく。それでも心配そうな、怒っているような表情だ。
当然だ。私だって自分の娘が突然結婚相手のことを話して、しかもその相手がヤクザさんで若頭だって知ったら心配するし怒りたくもなる。
それでも、私は昌治さんと結婚したいんだ。これくらい押しきれなくて、何が結婚したいだ。

「黙っててごめん。でも、私の思いは変わらないから。母さんたちには迷惑かけたくないけど、かけないようにしようとしても迷惑かけちゃうと思う。それでも、私は決めたの。私もう成人してる。迷惑だったら母さんたちとは離れるから、せめて知っておいてほしい」

私はじっと母の目を見た。反対だというのはひしひしと伝わってくる。認められなくても、反対されても、私はこの決定を覆すことはない。でも伝えないというのは、あまりにも親に失礼だと思うから、知っていて欲しかった。

「私はちゃんと自分で考えた。それで決めたことなの。母さんたちとは全く関係ないとは思わないけど、それでも成人した娘が自分で考えたことだから、反対でも口を出さないでほしい」

口を出すな、なんてきつい言い方だと自分で思った。でも私の望みはそうなんだ。認めてもらえないのなら、せめて何も言わないで無視してほしい。

「あんたね……」
「無茶苦茶なこと言ってるのはわかってる。でも私は昌治さんと結婚したい」

そう言うと、母はわかりやすくため息をついて私の方を見た。

「何を言い出すのかと思ったら……そんなの、はいそうですかなんて言えるわけないでしょう」

母の表情は厳しいままだ。それでも、とにかく今は事実を伝えた。満足なんて全然できないけど、それでも言うことはできた。
黙ってしまいそうになるのを堪えて、言葉を探す。

「楓ちゃんのお母様がいらしてるんですって?」

入ってきた襖の向こう側から麗しい声がした。
そしてからりと、上品に開け放たれる。
昌治さんのお母様がそこに立っていた。

「……そちらの方がそうなの?」

そこで母は振り向いた。
そして驚いたように昌治さんのお母様の顔を凝視した。
まあこんな迫力ある美人、私だったら街で会うだけでも凝視しちゃう気がする。
でも私まで凝視してしまったら意味がない。紹介するのは私の役目だろう。

「母さん、この人が昌治さんのお母様の……」
「田宮……?あんた、西校の番長の、田宮律?」

……は?
どういうこと?知り合い?というか番長?
私は思わず昌治さんのお母様の方を見る。探るような目でじっと母を見下ろすと、しばらくして目を見開いて頷いた。

「ああ、思い出した」

思い出したって……待って、確か西校って実家の隣町の高校だよね。荒れてるので有名だったような……

「あなた、川工の鬼姫……確か沢井桐子だったかしら」

お、惜しい。でも、母の旧姓は確かに沢井だし、川工は地元の工業高校の通称で母の母校だ。

「2人は知り合いなの……なんですか?」
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