お客様はヤのつくご職業

古亜

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3章

32.花火大会と浴衣5

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やってきた美香はなぜか少し不機嫌そうに見えたけど、私と目が合うと笑って横に腰掛けた。

「心配かけてごめんね。はいこれタコ焼き。一緒に食べよ?」
「いいの?ありがとう」

お爺さんの話を思い出す。何かあったのか聞こうと思ったけど、やめた。
私は楊枝の刺さったタコ焼きを一つ貰って、丸々頬張った。表面は食べやすい温度だったけど、中がまだ熱くて口の中で頑張って転がして誤魔化した。

「一気に食べるからでしょ」

美香が呆れながらも笑ってお茶をくれる。
それを飲んでいたらドーンという音と共に夜空がパッと明るくなった。次いで小さな花火が連続して打ち上げられる。

「花火大会って中学生以来かも」
「私も、いつ以来だろ。よく考えてみたら、小学生が最後かな」

来年も来ようよ、という言う美香の横顔はとても楽しそうで、ちらりとお爺さんの方を見ると、複雑そうな顔をしながら美香を見ていた。
けど、私が何か言ったところでどうこうなるわけじゃない。お爺さんが私にあの話をしたのは、事情を知って何もしないでおいて欲しいということじゃないだろうか。そしてもし万が一、美香が思い出してしまった時には、私が美香に話せるようにってことなのかな。
とりあえず、信用されてるってことで納得しておこう。

「そういえば、ここに来る前に岩峰さん見かけたよ」
「え、昌治さん?大丈夫?通報されたりしてない?」
「……仮にも楓の彼氏でしょ」

いや、でも昌治さんだし。普通にしてるだけでも威圧感凄いし、目付き悪いし。

「そんなに目立ってなかったよ。まあ通りすがりの人たちに即座に目を逸らされたりしてたけど」
「でも、何してるんだろ。来るとは言ってたけど、屋台の人たちの偉い人と話をするだけって」
「それは私も知らないけど、あれじゃない?楓と花火見たいとか」

昌治さんと一緒に、花火。
確かにそれは見たいけど、さすがにこんな人がいっぱいいる中で一緒にいるのはハードル高い気がする。大学の知り合いに見られる可能性もあるし……

「私個人の見解だけど、そこまで気にしなくていいんじゃない?この辺りは暗いし、顔もそんなにわからないよ。それに岩峰さんさ、私が初めて会った時より表情が柔らかくなったというか、近寄り難いって感じは前ほどしないよ。楓といる時とか特に」
「そうですよ!お嬢のおかげで、あの若頭がどれだけ丸くなったことか……」

どうやら話を聞いていたらしい安藤さんがうんうんと頷いている。
まあ確かに前よりは昌治さんのことはわかるようになったし、最初の頃ほど覇気とかは感じなくなったけど、ヤクザさんとしてそれはどうなの?

「ああ、別にその辺りは変わっていませんよ?ちゃんと仕事モードの時は変わりないです。むしろお嬢のおかげでやる気に溢れているので、敵に回したらより怖いですよ今の若頭」
「嬉々としてますからね。今までの不機嫌なデフォルトもよかったですけど、今の上機嫌は上機嫌でなかなか……敵が上機嫌って怖くないですか?」

まあそうかもしれませんけど、同意を求めないでください。

「ほんと、楓様のおかげですよ。楓様が俺らの姐になってくれるので、組は安泰です」

なってくれるって、決定事項ですか。まあ、決定してはいますけど。

「……あ、噂をすれば」

美香が少し遠くを見ながら言った。
視線の先には昌治さんがいて、離れた場所からこちらの様子を伺っている様子だ。

「ちょっと行ってきたら?未来の旦那のところに」
「だ、旦那って……」

事実だけども、改めて言われると恥ずかしいものがある。それに正直なところまだあんまり実感はない。
けど、一緒に花火見たいなとは思ってるから行こうかな。こんなチャンスないかもしれないし。
私は人の間を抜けて昌治さんのところに向かう。私の方から来るとはあまり思っていなかったのか、驚きながらも嬉しそうに昌治さんは私を待ってくれた。

「用事は終わったからな、お前と一緒には見れなくても同じもんを見るかくらいに思ってたんだが」
「私も一緒に見たかったので、嬉しいです」

私は昌治さんを見上げる。
瞬く花火に照らされる昌治さんの顔を見ているうちに、心が温かくなる。花火の色も鮮やかになった気がした。

「案外いいな、花火も。全員花火の方見てるから、俺らの方なんて誰も見てない」
「そうですね」

一緒にいるのを知り合いに見られたら、と思ってたけど、ここにいる人たちはみんな空を見上げていて、昌治さんにすら気付いていない。

「テキ屋の頭に聞いたんだが、少し離れたとこからもよく見えるらしい。そこ、行かないか?」
「え、でも……」

私はちらりと美香とお爺さんの方を見る。お祭りの間は一緒にいるつもりだったから、いきなりそんなこと言われても。

「柳の孫には後で謝っておく」
「そんな急に……」
「それともお前は俺よりあの爺さんと一緒にいる方がいいのか?」
「そ、それは昌治さんと一緒の方がいいですけど」

なんでそんな言い方するんですか。
ちょっとムッとしたら、昌治さんは優しく笑って私の頭を撫でた。

「悪い。でもせっかくだから、お前を見たかった」

珍しく恥ずかしそうに、でも真剣に言われて、私は頷かずにいられなかった。
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