お客様はヤのつくご職業

古亜

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3章

31.花火大会と浴衣4

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「大原さんが美香を見つけたそうです。話が終わったらこっちに来るみたいですよ」

美香を探してほしいというメールを送ったら、思ってたよりも早く返事が来た。とりあえず美香は無事らしい。
それをお爺さんに伝えると、お爺さんはほっとするはずなのに、漏れたのはなぜかため息だった。

「……儂があの子に嫌われておるのは知っておるじゃろ?」
「え……はい。まあ……」

一瞬どう答えるべきか悩んだけど、あそこまで露骨だったらわかるので私は素直に頷いた。
お爺さんはじきに花火の始まる方角を眺めながら、手にしていた焼きイカの串を地面に突き刺す。怒っているのかなと思ったけど、そうじゃない。拗ねた子供がつまらなさそうに地面に落書きをする、そんな感じだ。

「理由は聞いとるか?」
「いえ。美香もあまり触れて欲しくなさそうだから、何も」

いつか話してくれるならその時にちゃんと聞けばいいって思ってた。私が聞いたところで、できることなんてたかが知れてる。

「美香が戻ってくるまでの時間潰しじゃ。老いぼれの昔話に付き合うてはくれんかの」

お爺さんはそう言って、昔を思い出すようにどこか遠くを見ながら語り始めた。

「儂には娘がおった。一人娘じゃ。それはそれは可愛くての。都会に出て行って恋人ができたと言われた時は、相手の男をどう消すか一晩中考えたわ」

消すって、発想がおっかないし、この人なら実際にやってしまいそうで怖い。

「だが娘の、香奈の嬉しそうな顔を思い出したらそれはできんかった。お嬢さんも知っとる通り、儂らの家業は人様に言えたものではない。香奈にもあまり関わらんようにしておった。本人もそれを望んだからの。じゃが、それが裏目に出た」

お爺さんは無意識のうちにギリギリと拳を握り締めていた。

「あの男は香奈が儂の娘であると知ってあの子に近付いた。挙げ句あの子を身篭らせて……儂を殺そうとした。あちこちから怨みを買う職業じゃからの。切った張ったは日常茶飯事じゃ」

ちらりと覗かせたお爺さんの腕には引き攣れたような傷が無数に走っている。その中でも最も大きな傷を指差して、そのときの傷だと言った。

「儂を仕留め損ねた奴は逃げた。香奈とその腹で今にも産まれそうになっていた己の子供を残して。それが原因かはわからんが、その日の2日後、予定より2週間ほど早く香奈は産気付いた」

その時に産まれた子供が、美香ということなんだろうか。お爺さんは懐から古い携帯電話を取り出して一枚の写真を見せる。
目を閉じて眠るいかにも産まれたばかりの赤ちゃんの写真だ。

「産まれてくる前までは香奈を誑かしたクソ野郎を探し出して締め上げることしか考えておらんかった。じゃが、孫の顔を見た瞬間、不思議とどうでもよくなった。娘の娘じゃ。幸せにして、儂も幸せになることがあの男への一番の当て付けになると思っておった。無論、それは今も変わらん」

これだけ聞いていると、美香がお爺さんを嫌う理由がわからない。お爺さんは美香のことを思っているし、何か悪いことをしたようには思えなかった。

「……あの日も、祭りの日じゃった。遠くから花火の音が聞こえておったのを覚えておる。美香の父親が、あの子を引き渡せと儂の元にやってきた。正確には、自分の娘を、柳狐組の直系である美香を、自分の所属する組の幹部の息子の許嫁にすると言うてきた。そこ繋がりを得るのは、儂らにとっても悪い話ではないと奴はのたまった」

……許嫁って、いつの時代の話だろう。
知らなかったことばかりで、お爺さんの話の中の美香は、まるで私の知る美香じゃないみたいだ。

「そうじゃろうな。美香を変えたきっかけはおそらくその日じゃ。その日、儂はあの子の父親をこの手で殺したんじゃから」
「こ、殺した……?」

不穏な感じになってきたなとは思ってたけど、まさかいきなり殺したって話になるとは思わなかった。
そこで夜空がピカッと光って、お爺さんの顔を白く照らした。ほとんど同時に何かが弾ける音が響く。

「元々奴のことは殺したいくらいに恨んでおったからの。1秒でも早く屋敷から消し去るために掃除屋を呼びに行こうとした。その時に、花火の音と共に悲鳴が聞こえた。美香じゃったよ。草履で足が痛くなったからと屋敷に戻ってきおった」

あの時部下に見張らせておけばこうはならなかった、とお爺さんは絞り出すような声で言った。

「その日は泣き叫ぶあの子を無理矢理寝かせるので精一杯じゃった。翌朝目が覚めたとき、美香が開口一番に何と言うのか儂は肝を冷やしておった。しかし、あの子はなにも言わんかった。祭りで買ったりんご飴がどこにあるのかを気にして、まるで何も覚えておらんようじゃったよ。睡眠薬の中には前後の記憶を曖昧にする副作用を持つものある。それが原因かと思っておるが……詳しいことはわからぬ。思い出させるつもりもなかったしの」

花火が始まっていることにも気付いていない様子で、お爺さんはぼんやりと虚空を眺めている。

「しかし、あの子の中に恐怖だけは残っておった。その日から儂は少し避けられるようになった。今のようになってしもうたのは、香奈が死んでからじゃがの。同じ頃に儂が父親を殺したという事実をどこかから知ってきて、儂に父親の顔を見せろと言うてきた。無論、見せるわけにはいくまい」

そこでお爺さんは言葉を切った。その目は私の後ろの方を見つめている。
振り向くと、美香らしき浴衣姿が花火の光に照らされていた。

「……のう、お嬢さん。儂の言うたことは全て年寄りの戯言じゃ。あの子には言わずにおいてくれんか」

唐突に私に向けられたその真剣な視線は、まるで私を射抜くみたいだった。

「あの子は記憶を失い、残った恐怖を儂への怒りで誤魔化した。父親の顔を、恐怖を思い出させたくないんじゃ」

一方的に喋っておいて申し訳ないが、とお爺さんは言う。
私は黙って頷いた。
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