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3章
29.若頭補佐はわからない
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柳美香がいなくなったので、探すだけでいいのでしてほしい。という旨のメールが楓様から届いた。
そしてその当の本人は俺の目の前にいる。
「なにしてるんですか。楓様が探してますよ」
「……連絡行くの早すぎません?」
「俺も今見たところです」
柳爺と一緒にいるものだと思っていたのに一人で歩いていたから気になって追っていたが、本当にふらっと一人でうろついていたとは。
知り合いと話していると言って誤魔化しているらしいが、気付いた柳爺が荒れると困る。柳狐組とは一応協力関係という形で落ち着いているし、その気になれば潰す事も可能だ。だが、今の状況を崩すメリットは一切ない。
「そろそろ花火が始まるんでしょう。間に合いませんよ」
とりあえず戻るよう促してみるが、彼女は仏頂面で流れていく人の波をただ眺めていた。
「居場所を柳爺に伝えますよ。いいんですか」
「それはやめてください」
柳美香は落ち着かせるようにため息をつくと、近くにあったベンチに腰掛けた。
「……どうしたんです?美香さんが柳爺のことを嫌っているのは知っていますが、今日は我慢するんじゃなかったんですか」
「そのつもりだったんですけど、ちょっと一人になりたくて」
「困るんです。柳狐とウチは、少し前まで厳密に言えば敵対していました。もし美香さんに何かあれば、それがまた崩れます」
嫌なのはわかるが、1日くらい耐えて頂きたい。楓様が花火大会に行けるようわざわざ手を回したし、柳狐も関わってくるからといつにない警戒態勢だ。言い出しっぺに壊されてはたまったもんじゃない。
この辺りのテキ屋の頭と若頭が馴染みだから部下を紛れ込ませたりもできたんだ。
柳美香はわかっていると頷いた。
「ちゃんと行きますよ。少ししたら行くって、伝えてください」
柳美香は手にしていたジュースを飲みながら俺を見上げる。
本人がそう言うならと楓様からのメールに返信していると、彼女がちらちらと何かを見ているのに気付いた。
「あの親子連れがどうかしたんですか?」
視線の先にあったのは、幼い男の子とその父親だった。
美香はゆっくりと顔を上げる。
「……言いましたっけ。私がジジィのこと嫌う理由」
唐突なその問いに、俺は2ヶ月ほど前の彼女の台詞を思い出した。
『私の父親、あのジジィに殺されたんです』
確かそう言っていた。だから、親子連れを見ているのか?
「私の母親は、私が小学校に入学する前に病気で他界しました。そのときまで私は何も知らなかった。父親はいないってことにされていたから、そもそも父親という存在がよくわかってなかったんです」
美香はぽつぽつと、誰にともなく喋り始める。まるで溜まっていたものを少しずつ吐き出すように、その顔には何の感情も浮かんでいなかった。
「周りが家族の話をしてる中に私は入れなかった。そもそも私は自分の父親の顔を知らないんです。誰に尋ねても教えてくれない。写真もないから。父親がいないのに私がいるのはおかしいって、クラスメイトに言われて、わけがわからなくて意地になりました」
そうして彼女は祖父である柳爺に父親のことを尋ねた。しかし、祖父は誤魔化したのだという。
「ジジィは自分の娘の母についてはよく喋ってましたけど、父親については一切話しませんでした。最近になってジジィの部下に問い詰めたら、父親がロクでもないクズ野郎だったってわかりました。死んだっていう日、ジジィのところにお金を借りようとしてきたらしいんです」
そこで美香は疲れたように息を吐く。何かを思い出しているようだった。
「でも、私が知ってるのはこれだけです。これ以上は誰も何も教えてくれなかった。父親はジジィに殺されて、そのとき私はジジィの部下に連れられて地元の花火大会に行ってました」
……花火大会?
それと同じものが、これからまさに始まろうとしている。
「それならどうして、花火大会に柳爺と来るなんてしたんですか」
一人になりたかったと彼女は言った。柳爺のことが嫌だから少し離れたいのだろうと思っていたが、彼女の話を聞いていると、何か違う気がしてくる。
あまり思い出したくない事だろう。花火大会に柳爺と来ようとする理由がわからない。普通は来たくなんてないだろう。
「ちょっとした仕返しですよ。私から誘ってやったんです。ジジィに思い出させたいから」
美香はそう言って微笑んだ。
そしてその当の本人は俺の目の前にいる。
「なにしてるんですか。楓様が探してますよ」
「……連絡行くの早すぎません?」
「俺も今見たところです」
柳爺と一緒にいるものだと思っていたのに一人で歩いていたから気になって追っていたが、本当にふらっと一人でうろついていたとは。
知り合いと話していると言って誤魔化しているらしいが、気付いた柳爺が荒れると困る。柳狐組とは一応協力関係という形で落ち着いているし、その気になれば潰す事も可能だ。だが、今の状況を崩すメリットは一切ない。
「そろそろ花火が始まるんでしょう。間に合いませんよ」
とりあえず戻るよう促してみるが、彼女は仏頂面で流れていく人の波をただ眺めていた。
「居場所を柳爺に伝えますよ。いいんですか」
「それはやめてください」
柳美香は落ち着かせるようにため息をつくと、近くにあったベンチに腰掛けた。
「……どうしたんです?美香さんが柳爺のことを嫌っているのは知っていますが、今日は我慢するんじゃなかったんですか」
「そのつもりだったんですけど、ちょっと一人になりたくて」
「困るんです。柳狐とウチは、少し前まで厳密に言えば敵対していました。もし美香さんに何かあれば、それがまた崩れます」
嫌なのはわかるが、1日くらい耐えて頂きたい。楓様が花火大会に行けるようわざわざ手を回したし、柳狐も関わってくるからといつにない警戒態勢だ。言い出しっぺに壊されてはたまったもんじゃない。
この辺りのテキ屋の頭と若頭が馴染みだから部下を紛れ込ませたりもできたんだ。
柳美香はわかっていると頷いた。
「ちゃんと行きますよ。少ししたら行くって、伝えてください」
柳美香は手にしていたジュースを飲みながら俺を見上げる。
本人がそう言うならと楓様からのメールに返信していると、彼女がちらちらと何かを見ているのに気付いた。
「あの親子連れがどうかしたんですか?」
視線の先にあったのは、幼い男の子とその父親だった。
美香はゆっくりと顔を上げる。
「……言いましたっけ。私がジジィのこと嫌う理由」
唐突なその問いに、俺は2ヶ月ほど前の彼女の台詞を思い出した。
『私の父親、あのジジィに殺されたんです』
確かそう言っていた。だから、親子連れを見ているのか?
「私の母親は、私が小学校に入学する前に病気で他界しました。そのときまで私は何も知らなかった。父親はいないってことにされていたから、そもそも父親という存在がよくわかってなかったんです」
美香はぽつぽつと、誰にともなく喋り始める。まるで溜まっていたものを少しずつ吐き出すように、その顔には何の感情も浮かんでいなかった。
「周りが家族の話をしてる中に私は入れなかった。そもそも私は自分の父親の顔を知らないんです。誰に尋ねても教えてくれない。写真もないから。父親がいないのに私がいるのはおかしいって、クラスメイトに言われて、わけがわからなくて意地になりました」
そうして彼女は祖父である柳爺に父親のことを尋ねた。しかし、祖父は誤魔化したのだという。
「ジジィは自分の娘の母についてはよく喋ってましたけど、父親については一切話しませんでした。最近になってジジィの部下に問い詰めたら、父親がロクでもないクズ野郎だったってわかりました。死んだっていう日、ジジィのところにお金を借りようとしてきたらしいんです」
そこで美香は疲れたように息を吐く。何かを思い出しているようだった。
「でも、私が知ってるのはこれだけです。これ以上は誰も何も教えてくれなかった。父親はジジィに殺されて、そのとき私はジジィの部下に連れられて地元の花火大会に行ってました」
……花火大会?
それと同じものが、これからまさに始まろうとしている。
「それならどうして、花火大会に柳爺と来るなんてしたんですか」
一人になりたかったと彼女は言った。柳爺のことが嫌だから少し離れたいのだろうと思っていたが、彼女の話を聞いていると、何か違う気がしてくる。
あまり思い出したくない事だろう。花火大会に柳爺と来ようとする理由がわからない。普通は来たくなんてないだろう。
「ちょっとした仕返しですよ。私から誘ってやったんです。ジジィに思い出させたいから」
美香はそう言って微笑んだ。
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